第40話 奴隷商会従業員 トラム 

 親に売られそうになった時、買うより雇いたいと声をかけてもらった。

 期間奴隷の予定が期間従業員になり、猫の額のような畑さえ継ぐことのできないトラムはそのまま従業員となる。

 跡取り以外の兄弟たちが皆期間奴隷となる中、一人まぬがれたのは職業が奴隷商だったからだ。


「奴隷商も商人の一種だからねぇ、商業スキルもあるよぉ」


 本業が別にありながら、ここの店主が奴隷を商うのはスキルのため。ついでのように金貸しもやっており、ここの職場で悲劇が幕を上げるのは日常茶飯事だ。


 病気の幼い子どもが、年老いた両親が、親友に騙されて、結婚する予定が、どれもが聞き飽きた奴隷の始まりでしかない。

 そういう意味では、住宅街で火柱を上げて奴隷落ちは珍しさがある。店主も気にかけており、その奴隷がいる間はいつもより店にいる事が多かった。


 元々片手間でやったいた商売で、店主は奴隷売買も金貸しも積極的ではない。買ってくれ、貸してくれと頼まれるから仕方なく成す。

 契約が成れば仕事だ。そこから先に甘さはない。淡々と成すべきことをなすだけ。その結果、見せられるのが悲劇だ。


「リクシンさん、いる?」


 退屈そうだった店主がニヤリと笑う。


「返品は受けないよぉ」

「なら穴窯作れるところ紹介して」


 ご主人様の発言を奴隷が説明する。ご主人様が穴窯レシピを出したから、作ってもらいたい。しかし、アパートでは作る場所がないので、作れる場所を紹介してほしいと駆け込んできたようだ。


「ここ、金に困った人が駆け込んでくる所だけどねぇ、なんでも屋じゃないよぉ」

「だって、カレンあきらめて」

「待って。もっとねばろう」


 穴窯が欲しいのは奴隷の方で、ご主人様の方は作るのが面倒だから欲しくないらしい。欲しくもないのに、奴隷のためにやって来たのだから店主は笑っているのか。

 奴隷商会の客にはならないが、店主が楽しそうなのでお茶とお茶菓子を用意する。


「土地は探せるがぁ、カネはあるかい?」

「わたしもオークションに出品できる? 冒険者ギルド経由だとなんかやたらと時間がかかって、この町のオークションは毎日やっているんでしょ」


 現時点でカネもコネもない。けれど、店主が楽しそうにしているってことは何かは持っている人だ。

 商人としての店主は善人でもいい人でもない。冷徹な仕事人だ。


「オークションに何を出すんだぁ?」


 自らの価値を知らない。自らが作った物の価値も知らない。そんな無知な相手、どうとでもできるのに、偽悪的に笑うばかりで店主はいい人をやっている。

 しばらく話してから彼女たちは帰った。


「トラムくん。お使いに行ってくれるかい?」

「かしこまりました」


 渡された手紙を持って、騎士団の屯所へ向かう。手紙を届け、しばらく待たされた。

 やっと渡された返事の手紙には、お貴族様の蝋印があった。


 持ち帰り渡すと、店主はつまらなそうな顔をする。


「教えてやらなくてもよかったか」


 そんな事をつぶやいてから封を開けた。


「害虫駆除はあちらでやってくれるそうだ」


 今日、店主は奴隷商会の方へくる予定ではなかった。なのにこちらへきたのは直感スキルのせいだろう。

 そしてお手紙をやりとりした相手も直感スキル持ちらしい。


 まるで占い師か巫女のように未来を予見した行動をしているが、直感は扱いやすいスキルではない。

 ほとんどの直感スキル持ちは今日はいい事があるとか、今日は悪い事が起きそうだと、漠然とわかるくらいだ。

 良いことといっても一〇〇エル硬貨を拾うことかもしれないし、大きな商談を成功させることかもしれない。

 悪い事も水溜りに足を突っ込む程度で済むかもしれないし、夜盗に遭遇するかもしれない。


 使いこなせないと、漠然とした不安や高揚感に振り回されることになる。

 そんなスキルを使いこなせるのは才人か変人らしい。奇才で変人な店主は使いこなせる側だ。


「流れの奴隷商が来てます」

「はいよぉ」


 楽しくなさそうに商談へ向かう店主の後を、トラムは追いかけた。


 流しの奴隷商が連れていた奴隷は六人おり、そうのうちの一人は職業が奴隷商になっている。トラムよりはるかに多くの情報を得られる店主がそのことに気づいていないはずはない。

 しかし、店主は買おうとしなかった。


「六人で三〇万エルでどうですか?」

「端にいる女の子なら二万エルで買ってもいい」


 他はいらないと突っぱねて、セット売りは拒否する。結局、買っても良いと告げた子だけを三万エルで買い、帰らせる。


 よほどの新人でもなければ、流しの奴隷商でも各地に取引先があるものだ。どこかで下積みでもしていれば、新人でも取引先はある。

 なんの紹介もなく唐突にやってくる流しの奴隷商なんて、真っ先に犯罪を疑わなくてはならない存在だ。


「買ってよろしかったのですか?」

「書類は合法。まっとうな取引なら応じておく。居座られる方が迷惑だぁ」


 店主の口ぶりでは、まとめ売りしている中に違法なのが混じっているようだ。それは鑑定してもわからないが、このあたりの読みを店主ははずさない。


「トラム。奴隷落ちした奴隷商は買うなよ」


 かつて幼かったトラムが雇われて、青年がいらないと拒否された差はそこか。


「器用なヤツは奴隷の首輪も入れ墨も自力で外せるからなぁ。奴隷だからとかけられている制御があてにならん」


 試してみるかと言われ、首輪をはめて見たが、トラムには解除できなかった。店主はあっさり解除したので、ウソではないと知る。

 職業奴隷商が奴隷の首輪から抜け出せるなんて話、知っている者は少ない。そして知らない者は他の奴隷と同様の扱いで買っていく。




 しばらくして、彼ら五人を買った店に強盗が入ったと聞いた。夜間泊まりこみをしていた従業員を殺し、金品と商品の奴隷を盗んでいったとウワサになっている。


 今回の騒動、警戒心の高い店主はみんな回避していた。あと、直感か目利きのスキルのある店主も回避したらしい。

 直感だと嫌な感じがして、目利きだと良くない商品と感じるらしかった。どちらも持ち合わせていないトラムは警戒心を持ち、回避できるように情報を集めておかなくてはならない。


 学ぶことは多く、人に恨まれる仕事。資本も後ろ盾もない。落ちぶれていく奴隷商を見る度に、店主は無理だと思う。

 もうずっと雇われでいい。そう思えるくらい待遇は悪くないが、店主は次代に奴隷売買を引き継ぐつもりがなさそうだった。


 店主とトラムの年齢差は二十歳くらいある。トラムが悠々自適な老後を迎えられるほど店主ががんばってくれればいいが、そうでなければどうしようという不安は常にあった。

 何しろ店主は、本業の方でトラムを雇うつもりがない。かといって、犯罪のお誘いにはのりたくなかった。


「君はどうにかなるよぉ」

「直感ですか?」

「いやぁ、勘」

「勘はスキルじゃないですよね?」

「あぁ」


 予言者でも占い師でもないのはわかっているが、店主が言うならそうなのだろうと思ってしまう。


「トラムくんも商人としてのスキルはあるんだからさぁ、老後までに資産運用すればいい」


 本業の方では雇ってくれないが、年老いるまではいると思ってくれているようだ。すでに実家で暮らした時間よりここで暮らした時間の方がトラムは長い。

 実家よりも居心地もいいし、いつまでも付き合おうと思えば、店主が笑う。


 スキルに、何か反応したのかもしれない。それも悪くないと思いつつ、トラムは店主のマネをして笑う。


 店主の怪しさを習得するには、まだまだ修行が必要そうだった。

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