第80話
どうやら情報源にしつつ、コータにマナミの押し付けようという企みは失敗だ。思いのほかマナミに対する拒否感が強い。
最初に登校拒否になったクラスメートと、コータは仲が良かった。何か思うところがこの世界に来る前からあったのかもしれない。
「そういやさ、オレなんでここに留め置かれているか知ってる?」
「知らない。勇者だからじゃない?」
「この世界、勇者ってやっぱ戦争の道具なん? オレ戦争反対だよ」
とっても軽く戦争反対と告げる。戦争に行かされるのが嫌で、そこに信念はなさそうだ。
「そんな兆候あるの?」
「打倒、呪われた蛮族って叫んでいる人はいたね。呪われた者どもから同胞を解放せよとかなんとか」
「どんな国よ、それ」
「勇者召喚やっちゃう国です。勇者に選ばれた栄誉について語られたけどさ、そんなことよりオンラインゲームのイベントだ最中に呼び出されて、帰還もできなければ、迷惑かけるギルメンに謝罪コメントすらできないことが問題だよな」
エイコは冷ややかに笑う。
「サイキ、勇者はまだマシだってわかってる? 髪の色が変わっている連中は、一回肉体喪失してるの」
「誘拐に殺人からの、監禁洗脳かよ」
「ある意味、テンプレじゃない?」
ダメな勇者召喚はそんなもの。
「そのテンプレ、勇者は不幸になるよな」
「ハニトラ仕掛けてきたお姫様いた?」
「いた。王女さまとご令嬢方が積極的だったよ。戦闘職ダンジョン入れなかったら近寄ってこなくなったけどな」
「ハーレムできそう?」
「オレ以外なら可能性はあるな。仮想敵国は獣人の国らしいし、刺さるヤツには刺さるだろ」
ケモ耳としっぽ。好きな人は気持ち悪いほど好きだ。
元の世界にも血だらけになるほど猫に引っかかれても可愛いと、デレデレし続けられる人はいる。趣向は人それぞれ、批難したら争いしか生まれない。
「サイキは刺さらないの?」
「握手したら手の骨が折れる相手は遠慮したい。感情表現がDV彼女ぽいうわさを聞いた。オレはそんな冒険はしない」
「異世界の勇者なのに?」
「知人縁者ともう会えないからこそ、平穏と安定がほしいんだよ」
切実な響きを含ん声に、エイコは気づかないふりをする。
「一〇代で守りに入るのはどうかと思う」
「堅実なだけだ」
「堅実ねぇ。異世界人は神様の加護のおかげでスキルの数とスキルの成長で優遇されているから、まめまめしくダンジョン通いすれば生きるのには困らないよ」
入国できるならラダバナはダンジョンがたくさんあるのでお勧めだ。けれど、この地を任されている人がどう判断するかわからない。
エイコを連れていたから協力を求められただけで、クリフには決定権はないだろう。
「エイコは、ダンジョン通いしているのか。一人で?」
「彼氏と」
「はぁ?」
とっても愉快な顔をされた。
「今、彼氏と旅行中。同郷の人がいるみたいだから見にきただけで、そろそろデートに戻りたい」
「ウソだろ? だまされてない?」
「半分だまされてるかも?」
純粋な恋愛感情だけのお付き合いではない。そんなことくらい理解している。
「半分って」
「求婚したら、仕事込みでいい返事もらった」
「いいのか? それ」
「いいのよ。不味いメシが続くと死にたくなるもの」
コータが頭をかかえる。
「なぁ、お前、餌付けされてない?」
「おにぎりが美味しかったのが悪いのよ」
「米、あるのか!」
「ダンジョンで手に入る。醤油とみそも」
クリフに頼んだら、焼きおにぎり作ってくれないだろうか。米と醤油で連想したら、食べたくなってしまった。
「醤油胡椒で肉食べたい」
「酢胡椒で餃子」
「胡椒あるの?」
「ダンジョンはなんてもある」
「照り焼きライスバーガー」
「完成品はともかく、必要食材は出るよ」
食べたい物を欲望のまま告げあっていたら、クリフが部屋に入ってくる。
「今すぐ用意できるのは塩おむすびです。君が知る限りの勇者の情報を話すなら提供しよう」
「しゃべります」
「焼きおにぎりにしてほしい」
「えっ、その要望ありなら具に甘辛い肉ください」
聞き取りは別の人に任せてクリフは料理を始める。いい匂いをさせて、コータをペラペラとしゃべらす。
「君さ、勇者として優遇されていたのに、思い入れはないのか?」
「勇者召喚なんてものは、された側からすれば誘拐と同じです。今まで築き上げてきた全てを奪う行為だ。オレ元の世界にやり残してきたことも、成したいこともある。この世界の人としては優遇されていたかもしませんが、オレからしたら生活水準が下がっているのでね。不満しかないですよ」
なんかいい感じに冷ややかにしているが、コータが気にしているのはオンラインゲーム。ネットのないこの世界はどうしたって、コータは満足できないだろう。
趣味本が手に入らないと、嘆いているカレンと同類だ。
「エイコも生活水準下がった?」
「この世界は、娯楽が足りない」
日常生活するのに時間を取られるというともあるが、娯楽が劇場や大衆浴場しかない。それも、大きな町にしかなく、小さい町っと大衆浴場があればいい方だ。
「それな。ネットがないから、ゲームも動画サイトもない」
「生活するのに労力がかかるのよね」
エイコもコータも元の世界では実家暮らし。炊事洗濯掃除の全てを自分でやらなくてはならなくなっただけで、負担は大きく感じる。
洗濯も掃除も生活魔術でお手軽にできるが、やらなくてはいけないというのが負担になっていた。
「米、いいな。米」
照り焼きと一緒におにぎりを食べながら、コータはにこにこしている。
「料理上手な彼女ほしい」
「これ、わたしのだから」
料理の邪魔にならないように、クリフ背後から腰のあたりにエイコはぎゅっと抱きつく。
「エイコ、あーん」
何がわからないが、抱きつくのをやめて隣に立つとエイコは口を開けた。燻製肉ぽい。焼きたてだと舌をやけどしそうだけど、保存食で引き離さないで欲しい。
もう少し食べたいくらい美味しいですが、彼女の扱いとしては不満。拗ねているとお皿に焼き立てたお肉を乗せて渡してくれた。
「エイコに食べてほしいな」
醤油胡椒の肉は好きだ。クリフが憂い顔作っているし、デザートを出してもらってエイコは機嫌を直す。
「やっぱり餌付けじゃねぇかっ」
「好きな子でないと、ここまで餌付けしない」
「ガチかっ。真偽スキルが真判定してやがる」
元気いっぱい騒いでるコータを放置して、パウンドケーキをいただく。ここにくる前のお店のパウンドケーキが微妙だったので、口直しにいいデザートだ。
「コータ サイキ。君の入国条件が決まったので伝える」
部分鎧の装備がいいので、たぶん騎士の人がやってきて語り出す。
「まず緩衝地帯にある冒険者ギルドで登録して来て下さい。その際、職業に勇者登録をすると入国を拒否します。生産職という部類登録にすることをお勧めします」
勇者だと、何か問題があるようだ。
「登録後、関所が開門している間に入国料を支払って入国される分には許可します。その後は、一市民として真っ当に生きられることを願います」
「ほかの勇者と違って、暴力で道理を引っこめさせる強さはオレにはありません。入国の許可が出たのも、オレなら制圧可能だからだと理解しています」
おそらく、コータよりはアルベルトやパトスの方が強い。それは戦闘職種で鍛えられた騎士なら、コータを抑えられるということだ。
「オレは争いを望みません。平穏に生きられる事を願います。できれば、クリフさんの料理の恩恵にあずかりたい」
ハニトラなら、異世界料理のできる娘をと、コータは指定していた。
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