第38話 ラダバナ駐在騎士団副団長付き事務官 パトス
黙っていると、よくできた彫像のようだ。生まれもいいが見た目もいいこの上司は、ただそこにいるだけでよくモテる。
しかし、本人は興味のない相手に言い寄られても、迷惑なだけだと面倒そうにしていた。
若く才能があり、家柄の後押しもあって出世したアルベルトがラダバナにふっ飛ばされたのも向けられた好意のせい。
アルベルトにご執心の王女様が政略結婚を嫌がったせいで、首都から追い出された。
この王女様が婚姻でもしてくれないと、アルベルトは首都には戻れない。
そんなモテすぎる上司のは元には媚薬を持って、既成事実を作りにくる女もいる。モテるのもいいことばかりてばないが、同性から向けられるのは共感より嫉妬だった。
そんな上司が、幼さが残る年頃とはいえ、成人した女を職場に連れこむ。それも相手の同意なしで、腕はつかんだまま離さない。
そういうのが趣味なのかと疑いもしたが、くっきりと嫌そうに刻まれた眉間のシワに違うと判断する。そうして二人を見ていると、躾のできていない猫と飼い主の様に見えてきた。
モテすぎる以外で異性に対して困っている上司は珍しい。魔術まで使って逃げようとしているのに、どうにも怖さのない子だ。なのに、上司はそんな子を警戒している。
鑑定すれば優秀なスキル持ち。そういう意味で警戒するならわかるが、上司は鑑定スキルを持っていない。
直感スキルが放置をよしとしなかったから、確保してきたようだ。何を警戒すべきか判断材料が足りないからこそ鑑定しろと命じられる。
それにしても、落ち人は何人いるのだろうか。奴隷落ちや犯罪指名手配された後からの復讐譚は、歴史に幾度となく登場している。
そんな相手を金になるからと、捕獲する連中の欲深さは脅威だ。
そして、そんな連中とは関係なく奴隷落ちしている落ち人に頭痛がする。
きっと上司も頭痛がしているだろう。
何かあれば情報が入ってくる様に保証人に上司がなっだが、どうにも心配な子だ。
直感スキル持ちの商人も手を出しているが、上司も手を打っている。
頼むから、歴史に残る様な復讐者にはなってくれるな。落ち人は常識が違うから、恨まれてしまうと何をしてくるかわからない。
未知の行動に後手に回りいいようにやられてしまう。
そういう意味では、この世界の常識の範囲にいる相手は怖くない。できる事なら早急に常識を覚えてほしかった。
彼女は常識が違うわりには怖くないが、貴族というものを理解できない相手だ。なにをやらかすか不安は残る。
上司が手配した男が、昼近くになってからのこのこと現れた。そして、男は開口一番にのたまう。
「僕、結婚していいです?」
それは仕事の報告に来た今、真っ先に言うとこかとパトスは怒りたいのを我慢する。上司のアルベルトが眉間にシワを作り、口を開いたためだ。
「相手は?」
「あなたの直感は誰だと?」
楽しむように問いに問いを返す。
「お前が本気なら許可する。ただし、結婚前にオレの存在を教えておけ。黙ったままだと離婚されるぞ」
「了解。真面目に口説きます」
ふざけた敬礼をして、ヘラヘラ笑う。情報収集が仕事のこの男は、普段冒険者として活動しいる。現地ダンジョンで上司の直感に反応した冒険者に接触させようとしたら、冒険者ギルドの紹介で共にダンジョンに行くことになっていた。
「涙目で告白されると断れないよね。可愛かったし、美味しいと喜んで料理を食べてくれるのもいい」
報告ではなく、惚気出した。
「お前、本気なのか?」
「むしろあっちが勢いだけぽいから、口説くんだよ」
熱烈な好意を向けられて、絆されたらしい。ダンジョン攻略も一緒にしたそうで、生産職ダンジョンなら星四つくらいまでは問題なし。それ以上は相性だと評価していた。
「で、今日は何をやっているんだ?」
「商人に会いに行ったんじゃないかな? 奴隷の子、アパート暮らしには職業が向いてないから」
あの奴隷商も直感持ちだ。落ち人の逆鱗に触れて暴れさせるようなことはないだろう。
「商人向きの話か?」
「どうだろう? 窯っを作ったら奴隷の子が街中で火柱立てなくなりそうだが、作れるのがご主人さまの方で、面倒だから嫌だってごねていて、かわいかった」
上司の眉間のシワが深くなった。
「炎魔術持ちの奴隷より危険な理由はわかったか?」
「生産職ですからね。戦闘職ならいつでも制圧可能です。そういう意味では危険な子には思えませんでした」
納得いっていないようで、上司は指先で机をトントンと叩いていた。
「危険なのはスキルではないか」
独白して再び机を指先で叩く。考え事の邪魔をしないように、静かに待つ。
「現時点で敵ではないが、引っかかる」
眉間のシワを深めて、クリフに語れと命じた。
「エイコが求めるのは美味しい食事と快適な住居。街歩きは趣味で、観光旅行が好きだと言ってました」
「観光旅行?」
「訪れた事のない町を旅して見て回るのがいいそうです。知らない地で、未知の美味しい料理があるとなお良いそうですよ」
「あの危機管理で旅なんてできるのか?」
パトスはつい口を挟んでしまった。
「彼女たちの故郷。かなり平和なところだったようです。女の子が夜一人で歩いていても平気で、昼間なら幼い子どもが一人で歩いていても大丈夫だそうですよ」
「さらわれないのか」
「殺人や誘拐なんて発生したらかなりの大事件だそうです。近所で発生するなんて事は十年に一度もないようでした」
人は殺されず、誘拐もされないのに自殺者の多い環境。想像しようとして、パトスはあきらめた。
まったくわからない。
「今後の予定は?」
「明日はフレイムブレイドとダンジョンですね。その後は町にいるようです」
「オークションの開催日には町にいるのか」
「その後はまたフレイムブレイドとダンジョンへ行くようなので、僕とダンジョンへ行くならその後かな。街にいる間にデートには誘いにいきますが」
軽い発言だったが、意外とクリフは本気でお付き合いを考えているようだ。仕事対象だからと、自ら寄っていく男ではない。
あちらから寄って来させるのがこの男の手口だ。
「魅了してしまわなかったのか?」
「たぶん、エイコちゃん耐性持ち。だからこそ向けられる好意に価値がある」
鑑定特化の鑑定師ではあるが、パトスにも得手不得手はある。パトスの能力が最も発揮されるのは物に対してだ。人は得意じゃない。
それでも多くを知れるが、人に特化した奴隷商には劣る。
あの店主ならパトスより多く見えているはず。パトスが知りえなかった加護の答えを知っているだろう。
最近困ったことがなかっから気にしていなかったが、見えないものがあるならスキル上げをしたい。久しぶりにダンジョンへ行くべきだろうか。
鑑定師という職業は特殊で、同じ名前の職業でも戦闘職と生産職にわかれる。パトスは戦闘職に分類されていた。
おそらく、万能武具という鑑定さえできればどんな武器でも使えるというスキルのせいだろう。
生産職に思われがちな職種でも、狩に特化したようなスキル構成だと戦闘職に分類されているものもある。
クリフは違うが、料理師も戦闘職がいる職業だ。
ただ、出来ることが多い分、闘いに特化した戦闘職より弱いことが多い。落ち人のように多くのスキルがあれば、同等の強さを得られるかも知れないが、下に見られることが多かった。
そうえば、あの奴隷。炎魔術があるのに生産職なのか。火系魔術師でも持っている者が少ない炎魔術。使いこなせれば、生産職の中ではかなり上位の強者になれる。
スキルとして危険なのはそちらなのに、上司はそちらに関心を持ってはいなかった。
答えを出せないまま、アルベルトは観察の継続を決める。
継続を喜び、浮かれるクリフがパトスは心配になった。
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