第43話

 鑑定結果を語り合うリクシンとパトス。直感がよくないと告げるアルベルトと、特に反応のないリクシン。

 同じ名前のスキルなのに、結果が同じにならない。

 何が違うのだろうかとエイコが考えている間に、アルベルトは部下に指示を出して行く。呼びはしたが、エイコから多くの情報が得られるとは思ってなかったのだろう。


 よくわからない話し合いを、エイコはぼんやりとながめていた。

 足元の影に入れていたアオイを出すと、小さな羽を激しく動かし飛んでくる。肩に止まったアオイを指の背て撫でれば、指を甘噛みしてきた。

 噛みながら魔力を食べている。


 いつもなら夜ご飯も食べ終わり、寝る準備をしている頃だ。


「お腹すいた」


 しょんぼりつぶやけば、何人かにため息をつかれる。

 ため息をついても、食べ物は出してくれるらしい。パンと焼き菓子と水筒から出したお茶を用意してくれる。

 収納アイテム、高価だと聞いていたのに提供してくれた人はみんな所持していた。お貴族さまと商人なら持っているのが当然なのかもしれない。

 中堅以上の冒険者さえ持っている物だ。あまり売りに出ないだけで、入手困難というほどではないのだろう。


 鑑定して問題がなかったから、いただく。おかずがないから腕輪にしまっている保存容器を出した。

 とりあえず、スープだけでいいとしよう。

 ゆっくり食べて、食べ終わったら使った物に洗浄をかける。自分の口の中にもかけて、片付けが終わると机にぺったりとはりつく。


 時間も時間だし、食べたら眠い。話が終わるまで微睡んでいる。


「男ばっかりのところで警戒心なくすな」

「えー、あの顔で女に困ってるとは思えないし、興味ないでしょ」


 パトス、神経質な人なのだろうか。

 パトスの上司はそういう意味で手をだしてくるとは思えない。この場で1番地位が高い人がそんな感じなので、他も動かないだろう。

 職をかけてまで手を出してくるバカがでるほど、エイコの自己評価は高くない。


「問題がないからとぉ、何をやってもいいことにはならないぞぉ」


 そんな事をいいながら、寝るなら寝てしまえと思っていそう。そっと肩からブランケットをかけてくれた。

 だいたいエイコが言えるのはアイツはヤバイだけで、それはすでに発言した後でもある。起きていたところでやれる事は何にもなかった。


 望むのは彼らの行動の結果、こちらの世界でマナミ カナデと呼ばれる存在がどこにいるかという情報だけだ。

 会話に参加すると邪魔にしかならないことくらい、理解していた。




 目覚めると知らない場所だった。

 店から出る頃には起きる予定だったが、完全に寝落ちしていたらしい。

 天蓋付きのベッドに広々とした部屋。身体を起こせば、着替えをさせられているし、髪や顔も清潔をかけられた後のようだ。

 収納の腕輪はつけたままになっているので、とりあえず着替えてしまう。着ていてた寝巻きとベッドに清潔をかけて、できる範囲で寝具の乱れを整え、服をたたむ。


 部屋を少しばかりうろつき、窓が開くか試して、開けた。閉じ込められているのではないと理解する。寝落ちしたから泊めてくれたのだろう。

 たぶん、善意。


 問題はここが誰の家で、どこかということだ。大邸宅ぽいから、たぶんリクシンの家。わずかにアルベルトの可能性もあるが、違うと信じたい。

 ベッドサイドの呼び鈴を見つめ、結果を出すのを逡巡する。けれど、うだうだ悩むのも好きじゃない。

 呼び鈴を手に取り鳴らした。


 現れたのは祖母世代の女性。腰が曲がるとか杖が必要といった老いの様子はなく、真っ直ぐな背筋をしている。


「おはようございます、エイコさま。お着替えがおすみのようですので、食堂へお越し下さい」

「あの、この家の主人はリクシンさんで合ってますか?」

「えぇ、間違いございません」


 よかった。貴族じゃない。

 足取り軽く、案内されるままに食堂に向かった。


 ちょっとしたイベント会場くらいありそうな食堂で、十人は余裕で同時に食事できる机の隅の方に座る。

 席次はよくわからないが、花瓶にドンと花が盛られている場所のそばでなくてよかったと思う。


 スープにパンに何かの肉にサラダと果物。飲み物はジュースだった。

 さすが金持ちの朝食、何食べても美味しい。エイコはにこにこと食事を堪能する。

 気持ちよく食事が終わったところで、老メイドからお話があると厳かに告げられた。


「若いお嬢さんが外で眠るとは何事ですか」


 ものすごい勢いで説教が始まった。


「お、お酒は飲んでないです」


 呑んで寝たわけではないと、主張するが危機感のなさを叱られる。女性の自衛は大事。泣くはめになるのは女性だと繰り返された。


「リクシンさんなら大丈夫だと信用した結果です」

「あれも男です。まだ不能になる年でもありません。間違いが起きてからでは遅いのです」


 リクシンの愛人ってもしかしていい生活かも。一瞬そんな思いがよぎったが、エイコはごめんさないと次から気をつけますという言葉を繰り返して許してもらう。


 説教が食後になったのはリクシンの入れ知恵。食事前だと朝食に意識が向かい話を聞かないと判断されたそうだ。

 そのリクシンはもうお仕事に出掛けているらしい。本日は忙しいというか、エイコの相手をしなくても問題なしという判断で出かけたそうだ。

 昨夜は予定を空けてでも付き合うべきという判断らしかったので、今日は特筆する事はない日になるだろう。


 昼前にオークション主催者の店にお金を受け取りに行き、お昼ご飯のお弁当付きで家まで送ってくれるそうだ。それまでおくつろぎ下さいといわれても、する事がない。

 さすがに人様の家で、金属や鉱物を出して魔導具作りするのはよくないとは思う。集中してしまうと、出かける時間になってもやめられなくなってしまう可能性もある。


「本でも読まれますか?」

「読みたいです」


 この世界の本はまだガチャで出たものしか知らない。あれは読むというより情報が流れ込んできているだけで、読む楽しさはまったくなかった。


 庭に面した風の抜ける部屋に、数冊の本を持って来てくれる。

 奴隷の使い方。従魔調教入門編。付与魔術とは。魔導具の歴史。鉱物図鑑。


 この世界の文字が、問題なく読める。異世界言語はがんばってくれているようだ。

 本を選んだのはリクシンだろうかと予想を立てつつ、奴隷の使い方は遠くにどける。

 鉱物図鑑は今読むより欲しい。隙間時間に読むには適してなさそうだからこれも遠ざけ、残りの三冊の表紙を見る。

 アオイは大人しいし、離れていてもらいたいときは影の中に入ってくれることもわかったから、従魔の扱いは今のところ困っていない。魔導具はレシピ頼みだし、読んですぐ使えるかもしれない付与魔術についての本を手にする。


 どうせなら、お勉強系の本より、かるい物語が良かった。そういえば、この世界で本屋には行ったことがない。

 その内行ってみてもいいかも、覚えていられたらだけど。


 魔力の流れと魔力の属性の組み合わせがどうのこうの書いている。付与する物に属性があると属性記号の省略ができたり、あえて付与する事で属性の効果を強化する事もできるそうだ。

 エイコは今まで魔力でそのまま付与していたが、木や金属なら付与する形に削ってそこに魔力を流すらしい。布なら糸で先に刺繍し、その糸に魔力を流して付与するらしかった。


 彫刻刀で魔法陣や文字の形に削るのは、難易度が高すぎる。魔法陣スキルがあるから、そういう手間が省けているみたいだった。

 通常の付与魔術とは違う使い方をしているようなので、付与するときは人目につかないように気をつけよう。


 エイコは、すでにアルベルトとパトスに見られていた事を忘れていた。


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