第61話
どうやら徘徊ボスが出たらしい。徘徊ボスなのに下層に向う階段の前に居座っているそうだ。
唯一魔術の使える子どもは、魔力欠乏症になっており歩くのも難しいらしい。
クリフは徘徊ボス討伐を依頼され、断った。相手の男もやっぱりダメかと引き下がる。
「討伐して欲しいと言っているのは一人だけだからね。他の人からすればモンスターの横取りになる」
討伐しても、メダルは先にいた彼等の物になるのが冒険者ルール。交渉に来た男もメダルを渡すとは言わなかったので、横取り扱いなるそうだ。
「大人が三人もいれば、普通に倒せるからね」
生産職の星二つのダンジョンなんて、ダンジョンボスでも戦うためのスキルなんていらない。
子どもを守りながらというのが大変だと主張もしていたが、徘徊ボスが動かないから、子どもたちを置いて大人だけで倒せばいい。
「困っているというよりは、手間を減らしたいってとこだろうね」
生産職専用ダンジョンのモンスターが強くないとはいえ、攻撃を受ければケガもするし、ケガの度合いによっては後遺症もある。年間単位で見れば星一つや二つのダンジョンでも死者はいるらしかった。
「うーん、時間かかりそうだね。これなら子どもたちを追い抜いておくべきだったかな」
「急いでないし、気長に待とう。関わる方が面倒」
「なら、おやつにでもしようか」
保存容器入ったパンの耳ラスクと保温容器にはいったハーブティーを、クリフは出していた。片手の手袋を外し、清潔魔術を使ってからラスクをつまむ。
「あーん」
モンスターが出るから、エイコ剣を握ったままだ。交代で食べるのかと思えばこうきたか。
少しばかり照れながら、エイコは口を開けた。クリフは楽しそうに笑う。
「口でくわえて食べさせる作法もあるって言ってたけど、やる?」
「ムリなのわかって聞いているよね?」
せめて、視界に人影がないところにして欲しい。
「うん。かわいい」
赤くなったほほを、クリフは指の背でなでてくる。
「敵くるよ」
投げられたどんぐりを、エイコは剣で半分に斬る。対応はできたが、大振りになった。
「ダンジョンでは常に冷静に、動揺したらダメだよ」
にこにこしているクリフに、言い返そうと口を開けら、ラスクを食べさせてくる。
「美味しい?」
「美味しいです!」
逆ギレ気味にこたえて、再び飛んできたモンスターを斬った。
「お茶飲む? 飲み物も口移し作法があるんだよね?」
「ない! そんな作法はない」
叫ぶように拒否するが、クリフは笑うばかりだ。余計な情報を与えた連中を恨みたくなる。
「難易度上げないで。お茶会よりはラスクがまし」
「そう?」
口にラスクを加えて食べさせてきやがった。しかも、しっかり逃げられないように後頭部に手がある。
今、触れた。触れたよ。と、頭いっぱいになっていたら、クリフは飛んできたモンスターを足で地面に叩きつける。
「日々成長中ってとこかな? 次は飲み物で良さそうだね」
一生懸命そしゃくしてから口を開く。
「手慣れてる?」
「いい大人だから」
「悪い大人だよね?」
「悪い大人に、なっていい?」
なんかこう、ぞわぞわする。いま流されると、行き着くところまで行きそう。直視できなくなって、エイコはうつむく。
「怖いならいくらでも待ってあげる。恥ずかしいだけなら、まってあげないよ?」
チラッと視線を上げれば、にんまり笑うクリフと目が合った。
「ダンジョンではムリです」
「そんな無茶はしません」
どうするか迷い、視線をさまよわせる。ラスクは口の中の水分を奪う。だから、感覚のままに告げる。
「お茶ください」
エイコはここがダンジョンなのを忘れそうになった。
木にもたれて座りこむエイコとモンスターを倒しているクリフのところに、また男がやってきた。
倒したモンスターのメダルは倒した人の物でいいから、倒すのを手伝えという要請をクリフは断る。
「僕ら今、休憩中なんだ」
休憩するしかない状態にしたのはクリフだと、エイコは責めたくなったが黙っておく。
「どうにも間が悪いな。戻る事も考えた方がいいかも」
「そうなの?」
問えば、少し困ったようにクリフはこたえてくれる。
「相手がいい悪いじゃなく、相性の良くない相手っているんだよ。そういう人と一緒にいると偶発的な事故に遭いやすい」
「冒険者あるある?」
「人生あるあるじゃないかな? 町の中でも上手くいかない時は上手くいかないまま良くないことが起きることがあるからね」
何もない事もあると、クリフは付け足すが、徘徊ボスを倒しに行くつもりはないようだ。
「休憩が終わったら、僕らは戻りますよ」
相手を拒絶して、男は仕方なさそうに仲間たちの元へ帰っていった。
「彼らはダメだね」
サルモンスターをクリフが倒し、ナイフとメダルをエイコが闇手で回収する。それから、クリフの指導で、徘徊ボスがいるらしい方向を教えてもらいモンスターの魔力反応を探る。
先にいる集団の先で、どうやら道は大きく曲がっているようだ。
「モンスターの数、多い?」
「徘徊ボスだけじゃないから、迷っていたみたいだね」
魔力の反応からすると、草モンスターと木の実モンスターが集まってきているようだ。
「彼らの出した条件は倒したモンスターのメダルだけだから、僕らに周囲のモンスターを倒させて、徘徊ボスは自分たちで倒すつもりなんだろうね」
「ボスのメダルくれなきゃ、共闘はないよ」
エイコとクリフなら、取り巻きを含めて全部相手にできる。すべて譲ってくれるならともかく、都合のいいように使われるのは嫌だ。
「戻ろうか」
エイコは差し出されたクリフの手を出して取り、立ち上がる。
「遠距離から倒せば、先に徘徊ボス倒せるよね?」
「できるけど、もめるよ」
欲がなければ冒険者として成功はしない。けれど、欲をかきすぎる痛い目をみる。
子どものことだけを考えるなら、モンスターもメダルも全部冒険者に任せてしまえばいいい。それができない程度には、彼らは欲が捨てられないようだ。
「これがもっと強いボスの出るダンジョンなら、違ったんだろうけどね」
倒せる程度の徘徊ボスだからこそ、未練がましく迷い、動けなくなっている。
慌てることなく来た道を戻っていれば、背後から足音がした。
「おーい、待ってくれ」
振り返り、エイコを庇うようにクリフが前に出る。
「あんたらダンジョン攻略に来たんだろ」
「これ以上は時間のムダだから、日を改めるよ」
「オレたちで倒せると思うか?」
不安そうに男は問う。
「さあ? 僕らは状況を見てないから」
「子どもの安全を考えるなら、一〇層から帰るべきなんだ」
そうでなければすべて冒険者に任せればいいと男は言うが、お仲間の同意は得られなかったらしい。
「僕らがいることで欲をかくなら、いなくなれば別の選択をするだろ?」
都合のいいように冒険者を利用したい男とそれを拒否したい冒険者。仲良くなんてできないから、トラブルになる前に距離を取った方が無難だ。
「なら、ポーションを売ってくれないか? 冒険者ならもっているだろ?」
「秘薬ギルドのでよければ」
男はあからさまにがっかりする。
「あんただけが冒険者やったことありそうだな」
「若い頃少しな。他はみんな子どもの頃に遊びて入ったくらいだよ」
それはダンジョンにおける冒険者ルールを知らない可能性が高く、知っていたとしても自分たちには関係ないと思っているのだろう。
「幼い子どもが僕らの後ろを勝手についてくるくらいなら、見ないふりするよ」
これも寄生の一種になるから、冒険者ルールとしてはやったらダメだ。
男は急いで戻り、特に幼い子どもを三人連れて来る。距離がせばまるまで、少しだけ待ってあげだ。
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