第75話
騎士の寮は屯所の敷地内にあって、部屋を出て行くとクリフの同僚らしき人に会う。
「副団長と一日一緒にいた後、お泊まり可能だと」
「なんで、別れてない。あの破局の使者に会わせて」
「ものすごく視力悪いとか盲目か?」
クリフに肩を抱かれるから、エイコはクリフの腕に抱きつく。
「ウソだー! なんで血まみれ料理人だけ別れてないんだ」
「おい、余計なこと言うな」
一人だけゲシッと蹴りを入れていたので、血まみれ料理人はクリフのことだろう。食材を解体していれば、血まみれくらいなる。気にしなくていいと思う。
そんなことより、保護者と幼女ではなく、ちゃんと彼女に見えていることにエイコは満足した。
昼を過ぎてから家に戻り、焼き窯の前にいたカレンを捕まえる。夏にあんまりいたいところではないと思いつつ、断熱レンガの素材を頼んでおく。素材見本を見せて、とにかくいっぱいいると頼んだ。
窯を見守りながら作ってくれるそうなので、素材見本を見せてタイルも要望を出しておく。混ざると困るので、要望を出した分だけ収納ブローチを渡し、それぞれに入れてもらうことにしたい。
まずはレシピ通りの物を作るべく、必要な魔導具を作って行く。
千枚のレシピを必要としたのは
一週間ほどエイコは作業場に引きこもっていた。その間、クリフがご飯を持ってきて、アオイに介護されていた気がしなくもない。
不都合な現実は忘れたことにして、やりきった達成感でお風呂に向かう。
魔術できれいにしても風呂は別。久しぶりのお風呂にゆるゆると過ごす。そして、唐突に思い出してしまった。
大量の銅メダルをもらったのに、何のお礼もしていない。とりあえず、お酒の詰め合わせを準備しよう。
気になってしまうと、いつまでものんびりできないのでお風呂を出てクリフを探す。
離れの事務所に、パトスとトミオと一緒にいた。
「おっ、やっとできたか」
「キッチンカー作った」
「マジか」
キッチンカーが何かクリフとパトスはピンときてないようだ。移動動力がゴーレムで、住居空間をキッチンにしただけ。
「これで、店舗改装しなくてもいいし、店舗で使わないなら屋台にしてもよくない?」
屋台と聞いて、自分に関係あるとわかったらしいクリフが詳しい情報を求めてくる。パトスがクリフを抑え、現物を見たいと主張した。
庭に出て、現物を見せるとクリフがさっそく乗り込み、設備の確認をする。
「店をやるヤツが、店舗にキッチンカーを置いて店を開けるか、屋台をやれと言うんだな?」
「メイとカレンはキッチンなしで、移動店舗にしてもいいけど」
一人で一台用意したら、どうとでもなるだろう。
「ということで、旅にでたい」
「どういうことだ?」
「異世界といえば旅だと思う」
「それ、異世界といえばハーレムといったショウと同じだとわかっているか?」
「キャンピングカー作ったから、大丈夫。女の当てがいないショウと違って準備した」
トミオは悩ましい顔をする。
「店と畑と家、どうするつもりだ?」
「任せた。移動困難になりそうな冬前には帰ってくる予定」
「なら、彼氏と相談しろ。一人旅なら反対するぞ」
キッチンカーから降りてきたクリフをエイコは見つめる。
「たぶん、許可はでるけど、上司に相談してからじゃないとダメだね」
「行く場所にもよるだろう」
クリフとパトスが顔を見合わせる。
「ここからそんなに遠くない観光地ってどこ?」
「場所決めてないのかよ」
トミオに突っ込まれたが、ダンジョン以外の位置情報がエイコにはほぼなかった。
「ラダバナがこの辺り最大の観光地だからね」
「えーと、リクシンさんに相談してきたらいい?」
交易商をしているなら、よその町についても知っていることは多いだろう。
「旅先で、デートしたいから、場所は僕がいい所を探すよ。だからエイコは出かける準備しながら、お店の準備を手伝っていたらいいよ」
キッチンカーは店に合わせていじる必要がある。あと、ゴーレムの動かし方も覚えてもらわなくてはいけない。
ゴーレムだけど、このゴーレムは移動特化でゴーカートぽい。これの速度制御を利用するとキックボードができた。
後で、試してもらう。
「あと、メダルのお礼どうしたらいい?」
「酒とポーション」
「あー、時期的にポーションの備蓄増やしたいか」
お礼分は数本でいいから、なるべくたくさん売って欲しいそうだ。
「たがら、なるべく早く出発して一月くらいで帰ってきてくれ、遅くても二ヶ月以内」
「何かあるの?」
「冬になる前にダンジョンモンスターの間引きだよ。これをしておかないと、不人気ダンジョンは冬の間誰も訪れなくて、モンスターを吐き出されてしまう」
モンスターの間引きは春と秋の行事みたいなもので、冒険者ギルドに要請がいく。ラダバナは管理するダンジョン多いため、手が足りない部分は騎士も動員される。
クリフは高難度の生産職ダンジョンを攻略できる人材なので、不参加は困るそうだ。
お店の準備をしながら、エイコは近くのダンジョンに行きポーションを増やす。油断したさいのフォローはアオイがしてくれるので、木の実の森ダンジョンくらいなら一人で問題なかった。
薬材と食材は余裕があった方がいい。余るくらいの方が望ましく、足りない状況は拒否したい。
ダンジョンが暗いこともあると知ったから、ランプを組み込んだガーゴイル型ゴーレムも作る。これは壊されることも前提にして多めに作り、修復用素材も確保しておく。
クリフと二人旅なら騎獣のゴーレムの速さで移動式できるから、かなり遠くまで行けるかもしれない。
板状ゴーレムは魔石ではなく、エイコの魔力で一日乗り回しても大丈夫なくらい慣れたし、乗ったままダンジョン攻略することにも慣れた。
後は体力作りをすれば、足を引っ張らないはず。身体強化や食中毒防止の毒耐性アイテムも用意しておこう。
準備しながら待っていると、クリフが一月ほどとの予定で旅行計画を立ててきた。交易都市と国境の街をへ行き、時間的に余裕があれば景勝地に寄り道するそうだ。
エイコがダンジョン通いしている間に、落ち人流の旅行や観光についてクリフは調べたそうで、誰発案かわからないが旅のしおりを作っている。
「なんで、よそに聞くかな」
本人に聞けよと、アオイにダンジョン内でグチる。
『サプライズ?』
しっぽで飛んでくるどんぐりモンスターを地面に叩きつけながら、アオイは首をかしげる。
『喜ばしたいんだよ!』
「いい理由が見つかってよかった感、あったよね? アオイ」
『ゴーレムの内装は主しかいじれないから、そっち優先して欲しかったんだよ』
「そんなのトミオが図面をあげてきたらすぐ終わる」
イライラするので、剣を振り回せるのは悪くない。が、どうにも納得がいかないままだった。
『不満は本人にぶつけて。八つ当たりはヤー』
「その本人が捕まらないの」
クリフはクリフで仕事がある。現在、ラダバナを離れるための調整中らしいし、キッチンカーも欲しいそうだ。
エイコとの旅行も仕事扱いになる彼氏。思うところはなくはない。
「彼氏やってるの接待なのかな」
『接待なら、ムダに顔のいい副団長がやるよ。きっと』
モンスターに八つ当たりしながら、エイコはメダルを集めた。
家に帰るとクリフがいて、抱きつく。
「別れてあげない」
「それはありがとう。何があった?」
『接待彼氏疑惑? 旅行の予定は一緒に決めたかったみたい』
「ごめんね。騎士団で調べてきた、治安情報は公開できないから。出かけ先でどうするかは一緒に決めよう」
ヒョイっとクッキーを口に入れられ、エイコは機嫌を直した。
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