第42話

  落札価格が決まるとエイコは息をつく。買ったのは商人らしい。おそらく転売するそうだ。


「ニ〇〇万の人形が不気味にしか見えない」


 お金もらっても部屋に飾りたくない系統だ。そんな人形より安値で落札されかかった絨毯。値を上げてくれた両隣の商人にエイコは感謝する。


「来歴はぁ、呪われていると言われているがぁ、鑑定結果としてはぁ、呪われてないぞぉ」

「最初の持ち主が亡国の姫なんですよ。その後も戦火に巻き込まれて、煤けているのはそのためです」

「縁起の悪い人形?」


 そんなものに二〇〇万エル。理解のできない世界だ。


「あと夜の部で出るのは獣車かぁ?」

「うん。付与練習した武器は昼間出たみたい」


 半分以上は冒険者ギルドに流したが、見た目のいいのを選んでこちらで出品している。三〇本くらい出したので、合計金額はそれなりのものになっているはずだ。


「よく四台も作ったなぁ」

「ちょっとでも物流が良くなってくれないかと思って」


 冷凍車と冷蔵車を二台づつ出品している。


「どうやら買うのは貴族になりそうだぞ」

「ダンジョン産のミルクと魚の流通よくしてほしかったのに」

「また作れるなら、相談にのりますよ」


 ダジアが優しく笑いかけてくれる。


「材料があれば作れる」

「そっちはぁ、どにかしてやるよぉ」


 貴族同士で張り合ってもらった方が値は上がると慰めてもらい、本日の目玉商品の登場を待った。


 一人目の異世界人は見覚えのない顔をしている。鑑定しても、覚えのある名前ではなかった。


「何やらかしやがったらぁ、あんなあつかいの犯罪奴隷になるんだぁ?」


 普通、偽装書類で犯罪奴隷にはならないらしい。犯罪奴隷にするための正式書類は権力者を抱き込まなくてはいけないので、身入りも多いが出費も多くなるそうだ。


「奴隷になったあと、理解できずに暴れたぁ?」


 司会者の説明によると、到着そうそう器物破損で借金奴隷。その後さらに暴れて犯罪奴隷にまで落ちたそうだ。

 奴隷の首輪だけでは制御しきれなかったそうで、首輪に隠れる程度でよかった入れ墨が胸や背中にも描かれている。


「あれはダメだぁ」

「よくない連中に目をつけられましたね」


 意識を保ったまま身体の所有権というか、操作権がご主人様になる刺青らしい。ものすごく扱いにくい犯罪者にしか入れられないそうで、危険作業に使われることが多いそうだ。

 オークションに出てくる高額奴隷を、ただの作業で使い潰す人はいない。目の色を変え、舌なめずりしして落札金額を叫ぶ人たち。彼らは加虐趣味をもっているそうだ。


「貴族としては優秀な方なんだがなぁ」

「領民に手を出せば悪名も聞こえてきますが」


 一〇〇〇万エルから始まり、すで二ニ〇〇〇万エルを超えた。


「身体強化系のスキルがあるからぁ、長期間待ちはするがぁ、おもちゃ欲しさにどこまで値を上げるつもりかねぇ」


 三〇〇〇万を超えたあたりで上がり止まり、落札となった。

 次の異世界人がステージ上に連れてこられる。鑑定する前に隠者スキルを発動させたのは無意識だった。


 鑑定する前から、どこかで理解していたのだろう。まかり間違ってもステージ上からこちらの姿を見られたくない。そんな気持ちが強く働いた結果とも言える。

 見目の良い女の登場に会場がわく。終わってみれば、本日の最高額となる高値がつく奴隷だ。


 ステージから姿を消すとスキルを切り、エイコは大きく息を吐き出しす。ステージ上から何かできるわけでもないのに、緊張していたようだった。


「今の、落札した人わかりますか?」

「あぁ、それはわかるがぁ」

「アレとは関わりたくないので、遭遇する可能性のある地域には近寄りたくない!」


 声量は上げないまま、強い意思表示をすれば、呆れたように問われる。


「どんな相手だよぉ」

「周囲に破滅する人を大量発生させても、借金奴隷から解放されそうな人」

「知り合いには関わらないように連絡をしておきましょう」


 リクシンは頭に手をあて、考え込む。


「エイコ。その情報副騎士団長に伝えておこうか」


 いつもと違う口調てリクシンが言うから、エイコはうなずいた。三人目の異世界人のオークションがはじまり、こちらも知らない人だとエイコは息をつく。


 よりにもよって、元の世界の知人が会いたくない相手。奴隷となったくらいじゃ、安全な相手とはとても思えなかった。


 会場からぞろぞろと人が出て行く。買った物はないので、商品受け取り手続きは必要なかった。

 出品者がお金を受け取れるのは明日以降なので、そのまま出ればいい。だが、伝言が届く。

 

 帰路に着く予定を変更し、リクシンに同席を頼む。ダジアとはカレンと一緒に遊びに来てくれたら嬉しいと言われ、別れた。


 リクシンと一緒に向かった先は、本来なら今の時間は閉まっているはずの食事処。店の前で待っていた人に案内され、中に入るとアルベルトがいた。


「異世界人の女奴隷、知り合いか?」


 なんの前置きもなく、問われた。


「元の世界でもっとも会いたくない同級生」

「理由は?」

「恋人のいる男を奪うのが趣味で、いじめっ子。調和より争いをこのみ、スキルに魅了、誘惑、洗脳がありました。完全にヤバイ人ですよね?」


 この世界基準でも、きっとよくない。


「美貌、歌唱もあったなぁ。職業が歌手だからぁ、対面して歌われるとぉ、集団洗脳される危険があるなぁ」

「普通の奴隷の首輪しかつけてませんでしたよね?」


 イライラとアルベルトが指先で机を叩く。


「エイコ、他に気になることはないか?」

「アイツ、一人で出歩く方じゃないから、取り巻きがいないのが気になってる。こっちの世界に来てないならいいけど、来てるなら何やっているかな?」


 多分、会場にいれば奴隷という扱いを不満に思い騒いでいたはずだ。そう考えると、ステージで本人が大人しくしていたのも不気味に思える。


「権力者に近づくだめにわざと買われた?」


 その思いつきは、悪くない気がした。ナルシストだし、スキル的にも日々の糧をせせこましく稼ぐより、男に面倒見てもらうのが当然と思っていそう。

 関わるとろくなことがないのは、去年同じクラスだったから嫌になるほどわかっている。


 先生と取り巻きを上手いこと誘導して、いじめっ子がいじめられっ子に謝罪させる事態を発生させた人。謝罪を強要された方は不登校から退学しているのに、やらかした方は学校でいつも笑っている。

 エイコはあんたモテてないから、ウザい勘違いしないで。ブスと言われたことがある。

 出会い頭にいきなりいわれて、意味がわからなかった。怒りより、あきれの方が強くて言葉がでなかった記憶がある。


 それ以来、会話は成立しない相手だと思っているし、クラスが別れたのは何よりも嬉しかった。あと、美人ならなんでも許せると言う男にも近寄らないでいようと決めた一件でもある。


 エイコとしては極力近寄りたくないが、メイの遊び友達の一人だ。こちらの世界での関わり方次第では、メイも含めて付き合い方を考えなくてはいけない。

 カレンはどちらを選ぶだろう。さすがに元の世界のことを知る相手が誰もいないのは寂しい。けれど、アイツと寂しさなら寂しい方がマシだ。


 その場合、月に一回か二回くらい、トミオにお茶してくれと頼んだら応じてくれるだろうか。

 ダンジョンは日帰りできる範囲にすればいいし、時間が合えばクリフと行ってもいい。


 今の生活状態を変えることになっても、アイツとは関わりたくなかった。

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