第69話

 彼氏の上司が保証人で、彼氏の同僚兼幼馴染が会計担当者。で、この三人ともが貴族。自由度は高いが、囲われているとエイコは理解した。

 囲われていないとよその貴族にちょっかいを出されるし、今ほど気ままにいられるとは限らない。


 恩を感じたら、お礼に貢ぐのがここの文化。しかし、忖度するのは難しい。


「どれがいいかしら? やっぱりお酒?」


 不作法を許せる度量のある保証人だ。もう本人に訊いてしまおう。


「ワイロ、どれがいいですか?」

『主、言葉は選んで』


 男三人が頭を抱え、従魔がなげく。


「保証人として、面倒ごとを拒否してくれているみだいだから、お礼の品を贈るのがここの文化」

『お礼の品をワイロに呼び変えないで』

「やっているとこは一緒よ。従魔って繊細なのね」


 出す場所がなかったから、収納アイテムから出したら物を闇手に持たせる。


「お酒か、救急セットか、おでかけセットか、雨の日セットか、昨日作ったばかりで実験できていないガーゴイル板があります」

「パトス、全部鑑定しろ」


 眉間のあたりをおさえて、アルベルトは命じた。クリフとの親交をやめて、パトスは端から順に鑑定していく。


「お酒って即答されないってことは、やっぱりお酒はパトスさんの趣味?」

「パトスはお酒も飲むが、よそへの贈り物も使っているはず」


 贈り物の定番品は、人の手から手へ渡る使い方もされるそうだ。


「救急セットは、このつけ爪のことだよな?」

「魔石を爪の形に加工した収納アイテムです。中身はポーションと傷薬と毒消し薬と痛み止めと増血薬」


 この世界的な、救急箱を目指してみた。自分用のには万能薬やマナポーションも入っている。


「どこまで爪に似せられるかが問題だけど、手につけて違和感があるなら足の爪につけてもらうしかない」

「クリフ、ちゃんと見とけ」

「エイコは 常備薬の持ち運びしか考えていない」


 アンキがどうのとか、アンサツがどうのとか、持ち込み放題とか聞こえたが、この収納アイテムは薄くて小さいので容量が少ない。持ち込み放題には程遠かった。


 おでかけセットは元の世界のキャンプ用品や登山用品に近い。コンパクトに折り畳めるコンロや固形燃料かわりの魔石。飲み水用の水筒や、携帯食糧が指輪型の収納アイテムに入っている。

 レジャーシートや冷蔵庫、カトラリーやお皿にもなる保存容器が入っているので、出かける前に食材を入れてもらえばピクニックが楽しめるようになっていた。


「つけ爪よりはマシか、マシだよな」


 鑑定に納得いかないのか、つけ爪よりは指輪は発見しやすいと、自分自身に言い聞かせるかのようにパトスはつぶやいている。


「パトス、気にして欲しいのはそれじゃない」


 収納アイテムがなくても持ち運びしやすいコンロや鍋とお皿になる保存容器。折りたたみシャベルをクリフは気にして欲しかったらしい。

 

 雨の日セットは傘とレインコートと長靴。耐水と防水仕様になっているだけの物で、ピンバッチの収納アイテムに納めている。容量に余裕があるので、着替えやタオルを入れてもいい。


 最後がゴーレムのガーゴイルを板状にした物だ。下に向ける側にはゴーレムの顔があり、上を側の背には小さな翼がある。

 地面すれすれを、がたいのいいゴーレムで飛ばすのは邪魔だと気づいてしまった。なので、なるべくすっきりとした形に改良した結果がガーゴイル板である。

 翼に靴を引っかけ、浮かして使う。スノーボードのようになっているが、もうちょっと改良すればタイヤのないスケボーみたいになるかもしれない。


「父に協力要請するから酒だ」

「お酒なら、新しいレシピ出たからウィスキーもあります」


 ウィスキーレシピは三枚続けて出た。原料としては似たようなものだが、たぶん味が違うのだろう。

 果実酒系はもうレシピが五〇枚を超えている。お酒のレシピがそろそろ一〇〇枚を超えそうだった。どれもお試しに一回は作ったが、二回目を作っていないお酒は多い。


「ブランデーとリキュールにしておこう」


 ブランデーを当主様用にして、リキュールを奥様用のセットにするようクリフに勧められる。


「入れ物は?」

「剣を模したヤツとドレスを模したのにしたら?」


 その場で瓶を作って、お酒をつめた。


「瓶を入れる箱は、収納ポーチでいいかな?」


 ポーチに二種類のボトルの絵を描く。


「木箱に入れるより、割れる心配はないね」


 お酒はアルベルトのもとには残らない。クリフの勧めで、味見用のミニボトル詰め合わせセットと、つけ爪の救急セットを贈ることにする。


「ついでだから、ここで昼ごはん食べていこうね」


 圧のある笑みで、強要してくる。


「お食事の作法が、わからないよ?」


 お偉いさんと一緒に食べるのは、向いていないと思う。そんな、ささやかな主張は笑みの圧が上がるだけだった。


正餐せいさんならともかく、見苦しい食べ方はしてないよ」


 どうやらお食事は拒否できないらしく、いそいそとクリフが準備を始める。

 冷静スープとサラダとマカロニグラタン。足りない人用にパンも並べられた。


 クリフはマカロニグラタンを、お披露目したかったらしい。ホワイトソースとチーズ。この世界にもそういう料理はあるが、具にダンジョン産の魚介類を使ったのが珍しいそうだ。


 少しばかり緊張しながら食べて、食べ終わったらクリフとアオイが褒めてくれる。扱いが幼児だ。


 もう少しどうにかしよう。


 どうにかできる気はしてないが、この扱いはよくない。エイコは危機感を覚えた。

 食事が終わると、おいとまする。


 クリフと手を繋いで冒険者ギルドへ向かった。


 手を繋ぐのは好きだが、昼食の幼児扱いを思うと、迷子防止を疑いたくなる。

 この世界的に結婚適齢期になっているし、エイコは結婚前提の彼女。ちよっと、不安になってクリフを盗み見る。


 クリフの表情からは何も読み取れなくて、悩んでいるうちに冒険者ギルドに着いた。

 受付で従魔の雛が幼体になったと告げると、奥から鑑定のできる人が出てくる。


「小竜とは珍しい」


 賢い種族で、生体になっても成人男性より小さいから、室内飼いができると教えてもらった。


「工芸スキルがあるようですから、そのうち物作りの手伝いをしてくれるかもしれませんね」


 従魔の作ったポーションでも、ちゃんと効能があるなら買い取るそうで、教えてみたらどうかとお勧めされる。

 今は、容器なしで作っていたポーションの液体だけを買い取ってもらうことにした。


 買取手続きをしていると、冒険者カードの変更が終わったと、いつもの受付の人が来てくれる。


「最近アパートに帰って来ていないようですが、部屋に問題がありましたでしょうか?」

「あー、人呼べないから、一緒に出かけると帰れないんだよね」


 最近、一人でふらふらしていないから、アパートはほったらかしになっていた。


「では、人の呼べる部屋に変更しましょうか。そちらでしたら、女性専用アパートではなくなりますが、お友だちをよべますよ」


 さっそく変更してもらうことにして、アパートの荷物を回収しに行く。収納アイテムに全部入れて、清潔魔術を一部屋づつかけたら、引っ越し作業は終わり。

 新しく案内された部屋は町の壁際にある、同じ建物がいくつも並ぶ中の一つだった。


 一階店舗。二階作業場。三階住居。屋上が庭代わり。だいたいの人がそういう使い方をしているそうで、外壁にぴたりとくっついているし、左右の建物ともくっついている。

 窓も出入り口も道に面した側にしかないし、三階建なのに、屋上を除けばアパートの方が使える面積は広い。


 地下室はなくて、地下室は作ったらダメだそうだ。家賃は前のアパートと同じなので、残っていた日数で借りてみることにした。


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