第52話
エイコが咀嚼している間に、クリフが困った顔をして告げる。
「ごめんね? 僕も生産職冒険者だから」
クリフが謝るのが、嫌だった。決めつけて絡んでいるのは向こうなのに、大人な対応をする。
「えっ、あっ」
「クリフさんのことじゃなくて」
「クリフさんはソロでも活動してるし」
エイコは食事しながら四人の鑑定をする。わかる事は多くない。四人とも戦闘職で、装備の質はあまり良くなかった。
新人冒険者ではないが、ベテランにはほど遠い。
ここは街中。そして、向こうはこちらを生産職と認識している。
新人生産職冒険者と新人じゃない戦闘職冒険者。弱者の過剰防衛はどこまで許されるのかとエイコは思案する。
火柱がダメなのが残念でならない。口の中を空にしてからエイコは我慢するのをやめた。
「タカリヤ冒険者ってタチ悪」
「あ゛なんですって?」
「屋台の前で騒ぐなんて、クレクレ乞食でしょ。カツアゲするしか能のない戦闘職がいるから冒険者の評判が下がるのよ」
迷惑だとエイコは嘲る。
顔を赤くして、怒りの形相になった相手にエイコは薄らと笑みを浮かべた。
もはや言語になっていない、怒声なんて聞く価値もない。
「あぁ、怒るって事はカツアゲ冒険者って自覚はあるんだ。害悪冒険者さん」
武器を抜いてくれた事にエイコは内心ガッツポーズをする。一番避けたいのは素手で殴りかかってこられることだった。
だからこそ、エイコは綺麗に笑う。
魔術を行使する理由ができた。闇手で拘束し、抜かれた剣を折る。クリフが楽しそうに口笛を吹いた。
「うん、優秀。ちゃんと訓練してきたのがわかるね」
エイコは食事を再開する。
「思ったより大人しい子じゃなかったな」
「恋は人を変えるから」
「女こえぇ」
屋台の出る通りは人通りが多い。誰が通報したのか兵がやってくる。
身分証の提示を求められ、ギルドカードを見せた。保証人の名に兵は顔を引きつらせ、状況説明を求めてくる。
「剣を抜かれたので、拘束しました」
ウソはどこにもない。剣を先に抜いたのはあちら、エイコは拘束しただけ。嫌がらせというか、悪意は剣を壊したくらいだ。
ムダにクリフに謝らした人たち。せめてクリフに謝罪しろと、兵に拘束される女たちを見る。
「その女が」
「うるさい。話は番所で聞く」
クリフは屋台から出てきて、兵とコソコソ話をして、手に何かを握らせていた。魔術を消せと言われ、解除する。
兵に連れて行かれる女たちを、エイコは冷ややかに見送った。
「クリフ、わたしもワイロの渡し方覚えたい」
「うん。やめようか」
「相場っていくらなの?」
「うん。覚えなくていいからね」
よしよしと頭をなぜて、クリフは話題を変える。
「今日は、みりん? っていうのと醬油を使ったソースだったんだ。感想は?」
「美味しかったけど、照り焼きじゃない」
みりんで作って欲しかったのはこれじゃなかった。どこがどう違うか問うクリフに回答したのは男たちだった。
「照り焼きは砂糖、みりん、醬油、料理酒が基本だぞ」
「砂糖の代わりに蜂蜜でもいい」
どうやらエイコの記憶では材料が足りなかったらしい。そっと、料理酒になる米酒の入った瓶をクリフに渡す。
屋台の裏側に呼ばれたエイコとカレンはみそ汁をもらい、丸太椅子に座って男たちの語らいを見守る事にした。
単身赴任中は自炊で、奥さんから簡単な料理を習ったトミオ。恋人に料理を褒めらて料理が趣味になったユウジ。
彼ら二人がクリフと語る間、ショウは取り残されていた。
「オレに彼女が出来ないのは料理できないせい?」
ショウの問いに答えをくれる者はいなかった。
照り焼きチキンと焼きおにぎりは美味しいが、エイコは拗ねている。デートの予定は完全に流れてしまい、外壁の外にある家に来ていた。
アルベルト、パトス主従も部下を連れてきているし、リクシンも資材と人を連れてきており、人数ばかりか増えてもいる。
部下だけでいいところを、直感持ち二人は向かった方がいいと判断して来たらしい。
とりあえず、庭に穴窯の設置は完了した。あとはカレンに使ってもらって修正していくしかない。
そこからの改造で料理用の窯も作る。こっちも不具合が出たら怖いので、庭に設置して様子見だ。
料理用の窯があるなクリフも住みたいというので、それならエイコも住んでもいいかと思う。いくら奴隷で行動を縛れるとしても二人にはさせたくない。
クリフがいるなら、トミオたちはいらないかと考えていれば、三人一部屋でもいいから住ませて欲しいと言われてしまう。
元の世界の知識は年長者のほうが多いし、作りたい物の相談もしやすい。
道に設置した柵は一晩で壊されているし、一部始終を兵が見ているのでいい逃れはできないかわりに、賠償請求をしなくてはいけなくて、資材も届いたから手を入れないといけない部分も多くある。
デート予定が、泥と汗に塗れる作業ばかりが待っており、食事だけでは、食べている時だけしか気分の改善はされない。
食事が終わると壁を作りに行く。午前中、窯を作っている間にパトスとトミオたち合作で図面は用意されていた。
作るのは全体を取り囲む壁に、家と庭や窯を取り囲む壁。兵と雇った奴隷は家側には入れない。
壁を作っている間に新しい設計図ができており、風呂場を作る。水車で水を汲み上げ濾過装置に入れ、浄化、加熱されたものが風呂場に届く。
今のところ浄化は魔法陣で、加熱は魔導具だ。排水は浄水されたものが水路に戻される。
兵と奴隷の簡易住居を小屋にして、トミオたちにいる時になって、なかったら困ると言われ排水ポンプを作った。排水ポンプが作れれば、井戸のポンプも作れる。
彼らの知識には感謝しているが、エイコは素直に感謝できない。その程度は拗らせていた。
イライラ、ムカムカ、何度清潔魔術を使っても泥だらけ。
ハ ラ タ ツー!
叫んで暴れたいくらいにはストレスゲージは溜まっている。
そんな状態の時に火種、困ったお隣さんが訪ねてきた。雇い入れた冒険者と奴隷を引き連れての登場にエイコは門の内側に入れるのを拒否する。
「風呂入ってから出直せ。不潔な者は客ではない」
冷ややかに笑いながら告げるが、残念ながらエイコの顔は迫力がない。何かやらかすかもと、警戒したのは直感スキル持ちだけだった。
ただこの二人、自身に被害は大きくないとも直感もしており、どういう相手か未だに把握しきれないエイコを知ることを優先する。
「うるさいっ、さっさと中に入れよ」
十数人の男が、強引に中に入ろうとして六名落とし穴に落ちた。
「そこは風呂じゃないの。水を汚さないで欲しいわ」
門から訪ねてきた人を、エイコが相手にする必要はなかった。アルベルトもリクシンもその程度のことができる部下を何人も連れてきている。
エイコが対応したのは木製だった門周辺を手直ししていたためだ。水路にかけていた仮の橋はまだ丈夫な物に変更前で、どうせ撤去するからと話している間に錬金術でもろくしてみた。
水路にかけた橋裏側に錬金術の魔法陣を出したので、気づかなかったらしい。見事にはまってくれた。
何が起きたかわからなくて表情を無くしていたが、嘲笑うエイコをみて怒りの表情を取り戻し、顔を赤く染める。
水路の幅はさほど広くない。あるとわかっていれば大人なら戦闘職でなくても飛び越えられる。水量は膝の上まであるが、流れる速度は緩やかだった。
エイコは、水路からはい出てこようとする人を水魔術で押し戻す。殺傷能力はないが、バレーボールくらいの水の球をぶつけていく。
水路を飛び越えようとする人にもぶつけ、こういうゲームってあったなと思う。
水魔術はケガさせるほどの威力にはしていないが、後ろに倒されるか、吹っ飛ばされる程度の水圧はある。飛ばされた先でぶつかればケガはするし、打ちどころが悪ければ最悪の事態もあるだろう。
今とのところ、数発くらったくらいで動けなくなっている人はいない。不幸な事故は起きていないようだ。
何度も繰り返し、あちらが諦め気味に動きが鈍くなったところで水手で拘束する。
拘束した後は水路からだしてあげ、エイコは優しいわたしと評価した。
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