ラダバナの住人たち

第37話 冒険者ギルド職員 リリム

 成人したばかりの新人冒険者。何をするにも慣れていなくて、見ていると騙されそうでハラハラする。

 田舎から出たきた純粋培養の子が、都会で悪い男に騙されて転落人生おくりそう。なんて思っているエイコという名前で登録した冒険者は、大変質の良いポーションを納品してくれる。


 町の外の買取担当も囲い込み指示を出すくらいで、品質鑑定した人はだいたい浮かれていた。大事に囲い込み、悪い虫除けにフレイムブレイドも置いた。

 これからゆっくり育成していけばいい。そう思っていたのに、副騎士団長と大商人の二人を連れて冒険者ギルドにやってくる。


 冒険者登録してから、半分フレイムブレイドと一緒にダンジョンにいた。なので、実質ラダバナには数日しかいなかったはず。

 それでどうしてそんな大物二人と関わりになるのか、不思議でならない。急遽冒険者ギルド側も役職持ちのお歴々が対応することになった。


 そんな中で、状況を理解しているとは思えないのん気な新人冒険者。

 一人でダンジョン行くのはやめて下さい。冒険者ギルド登録の翌日に奴隷落ちした相手と二人だけじゃ不安しかない。お友だちを誘って三人になっても全員新人冒険者。胃痛案件だ。

 生産職ダンジョンに入れて、女三人組のパーティーを問題なく引率できる冒険者探しなんて難題です。

 それも今日中に見つけて、明日の早朝には冒険者ギルドで待機してもらわなくてはならない。


 プライドの高い冒険者はまずダメだ。新人相手に待つなんてしてくれない。嫉妬深いのもダメ。贔屓だと騒がれてしまう。

 実際、贔屓はしていた。それだけ彼女が納品するポーションには価値がある。今後は、保証人のために配慮する部分も出てくるだろう。


 冒険者ギルドとしては、保証人より大商人と知り合いになられた方がいたい。冒険者ギルドに頼らない販売先を手に入れられ、いつでも冒険者ギルドの囲いから出ていけるようになってしまった。

 だからこそ、安全のためだと紹介した相手に問題を起こされたら困る。


 どうするか頭を悩ませていた時、あまり冒険者ギルドに顔を出さない男がやってきた。

 生産職のソロ冒険者。愛想はよく、悪い噂もない。ときどき新人冒険者をダンジョンへ連れて行く面倒みの良さもある。

 納品依頼を出しに来た、料理師のクリフに平職員三人がかりで頼みこむ。過剰なプライドも妙な嫉妬もない男は、あっさりと承諾してくれた。


 翌朝、朝の一番忙しい時に現れた三人組は、混雑する受付カウンターを避ける。買取カウンターに来たとだけ告げて出ていきそうなのを捕まえて、先輩冒険者と引き合わせた。

 四人一緒に冒険者ギルドから送り出し一息つく。


 朝の混雑時間を終え、リリムは休憩にはいった。

 冒険者ギルドの平職員の勤務時間は四つある。日の出前から出勤し、昼間は長時間休憩、夕暮れ前の混雑時間から日暮れ後の混雑解消まで。実務時間と休憩時間がほぼ同じ長時間勤務と呼ばれるもの。

 平職員の独身者はほぼこの勤務が割り当てられており、男は結婚してもよく割り当てられている。

 既婚女性に多いのが早出と遅出。朝の混雑時対応して、休憩時間はあんまりなく昼に退勤になる早出。

 早出といれ違いに出勤してきて夕方の混雑時間を過ぎたら退勤になる遅出。

 遅出が帰る頃に出勤してくる夜勤。平職員はあまり当たらない。通常業務はなく、緊急時対応のために管理職が最低一人はいる。


 リリムはだいたい長時間勤務で、朝の混雑が終われば一度家に戻っていた。

 遅めの朝食をとり、掃除や洗濯をするのもこの時間。家のことが終われば日々の消耗品や食料品を買いに出かけ、気分によっては遅い昼間をとったりもする。

 部屋の中に洗濯物を干したあと、買い物に出かけようとするとアパートの前に荷馬車が止まっていた。門番に話を聞けば、昨日も来ていたが今日も来たらしい。


 国内外に多数の店を持つ大商人、リクシン。交易商であり、冒険者ギルドが冒険者から買取った品々を買ってくれる大口顧客の一つでもある商会の主。

 そんな店の荷車が何台もやってきて、エイコに貸した地下倉庫に荷を運び込んで行く。それも、代金はすべてもらっているらしい。

 これが押し売りなら冒険者ギルドも介入するが、借金なしの払い済み。介入できるすきがなかった。

 冒険者ギルドに登録して、一週間程度でどうしてこうなるのか不思議でならない。


 わたしたち、お友だちよね。と、でも近づいて情報を抜くべきか。次の早出の時にでもお昼ごはんに誘ってみようかと計画を立てる。

 立てたが、次の休みではダメな事態が発生した。


 翌日の午後、混み合うほんの少し前にエイコとクリフが一緒に戻ってくる。腕を組み、手の平を合わせて指まで組む密着度合いはお友だちの距離ではない。

 からめた手を持ち上げ、見せつけるようにエイコの手の甲に口づける。クリフは楽しそうに笑い、エイコは真っ赤だ。

 初々しくてかわいいですが、そうじゃない。


 虫除けに紹介した冒険者が、悪いムシになりやがった。戻った報告だけで、これから二人でお出かけらしい。

 本人は捕まえられなかったので、メイと夕食の約束を取り付ける。


 メイにしたら遅い夕食になるが、おごりで新しい店を知れるならと喜んでくれた。あんまり高過ぎると経費で落ちない。メイも今度は自分で来るなんてこともできなくなってしまう。

 しかし、時間外労働でもある。ちょっとだけ良い店にさせてもらった。


 食事中はダンジョンに行かない日はどうしているかや、ラダバナにはなれたかといった問題のない話題だけにしておく。

 ダンジョンは一緒に行くが、それ以外はエイコとメイは別行動。お互いの行動には干渉しないようで、ダンジョンも一緒に行こうではなく、予定が合うなら一緒にどうかという程度だ。


 予定が合わなければ、新人冒険者が一人でダンジョンへ行った可能性もあったのかと思うと、その判断が怖い。

 食後のデザートになったところで、エイコとクリフについ問う。


「あー、アレね。美味しい食事にときめいて告白しちゃったみたいです。餌づけですよ、餌づけ」


 彼氏が羨ましい妬みか、甘い恋バナを期待していたのに、メイの反応は困ったわと落ち着いたものだった。


「エイコちゃんから告白したってこと?」

「まあ、そうですね。で、お互いを知るためにつき合おうとクリフさんが応じた感じです」

「エイコちゃん、ちょろい子?」


 冒険者ギルドに最初に来たときは、男怖いって感じだったはず。だからか見た目に怖さのないクリフならと、紹介したのだ。


 ちょろい子だとわかっていれば、ギルド職員の誰かに恋人営業させてる。恋人営業なら大人しくアパートに引きこもってポーション作ってくれそう。

 男が距離を詰めたら不潔と過剰反応する子かと思っていたのに、見誤った。


 だまされやすそうだったし、恋人営業ならほいほいポーション納品してくれそうだっただけに悔しい。冒険者ギルドの囲い込みが穴だらけにされてしまった。


 フレイムブレイドに副騎士団長に大商人に恋人。こんなにいたら、冒険者ギルドへの納品が家賃分だけになりそうだ。

 あなたへの好意はみんなポーションのためだと、お付き合いはほどほどにといいたい。だが、冒険者ギルドも同類だ。


「リリムさん。ラダバナの結婚ってどんな感じです?」

「どんなって?」

「冠婚葬祭って、土地柄が変わると違うじゃないですか。求婚の作法とかお祝いの仕方ってどうなっているのか気になって」

「冒険者だとご家族が一緒にいることはほぼないですから。作法というほどのものはないですよ。この町に暮らしている方がお相手でしたら、ご家族へのあいさつや職場関係者にあいさつがいります」


 冒険者同士なら、どちらも流れ者。堅苦しい挨拶をしなければいけない人はいない。結婚を機にして転職するなら、発生することもある。


「冒険者の場合、本人たちの意思だけで結婚できます。お祝いに決まりもないですよ」


 お友だちに彼氏ができたら気になるかと、リリムは気楽に答えた。

 

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