第39話 アパート護衛兵 ギード
何もなければ、日がな一日立っていれば仕事は終わる。冒険者引退後の仕事としては悪いものでもなかった。
何より、五体満足で引退できたことを喜ぶべきだろう。スキルの有用性から雇われている同僚の中には四肢のどこかを欠損している者もいる。
そういった者たちが失ったのは、自らの手足だけでないことが多い。夜勤中の仮眠で毎度のごとくうなされる彼らは、過去を悪夢として見ていた。
終わりのない悪夢に苛まれることのないギードは、上手く転職できた側ではある。それでも、冒険者ギルドの生産職優遇措置に思うところはあった。
登録初日に住む場所を提供し、貸付までしてくれる。戦闘職なんてCランクになっても冒険者ギルドで金なんて借りられない。
住む所の紹介はしてくれないこともないが、不動産屋に行ったほうが選択肢は多い程度の扱いだ。
その上、生産職は冒険者を辞める頃には職能スキルで新たな職に就くか、起業してしまえる。
身体の老いを上回るスキルがなければ、衰えゆくしかない戦闘職からすればずるいと思ってしまう。
そして、元冒険者の生産職は戦闘職に厳しい。冒険者時代に戦闘職の冒険者に弱いとバカにされたり、揶揄われたり、邪魔者扱いされている。そのせいで、引退後になんて雇ってくれなかった。
冒険者は荒くれ者と思っている町の住人なんて、もっと雇ってくれない。なので、冒険者ギルド関連で雇ってもらえたのは運がいい。
しかも、ここのアパートは女性専用。受付で、にっこり優しい冒険者が憧れるお姉さんも住んでいる。
あっちが仕事用で、アパートは仕事じゃないから、思いのほかキツイ性格を見せてくれる人もいた。それでも、ここは若い女性が多く、憧れを持って見つめている人も多い。
そんな哀れな元同業者を、侵入禁止です。お帰り下さい。と、追い払うのもここでの仕事の内だ。
商人の荷車が門の前に止まる。しっかりと許可書を持っており、中に入れた。荷車二台分の資材とは、一体いくらの値がつくのだろうか。
冒険者登録してまだ何日かしかたっていない者が、扱える額じゃない。
生産職と戦闘職では生き方が違うと、こんな時に思う。冒険者をしている時にはそれがわからなくて、わからないからこそCランク止まりだった。
上に行く連中は、誰もが生産職に嫌われるようなことはしていない。稼いだからお優しく施す偽善だと、現役時代は見ていた。
生産職なんてだいたいEランクで、上がってもDランク。冒険者としてはその程度なのに、高ランクの連中がすり寄る。
それが面白くなくて、目が曇っていたのだろう。
強さで生産職を判断するのが、そもそもの間違いだった。強さ以外の価値こそが生産職の真価だったのに、理解した今はもう十全に動かせる身体がない。
二十歳前後の若い冒険者は、理解しているのだろう。理解できるからこそ、すでにBランクになれている。
何の武器も持たず、何の防具もなく、薬一つ持たないでダンジョン攻略をする者はいない。そんなこと、わかりきっていたのに、邪険にした生産職が作っているなんて考えなかった。
気づいてしまえば、悔しくてならない。ほんの少し、冒険者ギルドで見かけた生産職に優しくしておけば、何かが違っていたかもしれない。
Aランクは無理でもBランクには成れたかもしれないと夢見てしまう。
今更だと思いはしても、フレイムブレイドの連中が上手くやっているのを見ると羨ましくなる。登録初日に目をつけて、送り迎えまでする熱の入れようだ。
成人したばかりの弱っちい女。現役時代に遭遇していれば、女として見ても同業者とはみなさない。
その程度の価値しかないはずの女にBランクパーティーがすり寄り、荷車で荷物が届き、奴隷まで手にしている。
冒険者ギルド職員も、出入りの際に外出記録確認するくらいには気にかけていた。
護衛仲間たちの間では、いつアパートを出て独立するか賭けまで始まっている。
注目を集めて、高額金が動いている事まではわかっていた。だが、まだガキにも見える女のどこにそこまでの価値があるのかわからない。
それがわかれば、今の生活から抜け出せる。日がな一日たっているだけの仕事。生活できるだけの給料はあるが、それだけだ。
冒険者の頃のような喜びや楽しみ、夢なんてものはここにはない。
その代わりに与えられた安全と安定。悪くない。悪くないが、良くもない。
年老いてなお、スキルを磨き続ける生産職を羨む。冒険者として弱者であった彼らは、冒険者としての活動は手段でしかなかった。冒険者である事が目的だった戦闘職とはそこが違う。
冒険者を辞めた先こそ、彼らにとって夢を追いかけられる場だった。
門の置物時間を終え、帰路に着く。風呂ナシ、トイレ共用、ベッドだけでいっぱいになる寝室と冬籠用の倉庫があるだけの単身者用の部屋。とてもじゃないが家族は増やせない。
仕事帰りの一杯の酒だけが楽しみの日々。
いつか、こんな日々も悪くないと思えるようになるのだろうか。
「よう兄さん、しけたツラで呑んでるね」
「そっちは景気よさそうだな」
「お大尽が集まって来てるからね。かき入れどきだよ」
オークション特需にあずかれる仕事のようだ。
「何なら一緒にどうだい? 夜にちょっと立っているだけで小遣いが稼げるぞ」
どこまで本気かあやしい軽い調子で語る。酒の席での話だ。話半分に聞いておく。
浮かれた男の奢りで酒を飲み、まだ呑み足りないと二軒目に誘われた。
誘われた先で呑まされて、店の奥に賭博が開かれている。酒の抜けた後なら、狙われはめられたのだと知れた。
だが、あの夜は気持ちよく飲み過ぎて、そんな判断はできないまま手を出してしまう。酒が抜け、正気に戻った時にはどうにもならなくなっていた。
求められるまま、勤務状態とアパートの住人情報を渡す。
貴族が目をかけた相手なんて知らない。だが、そんな相手に手を出して情報元を調べられたらどうなるか。
最悪の予想が、脳裏にチラつく。
数日、怯えて過ごしていたら借金取りが消えた。
「よう、護衛に選ばれるヤツの基準、知っているか?」
ニヤニヤと隻腕の男が声をかけてくる。欠損のある護衛はBランク以上だった冒険者。Cランク以下の者をなぜ雇うか知ってるかと、嗤う。
「お前は運がいい」
ケタケタ笑って生き餌とつぶやいた。
「わかりやすい穴があるとな、本人に手を出す前にちょっかい出すんだよ」
住人に手を出す相手を炙り出すための生き餌だと、楽しそうに笑いやがる。
「なぜ今になってそんな事を言う」
「だってお前、仕事に毎日来ただろ」
逃げる先があるなら、もう逃げている。転職先があるなら、もう辞めてると、歌うように告げて来た。
怒りはある。たが、ギードは反論の言葉を持たない。
ずっとその日暮らしの冒険者だった。ベテラン中堅とは言われたが、優秀や有能と言う言葉とは縁がない。
冒険者として大成することもなく、ただ生き残っただけ。未来にたいする備えも蓄えもない。
弱者と見下した生産職の冒険者。あいつらは冒険者は手段でしかなく、ずっと辞めた先の未来を見ていた。
そんなヤツらに武器を振り回すしか能のない者と、見下される。
悔しかった。
「住人に被害がなくてよかったな。実害があったら、お前、処分されてたぞ」
解雇や捕縛ではなく処分。自らの扱いの軽さに表情をなくす。
それを隻腕の男は、ケタケタと笑う。
同僚が無断欠勤し、数日後には新しい同僚ができた。狙われたのは、ギードだけではなかったらしい。
もし、ギードが逃げ出していたとしても、今のように何事もなく新しい人が雇われるのだろう。
自らの存在の軽さが辛かった。
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