お家購入します

第47話

 リクシンに連れられて向かった先は、ラダバナの外壁の外だった。

 壁の中か外かで、購入費用の桁が一つ二つ異なってくる。壁の内側が高いのは限られた土地を取り合うからであり、壁の外側が安いのは魔物が出るからだ。


 高いには高いなりの理由があり、安いには安いだけの理由が存在している。

 土地が安い分、魔物避けや柵や壁にお金をかけなくてはいけない。ここでケチると死亡リスクが上がる。


 毎日出入りの激しい関所とは反対側にあり、ラダバナの裏門から出た先は農地が広がっていた。今売りにでている物件は、農地と家がセットになっている。

 そんな売地のお隣さんが、農地だけなら買いたいが、家が付くと値が上がるから嫌だとごねているらしい。

 それなら農家でなくても魔物に怯えない冒険者に売ろうとしたら、それはそれで嫌だとごねている。


 冒険者が魔物を倒すときに畑を荒らすのではないかと警戒しており、売るなら農地を荒らされた時の補償をしろと主張しているそうだ。


「最初から揉めるの確定の家は嫌ですよ?」


 面倒くさすぎる。


「そのためにエイコの保証人のぉ、事務官がついてきているんだよぉ」


 リクシンとパトスと不動産屋の人が二名とその護衛はいるが、メイとカレンはこの場にいない。


「苦情の対応は全部保証人が対応するように持っていく。契約するときは特に貴族とは教えないから、エイコも黙っていろよ」

「はい」


 黙っていればいいらしい。聞いているフリして、置物のように座っているのは得意だ。

 リクシンと不動産屋さんがいい笑顔をしているので、未来のお隣さんはいろいろやらかしていそう。


「土地はどの程度欲しいですか?」

「それなりに広い方がいいです。大きい物作るなら外の方がいいし、ダンジョンでたまに種が出るから、誰か家庭菜園くらいな作るかもしれないし、今まで失敗した事はないけど、窯も一回で作れるとはかぎらないから」

「広いと壁作るの大変ですよ。大丈夫ですか?」


 とりあえず、魔物避け効果のある柵ならレシピがある。木材もリクシンに用意してもらって、収納アイテムに入っていた。


「壁は敷地に合わせて堀をつくり、堀にした分を壁にするのは錬金術でできるはず。ただ、魔物に効果的な堀の深さがわからないのと、壁をどんな形にしたらいいかで困ってます。案があるなら教えて下さい」


 パトスが相談に乗ってくれるらしい。


 大型獣車でゴトゴト揺られながら進み、未来のお隣さん家へ到着する。この辺りの家の中では圧倒的にでかい。

 立派な壁もあり、奴隷も多い。農業用の奴隷だけでなく、魔物用に冒険者の奴隷もいるようだ。


「豪農で、あってる?」

「あってるよぉ。賠償金で肥え太りしたヤツだけどなぁ」

「周辺農家が一家離散。家のみ買った冒険者が奴隷落ち。ウチまで後ろ暗い商売しているのではないかと疑われ、本当に迷惑です」


 いろいろありすぎて、このあたりの土地が売りに出ても未来のお隣さんしか買い手がいないらしい。土地を広げてお隣さんになると、元々いた農家が何をされるかと怯えるそうだ。


「普通はさぁ、不動産屋くらいは抱き込むだよぉ。それから軍高官やぁ、執政官周辺もなぁ」

「ワイロなしでここまで大きくなったのはある意味才能でしょう」


 不動産屋さんもパトスも目が笑っていない。エイコはどういう原理かわからないが、囮にされた事には気づいた。

 女、成人直後、生産職。舐められる要素は多い。


 門で一度身元確認されたあと、獣車は玄関の前まで進む。不動産屋が降りた後、エイコ、リクシンと続く。

 応接室に案内され、少しばかり待たされた。

 この家主とリクシンは互いに顔がわかる程度には知人で、なぜいるのか問われヘラリと笑って答える。


「サイフだよぉ」

「金貸しのあんたが直接出てくるほどのご面相には見えんがね」


 貶されたことだけはしっかりと理解したが、エイコは作り笑いを保つ。鑑定結果、お茶やお茶菓子に問題はないが、手をつける気分ではなくなった。


「保証人付きだからねぇ、一応だよぉ。保証人代理はこっちだから話はこいつとしてくれ」


 農地二分の一から交渉を始め、最終的に三分の一から四分の一あたりを落とし所にするらしい。でも、対面しているだけでムカつくジジイだ。

 完全にエイコがどこぞの愛人か娼婦で、奴隷落ちする前提で話している。


「サイフさぁん」


 お隣を目力入れて見る。たぶん、きっとエイコの要望は直感スキルが仕事して伝えてくれるはず。リクシンが小さく頷いたのを見てから、エイコは口を開いた。


「農地含めて全部買ったら、この話し合い終わる? 生産性のない話は時間のムダ」


 話し合いの時間で売れる物作ったら、こいつのせいで最安値まで落ちている農地くらい買える。視線が気持ち悪いから、対面しているのが苦痛だ。不快でならない。


「当方としては問題ありません」


 不動産屋がにこにこと同意してくれる。


「サイフさぁん。いいかしら?」

「いいよぉ」


 楽しそうにカラカラと笑う。パトスはため息一つついて許可を出した。


「じゃ、帰りましょう」


 席を立とうとしたらジジイが騒ぎ出した。顔を真っ赤にしているが知らない。

 ただ、他の人が立とうとしないので、まだ座って待たなくてはいけないようだ。


 ラダバナの外壁の外に家を建てていいのは農家だけ。関所のある方で住み着いている人たちは不法占拠者になる。


「農村から出てきた期間奴隷がいれば問題ないのね?」


 この地の気候風土がわからない者にはできないとわめいているが、この際、収益化はどうでもいい。農業をやっている実績が有ればよかった。


「農家ばかりなので勘違いしているようですが、なんらかの物を生産してくれれば農家である必要はありません」


 にっこりとパトスが法律について説明する。生産職がその職能を活かして活動していれば、だいたい大丈夫らしかった。

 陶器の生産が目的なので、上手くいかなくても土地を所有する条件には足りている。


 なんか農地の境界域と水路の利用と魔物が出た時の対応を、まだ話し合わないといけないらしい。これで上手いことやって一人肥え太りしたのが、このジジイらしかった。


「それ、現地を見ながら決めていきましょうか」


 境界域がしっかりしてないと、不動産屋も手続きするのに困るらしい。言い逃れというか言い逃げといいうか、現地の状態と異なることを平気で契約に盛り込み、相手の有責にしてくるそうだ。

 ジジイは立ち会いを拒否する。


「では、こちらで法律に基づいて手続きしておきます。そちらが立ち会に拒否した事はしっかりと明記しておきますので、ご安心下さい」

「じゃぁ、さっそく境界域に柵でもぉ、作るかぁ」


 やれるな、とリクシンに視線を向けてこられたので頷いておく。 


 立ち会いを拒否され、改訂しないままだと前の持ち主と同じ条件にされるらしい。たが、手続きさえしてしまえば、そんな物に従う必要はなかった。

 ただ一方的な変更となるので、何かある度に調停が発生するため、互いにとっても面倒な上に、調停費用がかかる。

 そして、今回の場合、調停に呼ばれるのはエイコではなく保証人。調停者が忖度するのはほぼ確実で、調停費用は有責になった側が払うことになる。

 貴族とことを構えた豪農として、風評被害も出るかもしれない。


 ジジイはそんなことは知らないが、立ち会わなくても改訂するとわかり苦々しくついてくることにしたようだ。ついてきたからといって、同意のサインはしない。

 勝手に柵を作られて、柵の内側はこちらの所有地だとやられないためにも、誰か来させる必要はあったらしい。


 さんざん煮湯を飲まさられた不動産屋さんたちは、本気で誰も監視にこなかったら、あえて測量を間違えてやらかすつもりだったそうだ。

 エイコの保証人なら、犯罪ではなく書類ミスで済む。間違いでも柵を勝手に撤去すれば器物破損で訴えれる上に、魔物が入り込めばその分賠償も求められる。


 この色ボケジジイ、相当嫌われているようだ。

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