第36話

 四人でダンジョンを出ると、空には星が輝いていた。

 寝る場所取りは護衛と獣車の人がしてくれていたため、ダンジョンを出たのが遅くても悪い場所ではない。


「人にガチャを頼むのは自分だと出ない物が出るからだから、エイコちゃん元気出して」


 薬草の半分、土三分の一、それ以外が六分の一くらいないのに、職業的に欲しい鉱物や金属が出たので買い取らせてもらう。

 それでも、米とミルクも出したので、珍しい物が出たとクリフは喜んでくれた。


「クリフさん、お米のレシピ持ってますか?」

「僕が持っているのは炒め物と、粉状にして揚げるお菓子だね」

「炊飯できませんか?」

「スイハン?」


 メイは落ち込んでいるエイコをまたしても放置して、自らの欲望に突き進む。


「鍋に米と水入れて、煮てから蒸らすんですけど、正確な分量覚えてなくて」

「知らない料理は興味あるから、知っている事だけでも教えて。作ってみよう」


 三人寄れば文殊の知恵。だだし、全員ご飯を炊いた経験は炊飯器か、キャンプで飯盒炊飯が一度か二度あるかどうかのスカスカ知識しかない。


「米から水面が指の第一関節ってなかった?」

「米に手の平つけて手首までって聞いたような?」


 彼女たちの中では、計量カップ一に対して炊飯器のメモリ一という分量が基準になっていた。それ以外の基準はどうにもあいまいで、不安しかない。


「鍋って土鍋がいいんだっけ?」

「銅釜とかCMしてなかった?」

「もういっそうのこと蒸す?」


 現状、米が浸かるほど水を入れる以外のまともな情報は出ていない。それでもクリフは、にこにこと三人の話を聞いている。


「まず、ザルで米洗ったらいいんだよね」


 わかっているところまではやってしまおうと、クリフは米を水魔術で洗い出す。


「鍋はどれがいい?」


 フライパンをまず除外し、試しに炊いてみよとしている米が多くないので、小さい物を選ぶ。鍋が選ばれると米を鍋に入れた。


「君たちが今困っているのは、ここで入れる水の量だよね」


 そういいながら、米が浸かるくらいまでクリフは水を入れた。


「まだ入れる?」

「たぶん、その量だと半生なるか焦げる」


 少しづつクリフは水を増やしていく。


「あっ、わかった」


 今まで反応した事のない、エイコの目利きスキルが発動する。スキルで一番いい状態がわかるため、一番いい水の量にしてもらう。

 焚き火で加熱は大変そうなので、エイコは魔導コンロを出す。


「完成までフタ開けたらダメだったよね?」

「沸騰するまでは強火」


 コンロで加熱し始めた鍋を見つめる三人にクリフは笑う。


「そんなにお米、楽しみなの?」

「故郷の主食だから」

「こっちくるまでほぼ毎食たべてた」

「できれば漬け物もほしい」

「海苔もいいよね」

「今準備できるの塩くらい?」

「うん、塩おむすびもあり」


 沸騰してきたので火を弱める。弱くするのも目利きスキル任せだ。

 火を止めるのもフタを開けるのも目利きに任せれば、炊き立てのご飯が完成していた。


「クリフさん。丸太のイス一個下さい」

「いいよ」


 あっさりとどこかから出してくれたので、錬金術でお櫃としゃもじを作る。しゃもじは四つ作った。


「米だー!」

「お米さま」

「ごはん」


 三人ともテンションがあがり、さわいでいたら周囲から冷たい視線をあびた。けれど、意識が米に向かっており、視線を向けられた方はまったく気にしていない。


 各自で塩おむすびをつくる。奴隷らしくを意識して行動していたカレンも我慢できなかったようで、エイコが食べ終わる前におにぎりを作りだした。

 クリフは見よう見まねでおにぎりを作る。


「かなり熱いのによく触れるね」 

「熱々なのがいいの」

「手、しっかりと濡らしてたらヘーキ」


 三人とも作ったのは三角おにぎりだった。


「美味しい」

「幸せ」


 食べながら、みそ汁欲しいとか、漬け物欲しい。干物もいいし、卵かけご飯もいいと、欲望を垂れ流す。


「みそ汁はわからないけど、味噌と卵は持ってるよ」


 さらっと壺に入った味噌と大きさの違う卵を四つ出してくれる。


「卵って、生でいけるヤツ?」

「鑑定は大丈夫だといってる」


 ただ、大きすぎるのは合わなさそう。目利きスキルも小さいの二つを勧めている。


「でも、夜ご飯にはもういらないよね?」

「朝ごはん。朝ごはんでお願いします」

「それはいいけど、みそ汁は作り方教えてね」


 灯り兼暖房用の焚き火はいくつもあり、焚き火の数以上に冒険者パーティーがこの場にはいる。これだけの冒険者がいると、野生の魔物より怖いのは人間の方だ。


「君たちは獣車の中で寝てね。外で寝たら奴隷の子が危ないよ」


 寝る準備といっても、全身に清潔魔術をかけるくらいだ。装備は身につけたままだし、いつでも駆け出せるように靴も脱がない。


「寝る前にレシピ覚えるからちょっと待って」


 獣車に腰掛けエイコは収納していたレシピ本を取り出す。魔力を流すと本が消え、大量の情報が流れこんでくる。

 どうやらこの本、レシピ集ではなく魔法陣集だった。頭痛いけど、一個だけ試したい。


 収納から絨毯を出して浮遊魔法陣を付与する。床からちょっと浮かして横になると、下が硬くない。


「じゃ、おやすみ」


 寝袋の薄い布団を折畳まないまま被ってエイコは寝た。




 目覚めると、一人だった。状況を把握するのにしばし時間を要し、獣車の中で寝ていた事を思い出す。

 絨毯から身体を起こし、洗顔代わりに清潔を使い、髪をとかした。あくびをしながら寝袋と絨毯を片付け、獣車から降りる。


 太陽は完全に姿を表していたが、まだ地平線に近く、寝過ぎたというほどではないだろう。夜より冒険者がかなり少なくなっているが、自分たちだけしかいないという状況でもない。


「おはよう。頭痛治った?」

「おはよう。うん、大丈夫」


 メイとカレン監修でクリフが朝食を作っていたらしい。ちょうどできたところだと用意されたのは、塩おむすびとみそ汁と厚焼き卵だった。

 これを食べるならお箸がいい。


「いただきます」


 みそ汁の器を手に取り、口を付ける。家のみそ汁とは違う。でも、みそ汁なのは確かで、泣けてきた。

 懐かしくて、ホッとする。


「クリフさん、結婚しよう」

「うーん。いきなり結婚はできないから、お付き合いから始さてもらえるかな?」

「はい」

「えっ、本気?」

「冗談じゃないの?」


 メイとカレンがなんか慌ててるけど、ほっとく。そんなことより、みそ汁が美味しい。厚焼き卵は塩味で、醤油が恋しくなった。

 ご飯は、昨日の夜の分はみんなで食べちゃったから、朝ごはん用に炊いてくれたのだろう。


「いや、だって、好きだなと思っちゃたし」


 胸がきゅうってなる。


「それ、こばんに対してじゃない?」

「泣くほど感動してるのに?」

「みそ汁に対してでしょ」


 メイがひどい。

 もう、まずいエサはいやなの。食事はちゃんと美味しく感じられる物が食べたい。


「ご飯が美味しこと以上に大事なことはないわ」


 クリフは笑いながらエイコの頭をなぜる。


「うん、かわいい。僕、美味しく食べてくれる子好きだよ」


 さっそくダンジョンデートの計画を立て始める二人に、メイとカレンは視線で会話する。止めるのは無理だと二人してため息をついた。


「恋愛って感じしないんだけど、一応両思いなの?」

「わたし職業スキル使えないままだと、料理くらいしか役にたちそうじゃないんだけど、作る前にポイされるの?」

「窯つくらないといけないせいで価値は暴落してるけど、捨てはしないよ。きっと」

「捨てられた時は買ってよ」

「大丈夫、大丈夫。捨てないって」


 食事が終われば、七層からダンジョンの攻略を始めることに決まる。昼頃には一〇層のダンジョンボスを攻略し、帰路に着く。お昼もクリフが作り、エイコはにこにこしていた。

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