第68話

 アオイのような従魔は珍しいそうだ。鑑定してもらおうと、クリフに誘われラダバナへ向かう。

 連れて行かれたのは騎士の駐屯所だった。中に入るのに何か見せていたので、それが通行許可証だろう。


 肩に止まっているアオイをチラチラと見る人もいるが、幼体に相手に怯えるそぶりのある人はいなかった。

 危険な生き物とは認識されてなさそうで、どんどん建物の奥へ向かうクリフの方が心配になる。


「どこへ行くの?」

「前に来たことあるって聞いたよ?」

「来たんじゃない。連れ込まれたの」


 クリフが楽しそうに笑う。繋いでいた手を持ち上げ、手の甲に口づけする。


「保護されたんじないの?」

「結果はそうかもしれないけど、捕獲されたら捕まえられた方はいい気分しないよ」


 顔を赤くして怒鳴るが、クリフは笑ったままだ。

 部屋の内側から嫌そうな顔をしたパトスが扉を開け、ため息をつく。


「職場でいちゃつくな」


 部屋に入ると、アルベルトがいて書類仕事をしていた。顔を上げると眉間に皺を作る。


「冒険者ギルドに従魔の登録をしに行ったか?」

「まだです。帰りに連れて行きます。で、感想は?」


 アルベルトはペンを動かす手をとめ、アオイを見つめだ。アオイの方もアルベルトを見ている。


「その従魔が単体で暴れることはないだろう」

「ふーん、結婚は?」

「今はダメだ」


 即答で拒否された。クリフと繋いでいた手に力が入る。


「結婚に反対ではなかったですよね?」

「反対ではないが、今、落ち人の情報を王都に渡したくない」

「あっちの問題か」


 繋いでいたクリフの手を引っ張り、エイコは自分の方へ注意を向ける。


「わたし、聞いていていい話?」

「エイコの同郷の歌手が王都で人気ってだけだよ」

「クリフも洗脳から魅了に酔いしれたい感じ?」


 見上げるようにクリフに問えば、ちょっと困ったように笑った。


「そんな特殊な趣味はない」

「美人限定で何されても許せるとか、美女の加虐性が性癖だったりするのが男」


 クリフは手を離し、両手でエイコの両肩をつかむ。


「そういうのもいるが、僕の趣味じゃない」


 笑みを消し、キリッと宣言してくれるのは好ましくはある。ただ、エイコは盲目的に信じることができなかった。


「嫌よ嫌よも好きのうち?」


 クリフがわずかに目を細めた。


「エイコ。顔がいい男が何をやっても好意を持てるか?」


 親指で、自らの背後にいるアルベルトをクリフが指し示す。大変麗しい男は、現在眉間にシワを作っており、かなり怖い。


「許容範囲は人それぞれね」


 悪いよりは良い方がいい。顔以前に、不潔なのは嫌だ。冒険者の多くが、その部分で対象外になる。

 不潔なのは顔の良さでは許容できない。


 アルベルトは金のない冒険者と違って、身だしなみはいいし、不潔、不衛生とは縁遠い。けれど、エイコの好意はアルベルトよりクリフの方が上だ。

 クリフに向ける好意は、米料理に一目惚れから始まっている。向けた好意に好意が返され、そばにいるのは居心地がいい。


 麗しい顔のアルベルトとはそんな関係ではないから、そばにいると緊張する。正しくあれと強制されている気分がするし、ズレたことは認めないような厳しさがあった。

 アルベルトの真面目さが、エイコに苦手意識を持たせる。この苦手意識は顔がいいことくらいでは解消されない。


 お酒飲んだら大爆笑する系の酒乱なら、苦手意識はなくなるだろうか。チラリと盗み見て、ないなと結論を出した。


「マナミに存在認識されたら、絶対クリフにちょっかい出しにくる」

「そんなに心配しなくても、遭遇することはないよ」


 王都に行かなければ会うこともないと、なだめてくる。なのに、余計な情報をアルベルトが口にした。


「陞爵するなら、王都に行かなくてはならない」

「その話、流れたんだろ?」

「耐性アイテムの価値が高まっている」


 マナミがやらかすと、エイコの作った大量の耐性アイテムの価値が増す。そのせいで、陞爵の話が消えないそうだ。


「陞爵って何?」

「貴族になるってことだよ」


 貴族になるかどうかで、結婚の作法が変わるそうだ。それによって、クリフの実家との付き合い方が変わるらしい。


「王都で根回しすれば確定する話ではある」

「あー、今のままなら実家には手紙で結婚しましたと知らせるだけでいいが、陞爵したら婚約期間がいるな」


 貴族同士の婚姻になると、王の許可もいるそうだ。基本、当主の許可が有れば王が拒否することはないらしい。

 よっぽどの大貴族同士なら不許可になることもある。しかし、不許可になるような組み合わせなら、最初から許可申請なんて出されない。


「クリフ、貴族?」

「うん。親が伯爵で、騎士爵持ってるよ」


 くすくすクリフが笑う。


「親は貴族だけど、騎士爵を持ってないと結婚相手次第で貴族じゃなくなる。騎士爵があると結婚に関係なく僕は貴族。でも、一代貴族だから、子どもは貴族じゃない」


 もし、エイコが陞爵しても一代貴族の可能性が高く、子どもに継がせる爵位はない。どっちにしても子どもが貴族でいるには自己努力と運が必要になる。


「詳しい説明いる?」


 エイコは首を横に振った。長い話は聞いてもよくわからない。

 身分というものに理解が低く、説明されてもピンとこなかった。マナミがいるなら王都なんて行きたくないし、陞爵の価値も理解できない。


「貴族って面倒そうな気しかしないんだけど」

「ちょっと作法にうるさいだけだよ。関わらなければ問題ない」


 アルベルトがため息をつく。


「陞爵の話は潰しておく。よその貴族と縁を持つな」

「エイコ以外は全員、接触があった」

「えっ、わたしだけ仲間はずれ?」


 クリフにため息をつかれた。なんかショック。


「エイコはここ最近、ダンジョン以外出かけたことないだろ。ダンジョンも僕とずっと一緒だ」


 基本、家に引きこもっているから声をかける機会がない。


「今の時期にラダバナまで情報収取にくるようなとこは、僕の経歴くらい調べられるから」


 囲い込まれているのを理解すれば、物分かりのいい相手なら強引なことはしてこないそうだ。


「仕事の依頼はこちらにきているが、すべて断っている。貴族と関わりたいなら紹介してもいいが、きな臭いのもあるぞ」

「仕事はいらない。好きじゃない」


 今のところ、生活するのに困らないほど稼げている。余計な仕事は欲しくなかった。


「エイコは好きな物を作ってればいいよ。金になるかどうかは商人に任せておけばいいさ」

「クリフは報告を忘れるな」

「だから、こうして連れてきた」


 へらっと笑うクリフに、エイコは首を傾げる。


「クリフの仕事って何?」

「冒険者の動向調査。最近落ち人の調査もしてるよ」

「恋愛トラップ?」

「仕事だけなら、毎回食事の面倒はみないし、お仕事部分は隠して騙してあげるよ」


 冷ややかな笑みなのに目が離せなくて、優しいだけの人じゃないと思ってしまう。けれど、エイコは世話焼きで優しいクリフしか知らない。


 そういえば、叱られることはあるが、ケンカはしたことはなかった。お付き合いが順調だからというより、ケンカするほど互いに理解できていない部分が多い。

 すれ違っても、そういう文化の違い、世界の違いと思うところが強くて、ケンカにまで至っていなかった。


「クリフは君が思っているほど、善人ではないぞ」

「思春期のちょっとしたヤンチャですよ」


 上司の発言を、圧のある笑みでクリフは黙らせる。たぶん、ちょっとしていないヤンチャだとエイコは理解した。


「幼なじみとしては、機嫌のいいクリフは不気味だ」

「彼女がいないからって僻むなよ」


 笑顔で牽制し合うクリフとパトス。きっと、仲はいい。

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