第51話

 時間経過で混み合う食堂は、隙間を埋めるように相席もさせられる。トミオの隣にも知らない人が座り、その連れらしき人がその向かいに座った。

 どうやら相席なったのは二人組だ。


「君ら新人さん?」

「そろそろ新人を抜けたいくらいだ」


 会話に参加するつもりのないエイコはうっすら気配を消して、食事に集中する。

 どうも相席した人は話好きらしい。あと、新人に構うのも好きそうだ。


 余計な人がいると語れない事は多い。異世界人奴隷の値段は、簡単に道を踏み外させるほど高額だ。

 この場で素性を知られるような会話はできない。


 これが悪人や酔っ払いなら追い払いやすいが、ただの話好きだと追い払いにくい。


「冬を越える蓄えがないなら、秋のうちに南下しろよ。食料はダンジョンに行けばどうにかなるが、宿代がなくなったら凍死するからな」

「ダンジョンはそういうダンジョンでなければ雪降らないから、最悪、ダンジョンで寝泊まりしろ。星一つのとこなら交代で新人でも寝れる」

「あとな、宿屋も部屋を暖かくしておかないといけないから、宿代が上がるんだ」

「借金奴隷になるくらいなら期間奴隷になっておけよ」


 ラダバナ在住者にとっては当たり前の話しかしていないが、余所者にとっては知ってておきたい情報も混ざる。

 余裕があるなら防水マントの一枚くらい持っていろととか、マントが買えないなら雨具にみのくらいは持っておけと語り出す。


「雨に濡れると、いつも通りに動けないからな。魔物も見つけにくいから、余裕があるなら休んだ方がいい」

「ダンジョンから出て降られたら、晴れるまでダンジョンにいた方がいいこともあるからな。食料品は余分に持っとけよ」

「あと、雨だと町の閉門が早い事があるから注意しておけ」


 享年年齢は年上の二人が、先輩さすがですと軽くおだてるから、ペラペラとよく喋り、ほろ酔いで二人の冒険者は帰っていった。


「会社の接待に比べれば楽だ」

「料理も一品奢ってくれましたしね」


 先輩と持ち上げていた二人は、仕方なさそうに笑いあい、一人拗ねているチャラ男を慰める。


「オレらの身体はガキだからな」

「冒険者としても新人です」

「この町の常識もわかりませんよね」


 わかってないから悪目立ちするし、慣習なんて理解できない。いつまで、わからないで許してもらえるだろうか。


「それは生産職ゆえの悩みだな。オレらは三人で活動している。接触するのはその場限りの相手ばかりだ。ちょっと変わった行動をしてもそういう地域の出身者としか見られない」

「冒険者は余所者だから、そういうものと思ってくれるよ」

「三人一緒にやらかせば、これだから田舎もんはってやめてほしい行動だけは説明してくれる」


 歌や踊りなんかで能力が上がるスキルを持っている人は、側からみれば奇行としか思えない行動をダンジョンで取る事もあり、冒険者同士だと変な事に寛容な部分もあるそうだ。


「だからこその神々の導きだろう。ラダバナで冒険者やれって、な」


 なんのツテもなくラダバナにやってきた人が登録するのは、冒険者ギルドか商業ギルド。この二つは犯罪者や奴隷でなければ、お金を払えば登録できる。


 そのかわり、ランクを上げない限りダンジョンで入手してきた物を売ることしかできない。

 最低でもランクを一つ上げてギルドの信用を得ないと、冒険者ギルドは街中の雑用さえ斡旋しないし、商業ギルドも露店の許可すら出さない。


 クリフはどっちらにも登録していて、どっちもDランク。ギリ護衛依頼も受けられるし、店舗を用意すれば許可が出るランクらしい。

 エイコもそろそろ商業ギルドに登録した方がいいのかもしれないが、登録料は商業ギルドの方が高い。

 だだ、エイコの場合、登録出来そうな専門ギルドが複数あり、その内のどれかに登録すれば商売も始められるらしい。


 保証人のおかげで、どのギルドも登録はさせてもらえる。ただ、仕事を斡旋してもらえるかは別で、仕事を受けないと専用素材は売ってもらえない可能性が高い。

 ラダバナのような大きな町なら大概のギルドが拠点をもっているが、小さな町だとギルドがない事も多く、商業ギルドで代理対応になる。

 それなら最初から商業ギルドに登録しておいた方がいいらしい。


 ギルドの掛け持ちに制限をかける規約があるところは少ないが、あまり多く登録すると、活動実績が足りなくて除名になりやすいとも聞いていた。


「トミオさん、故郷でも信心深かかった?」

「いや、初詣もクリスマスもイベントだな。ここは神様の痕跡も多いが、ステータスが神様の存在を否定させない」

「そういえば、加護が一つあると神様に愛されていると羨ましがられるそうですよ。職能スキルは三つ有れば多い方だそうです」


 三人が三人とも驚いた顔をする。


「どこ情報?」

「人の鑑定に特化している奴隷商の方です。あと、出会った日に故郷ばれした方が何人かいまして、スキルでもバレますが、知識があればこちらの反応でもバレるそうです」

「その情報は欲しいな。明日時間作ってくれよ」

「明後日ならいいけど、明日はダメ」


 絶対にダメだ。


「情報不足で危険に陥りたくはない。早朝か夜でもいいから、周りを気にしないで話したい」


 それは、そうだろう。


「なら、早朝に冒険者ギルドで部屋借りましょう。その時に、奴隷になっている同級生も連れて行きます」


 どうせ、クリフの屋台が終わるまでは待つのだ。早朝に話するだけなら、それまでに終わるだろう。


 その日は、アパートに送ってもらって別れた。




 少し考えればわかる事だが、早朝の混雑時に低ランクの冒険者が部屋を借りたいと言っても対応してくれない。待てと言われて五人で朝食を食べに行く。

 エイコが食べたいのはクリフの屋台一択で、奴隷は店に入れないとなれば、他の三人も反対はしなかった。


 屋台に向かうと短い列になっており、すぐに列がなくなると最後尾に並んでいた四人組の女冒険者がキャーキャー言っている。


「合法的に街中で火柱あげていい方法考えましょう」

「落ち着いて。そんな方法があるならわたし、奴隷落ちしてないから」

「エイコちゃん、突然どうした?」


 余裕のないエイコのかわりに、カレンがひそひそ告げる。


「トミオさん。そっとしておいて、店主がエイコの彼氏」

「あっ、あぁ」

「仕事とはいえ、面白くはないか」


 心配するより、にやにや楽しむことにしたらしい。


「ちなみに、エイコの今日の予定はデート」

「それは、そっち優先されるな」


 拗ねて動かなくなったエイコをカレンが後ろから押し、五人で屋台に向かう。


「いらっしゃい」


 野菜と肉を炒めた物を楕円形のパンに乗せて半分に折る。


「はい、どうぞ。君らもいる?」


 エイコは二つ渡されたので一つをカレンに渡す。


「ああ、頼む」

「一人一つでいい?」


 ジュウジュウ焼いている鉄板の上からパンの上に移し、パンで挟む。

 トミオが三人分、一五〇〇エル払い、受け取ったクリフはお金をしまうと手に清潔の魔術をかける。


「あつっ、うまっ」

「これ、ソース醬油ベースだ」

「醬油もあるのかよ」


 食事は美味しそうに、でもどこか不本意そうなエイコと、しかたないと見守りつつ食事は楽しむカレン。

 満足そうにバクバク食べる男三人に、食べ終わったのに立ち去らない女が四人。


「そっちの子たちお金払ってない」

「あぁ、いいんだ。その分他の物もらっているからね。今日のソースは彼女がいないと作れないんだ」

「えーそれって生産職冒険者?」

「寄生冒険者じゃない」


 エイコのもともとよくもない機嫌は急降下。不快感は急上昇した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る