旅行に行きます

第76話

 旅に出る前に、神殿で祈りを捧げていく文化があるそうだ。せっかくなのでクリフと二人で向かう。


「何の神様に祈るの?」

「旅の神様に祈ってもいいし、加護をもらっている神様でもいい。どの神様かわからないなら、すべての命を産み育む大母の女神に祈る」


 とりあえず、加護をいただいている神様には祈りを捧げよう。


「どうやって祈ったらいいの?」

「売店で聖符を買って祭壇に捧げて祈るだけだよ」

「三神に祈るなら三枚いる?」

「うん。祈る度にいる」


 周囲に比べて圧倒的に大きく洗練された外観をした建物が神殿で、門の中に入ると芝生に覆われた庭が広がっていた。

 白い建物と芝生の緑に、快晴の空。鮮やかな夏の景色が広がっている。


 売店は何ヶ所かあるそうで、祈る神様の石像がある場所で聖符を買うといいらしい。まずはもっとも参拝者の多い大母の女神を祀る神殿へ向かう。

 天井が高く建物は元の世界の教会よりだけど、祀る神様が多いから配置はお寺に近い。異郷の地の異教の教えだ。


 さっそく売店に向かうと聖符がいっぱいある。一番安いのが一〇〇エルで、高いのは一〇万エルというのもあった。


「どれ買えばいいの?」

「どれでもいいよ。もったいないと思う金額のはやめた方がいい。捧げたいだけ、捧げるために細かく値段の違う聖符があるんだ」


 エイコは見えたいる中で、一番高い一〇万エルの聖符を選ぶ。今のエイコの収入からしたらもっと高くても大丈夫だ。

 何しろこの世界、いるかどうかわからない神様ではなく、エイコはしっかり受肉と加護という恩恵をもらっている。


 大母の女神像の前の祭壇に聖符を置き、エイコは感謝の祈りを捧げた。


『この世界を楽しんで』


 まさか、声が聞こえるとは思わなかった。ただ、この世界に来る前に闇の中で聞いた声とは違っている。

 どちらが女神様だろう。それとも両方とも違うのだろうか。そんなことを思いながら、次の神殿へ向かう。

 次に向かうのは職業神殿。職業を司る神様が祀られており、クリフは料理の神様に祈るそうだ。馴染みのある料理の神様か厨房の神様以外はクリフもどこにあるかわからないそうで、神官に訊ねる。


「魔導具の神様に祈りたいのですが、どこへ行けばいいですか?」

「魔導具ですか?」


 エイコは首をかしげる。なんか、伝わっていない感じがする。クリフが横から口を挟む。


「彼女、職業関連神に祈りたいんですよ」

「あぁ、そういうことですか。道具関連では魔導具は上位になりますからね」


 別室の細々とした神様ではなく、大きくドンとある石像の一つらしい。売店で一〇万エルの聖符を買い、祈りに行く。

 クリフとは祈る先が違うので、神殿の外で待ち合わせることにして、老人の姿をした道具の神様の石像の前に向かった。


『料理担当外、調理道具担当内』

『移動式住居可、固定住居不可』

『ゴーレムは自由だ、好きせよ』

『遊戯神と錬金術神にも祈って』


 一文ごとに違う声がして、その中に老人を思わせるものはなかった。わざわざご指名をいただいたので、神官に場所を聞いて聖符を買いに行き、同神殿内にある錬金術神に祈りに行く。


『加護を』


 特に何か変わったとかはないが、加護をと言ってもらったので、感謝は捧げておいた。

 遊戯神は建物が違うそうで外へ出る。すでにクリフが待っていた。


「おまたせ。遊戯神像はどこにあるかな?」

「どうしたの?」

「祈れって声が聞こえた」

「それ、黙っておかないとダメなヤツ」


 魔導具師はかなり珍しい職で、そんな職業名そのままの加護なんてそうそう得られない。さらに、神様の声を聞いたとか言い出したら、神殿に取り込まれる可能性が高いそうだ。


「騙りだと、疑うとかないの?」

「落ち人は神様の加護でこの世界へ来るから、神様の声を聞きやすいらしい」


 聖女という、女性神職者上位職は歴史的に見ると落ち人の方が名を残す偉業を成しており、神の声を聞いたという落ち人は少なくない。


「地下神殿に行って、該当の神様がいないか神官にに聞いてみよう」


 地下神殿には人生を誠実に生きている人があまり祈ることがない神様たちが祀られているらしい。

 自らの加護願うというより、知人縁者にもしかして働かないのば怠惰神のせいでは、遊び歩くは遊戯神のせいでは、と神様の下から解放して下さいと願う場らしい。

 そのため、こっそり行って、こそっり祈り、こっそり帰って行くのが主流。帰り道に知人に遭遇したり、会話をすると願いは成就しないという話もあるそうだ。


 そういう神殿なので、複数人で訪れるのは歓迎されない。クリフには外で待っていてもらい、エイコは一人で中に入る。まず遊戯神の場所を教えてもらい、売店で聖符を買う。

 ここでも『加護を』と言葉をもらった。


 そして、この神殿の大神の一柱が邪神だだたので、聖符を買いこちらにも感謝の祈りを捧げる。

 この世界で、歓迎されていない神様の一つだとしても、エイコは加護と一緒にスキルをもらっていた。闇魔術は日々便利に使わせてもらってもいる。


『君らに使命はない』

『この世界を楽しめ』


 思いのほか優しい男の声がした。

 どうやら落ち人は、この世界を楽しんでいればいいらしい。


 外で待っていたクリフの元へ駆け寄り、手を取る。手を繋いだまま、隣を歩いた。


「あっ、旅の安全を祈る忘れた」


 そのために神殿に来たはずだったのに、自らの加護の御礼を優先してしまった。


「僕が祈ったから、僕と一緒にいればいいさ」

「うん」


 一緒にいられる相手がいてよかった。エイコは一人上手な方だけど、孤独は好ましくない。

 触れた手を握り返してくれる相手がいるからこそ、健やかでいられる。


 世界を渡った事で親類縁者は誰もいなくなり、同郷というだけで身を寄せ合った家を作った。けれど、それは薄いつながりで、頼りきりにできる相手じゃない。

 クリフにあるのが恋愛感情だけじゃないから、エイコは安心して身を寄せる。仕事として必要がある限り、クリフは離れていかない。

 仕事だからと、好意がないわけでもないから、一緒にいても寂しくならないでいられた。


 愛情だけを信じられほど純粋じゃないし、利害関係だけの殺伐とした関係が欲しいんじゃない。

 都合よく、利用してくれていいから、そばにいて。エイコは願うように手の平に伝わる温もりに祈る。




 翌日の朝早くに、旅行に出発した。自作ゴーレムとダンジョンガチャ産ゴーレムで街道を駆けていく。

 徒歩の人を置き去りにし、荷車を追い抜いて進む。


「キャンピングカーの出番がない」


 せっかく作ったのに、余裕で町までたどりつけてしまう。町を散策し、宿に泊まるのも旅行の醍醐味だが、予定となんか違った。


「知らない人と同じ道を行くことで発生する出会いとかないの?」

「僕らの移動速度早いから、同行できる人がほぼいないよ」


 町まで移動できるのに、危険な野宿をわざわざするなんてことはしない。ガーゴイル板の方が悪路に強いと、二日目にクリフは使う練習を始めた。

 代わりにエイコは平地でクリフの騎獣ゴーレムを借りて騎乗練習をする。


「アオイなら、たぶん主に配慮した運行をしてくれるよ」

『がんばる』

「わたしは普通に乗りたいの」


 移動が順調過ぎて、十分に練習時間が取れた。町で泊まる宿もお安くない店を選んでいるせいか、不都合は発生していない。

 なんか、思ったのと違う。なんかこう、人情に触れるようなのを想像していた。けれど、現状はツーリングぽい。


 夏空の下、風を感じて爽快に疾走する。それはそれでいいが、どうせなら二人乗りしたい。

 エイコは二人乗りできるガーゴイルはどんなものか、考えあぐねていた。

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