第58話
持ってきた箱の一つを店主はカウンターの上に置く。木箱を鑑定すると保存箱となっていた。
蓋を開けると出てきのは鬣で、品質は上級品で状態は良好となっている。
「一箱、一〇〇万エルだ。突然変異体の獅子の魔物の鬣らしい。じい様の時代の物だ」
「エイコ」
名前を呼んだメイの瞳が、雄弁に買えと語っている。
鬣一束。百本以上はあり、似た色をしているが同じ物がどうかまだはわからない。だだ、量も質もこっちが圧倒的によかった。
「買います。分けるのは帰ってからね。保存箱がいるみたい」
「わっ、わかった」
新たに出したら札束を渡して、箱を閉じて収納する。
「一月でよく稼いだな」
笑いながら店主は二つ目の箱を開ける。魔石が三つ入っていた。それは普通の魔石ではないようで、鑑定すると錬金術で加工された魔石となっている。
「これが二層魔石、こっちが三層魔石、そしてこれが四層魔石。一〇〇万では売れんし、売らんぞ」
商人が売らない発言はどうなのだろうと思いつつ見つめていたら、情報をもらったおかげか鑑定結果が加工魔石から二層魔石に変わった。
そして、今まで全く反応した事のなかった解読魔術スキルが動く。
どうやら魔石を魔石で包むようにして二層魔石はできているようだ。層になる事で、刻める魔法陣が増えるようだ。
アルベルトが持っていた剣の柄にはまっていた魔石が、この系統かもしれない。
解読結果から、錬金術をどう使うか考えるが、完成形に到達できない。脳内シュミレーションで失敗なら、試すまでもなく破綻する。
そんなエイコの悩みを解決するかのように、店主馬三つ目の箱を開けた。
「これが魔石の加工に必要な媒体だ」
きっちりと密閉された箱の中に入っていたのはきめ細やかな粉。鑑定結果は錬金術の素材で、解読と合わせた結果、主成分は魔銀となっている。
「どっちも売れないが、興味があるらな紹介状書いてやるぞ」
作り方を書いた本があり、紹介状がないと売ってくれないそうだ。
「お礼は加工魔石でいいぞ」
お金を引っ込め、紹介状をもらう。本を売っている場所も説明してくれたが、ちょっと入り組んでいるそうだ。
クリフもだいたいの場所ならわかるそうで、連れて行ってもらう。
「ここ本屋?」
「雑貨屋さんだね。店の名前は合っているから入ってみよう」
狭い店内の奥に老婆が一人座っている。
「紹介状もらってきたのですが、ここで合ってますか?」
カウンターの上に紹介状を置くと、裏を向けて、しっかりと蝋印を見てからペーパーナイフを取り出す。手慣れた様子で開封し、さっと一読する。
「錬金術のレシピ一つ一〇万エル。だだし、ダンジョンのレシピとは違うからね。自分頭使わないと作れないよ」
「はい」
「紹介状にあるのはレシピ二つ。ただ、あんたが欲しがるならその二つレシピを含む本を売ってやれとあるが、どうする?」
「本、いくらですか?」
「三〇万エル」
「なら、本でお願いします」
本ならレシピ三つ以下という事はないだろう。
「同じ著者の解説本と図鑑もあるがどうする?」
「一〇〇万エル以内で買える、必要と思われる物を下さい」
エイコは一万エル札の束をカウンターに置く。たぶん、それでどうにかなるように紹介状は書いてくれている。
「品物も見ないで速決かい?」
「作れると思ったから紹介してくれたはずだし、買える範囲で買いそろえられるなら、一〇〇万エルだと思うの」
「よそから紹介されてくる子より、あの坊やの紹介は期待できるね」
紹介者は中年だったが、この老婆にとっては坊やらしい。老婆はカウンターにあった鈴を鳴らすと、クリフと同年代くらいの人が出てきた。
「グラム爺の錬金術箱持って来な」
「えっ、うわっ。本気か」
カウンターの上のお金に引きながら男は一度奥に下がる。両手で大きな木箱を運んできた。
「理解できなくても返品は受け付けませんよ」
優秀ではあったが、弟子はいなかったこの町の錬金術師の遺品らしい。後世に自らの研究成果を残したいと用意した物も一つだそうだ。
カウンターの奥で木箱を下ろし、箱の中から大きな本を出す。鑑定すると収納箱となっていた。
「使いこなせれば一人前の錬金術師になれるよ」
老婆の発言に、使いこなせない人の方が多いのだろうと思ってしまう。一つ使えるレシピがあれば、いいくらいに思っておく。
ハズレ率の高い福袋を、買っている気分がしてきた。一〇〇万エルはお安くないけど、この世界の金銭感覚がどうにも馴染めていない。
家より絨毯の方が高いし、一〇〇万エルは一日で稼げなくもない金額だ。ものすごく高いものを買っている気分にもならない。勢いと気分で、さらっと買えてしまえた。
本型収納箱の中に八冊の本が入っている。どうやらバラ売りの方が、高額だったようだ。
錬金術レシピ本が初級編、中級編、上級編の三冊。それから錬金術素材について図鑑みたいなのが魔石鉱物編、植物編、魔獣及びその他編の三冊ある。
残り二冊が、魔術概論と錬金術概論。八冊の本は全て著者は同じで、レシピ本以外はレシピ本を読み解くための本になっている。
分厚い本でもなければ、極端に字が小さいなんて事もない。直ぐに読み終わるだろうと思い手を出した魔術概論が、理解できなかった。
最初は一人で大人しく部屋で読んでいたのだが、ムリだとクリフに泣きつく。
料理師に魔術とチラッと思いはしたが、フルーツタルトを渡されてエイコは大人しくなる。
「魔術は全部仮説だから」
「じゃ、この二ページから四ページで理論がコロコロ変わるのは全部に整合性があるんじゃないの?」
「三大属性論と四大属性論に整合性なんてないよ。魔術論はどれも矛盾が生じてしまうから、お偉い学者さまたちが大昔から議論し続けてるんだ」
この属性論、一から一三まではすべてあり、そこから先は飛び飛びで一〇八まであった。ちなみにこの著者は一〇八もの基礎属性なんて知らないし、覚えたくもないと記している。
三と四の倍数なので、一部理論に三大属性論と四大属性論に親和性があるそうだ。
「魔術が国の法律で、なんたら属性論は領地法律みたいなものかな。領地間でもめるのと同じくらいには、別理論ももめているしね」
魔術理論は思考法で、レシピにその表示があるのはその理論を使った物だからのようだ。
レシピを読み解くための鍵であり、この世界の真理ではない。
トランプカードのゲームが、同じカード使っていてもゲームごとにルールが違うのと同じ。別ルールのものに整合性なんて求めてはいけない。
今、ここにある正しさはフルーツタルトが美味しいという事だ。魔術もスキルもわけのわからないもので、真理なんて求めてはいない。
エイコが求めるのはフルーツタルトのお代わりだ。紅茶があるとなおいい。
クリフに接待してもらい、エイコは魔術概論をざっくり流し読みた。
次に錬金術概論に手を出す。
錬金術で最も大事なのは金である。
そんな一文で始まっており、金の錬成でもするのかと思えば、いかに金を稼ぐ事が大事かを語っていた。
安い素材を錬金術で加工し、いかに高く売るか。これを上手く行えれば、錬金術師として大成するとある。
素材入手にかかるお金にこの著者は苦労していたようだ。この本を読んでいると、加工魔石が安物の魔石を高く売りつけるための手法のように思えてくる。
膨大な実験と練習の果てに、売れる物ができるとは限らない。そのため、売れる物ができたときにはなるべく高く売る事が、錬金術師を続けるに必要な素質になる。
経営学なのか、詐欺の手口なのか悩む。法律はよく調べろとか、専門家に金払ってでも学べとか、法律のグレーゾーン狙いのようだ。
法律違反は犯罪だが、法律の適用範囲外は犯罪ではない。だだし、大物貴族は法律を歪めてくるので、何もしていなくても犯罪者にされる事もあるとか、やりすぎ禁止、悪目立ちは危険といった記述もある。
それはもう、錬金術とは関係ないのではと思いつつ、エイコは一通り読んだ。
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