第55話

 エイコが作業をやめ、収納アイテムに片付けるとトミオが図面を広げた。


「全員の要望を詰め込んでみたが、どうだ?」


 要望の出ていない、エイコとメイとカレンの店の場所が用意されていた。


「ここの公道、近所の人だけじゃなくて、村からラダバナの町に行く人も使うそうだ。時期によってそれなりに人が通るらしい」

「あんまり人気はないけど、この道の先にダンジョンもあるからね。冒険者も通るよ」


 トミオの言葉をクリフが捕捉する。


「生産職なら将来店を持つ可能性もあるだろ? 街中で試すのは家賃が大変だからな」

「だよね。土地の値段のケタが違うもん」


 最初の予定では壁の内側で土地を買うつもりだったから、エイコは金策にオークションに参加した。最初から安い土地があるとわかっていたら、今ほど稼いでいない。


「開業のために登録するなら商業ギルドかな。メイは服飾ギルドもあるけど、辞めた方がいい」

「理由、聞いてもいいですか?」

「針子雇いたいっていっただろ?」


 クリフの言葉にメイは頷く。


「地縁が強いギルドは、新参者に訳ありの人を押し付けることがある」

「ン?」

「服飾ギルドの上役の娘に能力と性格に問題ある人がいる。雇えばギルドから仕事をもらえるが、仕事に専念できないくらい問題を起こされるらしい。と、ウワサがある」


 にこっとクリフは笑う。


「困った娘さんについてウワサだが、その娘を雇った人は田舎に戻らないといけなくなったと、町を出て行った店長が二人いる」

「登録は商業ギルドにするわ」

「人材はリクシンに相談するといいよ。あの人は人を見るのが専門だから」


 そこはお金を使わないとダメだそうだ。ケチって困ったのが来ると雇わない方がマシという事にもなりかねない。

 ラダバナには陶芸ギルドがないので、奴隷から解放されたらカレンも商業ギルドに登録するそうだ。


「トミオは農業ギルドに登録しないか? エイコは向いてないから、エイコに雇われたってことでどう?」

「あー、ここらの人はみんな農業ギルドか。加入しないと地域情報から取り残されるな」

「雇われだから決定権は雇用主にあると、全部保留にしたらいいから。で、後日真っ当なものだけ応じて、不当なものはエイコの保証人に回すといいよ」


 お隣さんとはしっかりお話をして来たそうだ。前より勢いを無くしてはいるが、この辺りで最も農地を持っている人物であり、農業ギルドでは顔役の一人になっている。


「あの視線の気持ち悪いジジイには会いたくない。トミオさん、いくらで雇えますか?」

「ジジイってことはいい歳だよな?」

「嫁に出した孫がそろそろひ孫を産む世代」


 一〇代で結婚出産が当たり前の世界だ。子ができるの早いとはいえ、ひ孫。


「僕も色ボケジジイの前にエイコを出したくないよ。トミオがダメなら、農地の管理者雇おう」


 ギルド登録してもらうためには、奴隷ではない人を雇わなくてはいけないそうだ。


「わかった。オレが登録するから、給料は仕事のあった時に日本酒と酒のつまみでいい」


 お金は今までどおり、三人でダンジョンへ行って稼ぐそうだ。住むとこだけでなく、収入まで面倒を見てもらうとエイコに何かあった時、全員が奴隷落ちなんてことにもなりかねない。

 住む場所は頼ったので、他はなるべく自立していたいそうだ。


「ショウ。宿代がかからなくなった分、貯蓄に回せよ。一二月頃に最低六ヶ月分の食糧をかいこまないと冬籠りできないからな」

「冒険者はだいたい足りないから、雪かきしながらダンジョンに行くよ。でも、吹雪の日に外にいたら死ぬよ」


 クリフは軽い口調で告げだが、ショウは顔を青ざめさせる。


「なぜオレだけ名指し?」

「エイコは困らないだけ稼いでいる。余裕があるから、メイやカレンに何かあれば面倒をみるだろう」

「えっ、みるの?」


 そんな予定はしていない。


「大丈夫。足りないなら、冒険者ギルドでポーション作るわ」

「ごめんなさい。お願いします」

「明日から窯に火入れるんでしょ。早いところ稼げるようになって」


 トミオとクリフが笑う。


「なんだかんだ言いながら、エイコは面倒みてるよ」

「見捨てられるくらいなら、土地買ってまで窯は作らないだろ」

「なら、オレも見捨てられないのでは?」


 男三人からショウは憐れむ様な視線を向けられる。


「トミオとユウジが足りて、ショウだけが足りなかったら、見捨てられるかもな」

「足りなくなった分、何に使ったかによっては女は見捨てるさ」

「興味があるのは理解しますが、安いところやめて下さい。病気もらいますよ」


 クリフ、トミオ、ユウジの順にされた発言にショウのお金の使い道を理解してしまった。


「やっぱ、チャラ男。モテない系」

「治療薬ってあるの? この世界」

「効きそうな薬に心当たりはあるけど、病気は持ち込んで欲しくない。なんか、探知機作れるかな?」

「風呂場で二次感染しても困るよね、エイコは」


 エイコは黙り、視線をそらす。この世界的には成人しているし、彼氏彼女ならそういう事もあるだろう。

 だからと言って、彼氏の前で話題にしてほしくない。


「ほら、面倒みるより追い出す話になっているだろ」

「えっ、あー、あんたらは平気なのかよっ」


 一人ショウは焦る。


「残していきた妻子が気になって、そんな気分にならない」

「結婚式場までおさえた彼女を思うと、直ぐに次はとは思えません」

「浮気の予定はない。僕、待てるからね。焦らなくていいよ」


 チラッと視線を向ければ目が合う。にこっと笑われ、エイコはテーブルの下に隠れた。


「うーん、可愛い」

「遊ぶなよ」

「うやむやにしてあげたんだよ。考えて生きないと、春は迎えられないからね」


 メイとカレンにエイコはテーブルの下から引きずり出される。


「筒状のマッサージ機作ったら家に病気持ち込まれない?」

「うわっ、精神的に年下の女の子にその面倒は見られたくない」

「落ち着け、そこは男同士でお話し合いしておくから」


 ユウジとトミオになだめられるが、エイコは納得してはいなかった。そんなエイコにカレンが情報を渡す。


「男同士ならローションがいるよ」

「そうなの? 傷薬の軟膏タイプになんか混ぜればいいかな?」

「カレン、腐っていたのか」

「この世界趣味の薄い本がなくてツライ。あっ、生々しいのはノー派なので、妄想ネタさえあればいいです」


 クリフはエイコのそばに移動してささやく。


「作ったら、エイコの身体で試す? 手伝うよ」

「えっ、うー、あー、作りません。でも、エロ用品って、稼げそう」

「その業界、犯罪者集団と仲のいいとこが多いからね。荒稼ぎすると狙われるよ」


 エイコは、作らないことを約束させられた。


「よし、話は食後にしよう。夕飯を食べて気分をかえよう」


 テーブルの上にあった図面を片付け、テーブルに清潔魔術をかける。ほぼ出来上がっていたらしく、食器やカトラリーを並べている間にスープは温めなおされ、肉が焼かれた。


 キッチンで忙しくしているのはクリフとユウジで、後の人は運ぶだけ。ダンジョン帰りだからと、女三人は先に座る様に勧められた。

 長方形のテーブルの短い辺にエイコは座り、隣にクリフが来るのを待つ。長い辺に男女に分かれて座り、キッチンに近い側が男の席になっていた。


 七人で食事する間、話題は無難なものになる。


「染色は水を使うらな冬場はできない?」

「水路の水が凍るなら風呂もどうしよう」


 雪や氷を溶かすか、井戸水を使うか、水魔術で出すか。どれも可能だが、魔力的なコストの差がどうなるかその季節になった見ないとわからない。

 ただ、冬に風呂ナシという意見は出てこなかった。

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