第67話

 作業に没頭していると、キリのいいところでアオイはごはんだごはんと騒ぐ。物にぶつかりそうになったり、階段から落ちそうになると、小さな手でエイコを引っ張り止める。

 小さくても竜だ。力は強い。


 ゴーレムの性能は核となる魔石に依存するため、エイコ魔石の加工に勤しんでいた。

 魔石に合わせて媒体を作らなくてはいけないのと、使う媒体と魔石によって使う魔術理論が違う。魔術理論が違うと、使い道もことなり、手持ちの素材と何を成したいかで、エイコは魔術理論を選ぶようにしている。


 どの魔術理論もときどき失敗するし、失敗するはずが上手くかみ合ったりと、想定外のことも多い。全ての魔術理論は仮説。定説にできないだけの不備がどこかにあり、是正はできないままだ。

 エイコは実験結果を記録していく。その実験結果をもとに新理論を、なんて考えはしていなかった。同じ失敗をするのは素材の無駄で、欲しい成功例があるなら真似た方が効率がいい。

 損得勘定でエイコは記録を作っていた。


 ダンジョンで手にしたレシピは、忘れない。受肉体というハードにスキルというソフト。レシピはソフトをバージョンアップしているようなもので、一度インストールしてしまうとデリートできない。


 畑を含めた家の上空を、ガーゴイルが飛ぶ。一つ作れば、同じ型の物は錬成できるようになるため、形状は同じガーゴイルが大きさだけを変えて複数試験運用されている。

 そして、ガーゴイルゴーレムは騎乗可能だった。空が飛べるからと、いきなり上空て使用実験をするほど、エイコはチャレンジ精神にあふれてはいない。

 落ちても問題なさそうな、膝の高さくらいで飛ばして騎乗している。


 日傘をさし、錬金術の素材図鑑を読みながらの運用だ。浮いているので振動はなく、ぐるぐる畑の角に行き当たる度に曲がるさいに少し重心移動が必要になる。そのくらいなら、本を読む邪魔にはならない。

 朝から耐久実験をしているが、昼になっても問題なく運用できている。このまま午後も耐久実験を続けるかと、ごはん代わりにポーションをとり出す。


 ポーションを取り出した手の方の腕にアオイが止まる。鋭い爪をしているが、痛くはない。重さもほとんど感じさせないこの不思議生物は、小言が多い。


『ごはんは家で食べる』

「実験が終わったらね」


 気にせず腕を動かそうとすると、アオイが重くなった。どうあっても邪魔するつもりらしい。


「エイコ、ポーション出してゲカしたのか?」


 声をかけられ、惰性で動かしていたガーゴイルを止める。どうや、家のある側の方に来ていたようで、畑との境目にクリフが立っていた。


「お昼ごはん、食べた?」


 にこっと問うクリフ笑みに圧がある。エイコはすごすごとゴーレムから降りた。


 トミオたちはクリフに余計なことを教えすぎている。リビングで正座をさせられ、エイコはすねた。


「ポーションはご飯ではがありません。はい、復唱」


 床に直接ではなく、絨毯の上だが、正座をなんて久しぶりにした。異世界に来て初だと思えば記念すべきことかもしれない。

 まったく嬉しくないけど。


「僕、料理しなくても困らないぐらい、ご飯を渡しているよね?」

「保存容器入れていつでも食べれる状態にしてます」


 一週間分は余裕であるし、米もパンも麺類もある。


「どうして食べないかな?」

「一人で食事するのは楽しくない」


 面倒くさかったからなんて本音は言わない。言ったら、絶対に説教が長引く。


「ポーション飲んでれば死なないし、水分補給にもなる」

「作った食事を食べてもらえないのは悲しいよ」


 しょんぼりされると罪悪感がわく。


「僕の料理、嫌い?」

「好きです、とても」


 食べると心がぽかぽかする。外食とは何か違っていて、最初に食べた時、絶対手放したらダメだと思った。


「捨てないで下さい」

「うん、逃してあげない」


 とりあえず、お昼ごはん食べるよね、と笑顔で圧をかけられ、エイコはコクコクとうなずいた。


 本日の昼食は豆の冷製スープとペペロンチーノと温野菜のマリネ。魔導具のミキサーを作ったら、食事に冷製スープや野菜ジュースが出てくるようになった。

 ハンドミキサーも作ったら、メイがお菓子が作ることが増えたので、混ぜるのは大変だったみたい。


「住ませてもらっている身だ。食事時間になったら家にいる面々で気にかけるとして、作業中でも食べやすい物を持たせておくか」

「一口サイズのサンドイッチか野菜クッキーでも作りましょうか」

「クレープとか、トルティーヤみたいな巻けるのもいいかも」


 トミオ、ユウジ、メイといった比較的キッチンを使って面々が食事計画をたてる。


「錬金術でサプリメント作れそうだからな、ここらで食育しないとダメだろう」

「食べられないではなく、食べないですからね。どこまでも食生活が乱れそうです」

「ポーション、お手軽に作りすぎなのよ。売値なら普通の食事の一〇倍はするのに、気楽に飲み過ぎ」


 栄養ドリンクの値段としては高いやら、せめて野菜ジュースにするべきと、エイコを放置して話し合いがなされていた。

 好き嫌いの多い人やイヤイヤ期の子どもより面倒だと評され、へこむ。


「エイコ、アオイに首から下げる収納ペンダント作って」


 そのくらいなら直ぐできる。身体が小さいから魔石も小さめにして、魔法陣に属性をつけて効果を上げた。


「保存容器も作って、いっぱい」

「どのサイズ?」


 見本ように二〇個くらい出す。三種類選ばれたので、それぞれ一〇個作った。


「これでいい?」

「うん」


 容器を受け取りメイが何に使うか、説明する。


「アオイならずっとエイコと一緒でしょ。エイコが食事代わりにポーション飲みそうになったら、アオイに食事突っ込ませるから」


 マイフレンドが何を言っているかわからない。


「エイコの自助努力より、従魔の賢さの方が期待できる」

「う? 何言ってるの?」

「アオイ、エイコの面倒見るためにもふもふの移動用騎獣をやめて、家の中でも一緒にいられる小型の竜に進化したんだって」


 できれば従魔はもふもふなのがよかった。一緒に寝たら柔らかくてあったかいみたいな、絵本の中にいそうなファンタジックでかわいいのを、選べるなら選びたい。


「それなら家事妖精みたいなのでよくない?」

『家事妖精だとダンジョンでは役立たずになるよ。主、ダンジョン好きでしょ』

「ダンジョンが好きというより、ガチャが好き」


 はずれるとがっかりするけど、それはそれだけ期待しているからだ。見たこのない物が出てくると、かなり楽しい。


『成体なってもあまり大きくなりませんが、巨大化スキルはありますので騎獣にもなれます。なので、上空をには私が連れて行きますので、ゴーレムで空を飛ぶのはやめて下さい』


 幼体だと落ちた主を拾えないそうだ。


「えっ、落ちる前提なの?」

『ぼんやり考え事して落ちそう』


 従魔が誰よりも、エイコを信じてくれていない。


「アオイ、ごはんが足りなくなったら知らせるのよ」

『がんばって食べさせるので、お願いします』


 アオイが深々とキッチンにいる三人に頭を下げる。


「クリフ、従魔がひどい」

「朝と夜はなるべく一緒に食事すればいいが、昼は毎日一緒には食べれないからね。アオイに期待したい」

「クリフ?」


 にこにことクリフはエイコの頭をなぜる。


「みんなエイコのこと心配しているんだよ」


 信用度で従魔に負けた。けれど、食事を改善できる気がしない。

 ダンジョンに行くことが減ってから、錬金術の本の読み解いていると、夜更かしどころか、徹夜になっていることもある。


 異世界に早く寝なさい、ごはん食べなさいと言ってくれる母はいなかった。叱られないからこそ、自分で気にしなければいけない。けれど、自分でどうにかできないことが露呈してしまっていた。

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