第30話

 マントのフードを被らずに街を歩けば、ナンパか人さらいか判断に困る人に声をかけられた。

 これでモテたと喜べるほど、エイコの自意識は高くない。


 二歩背後を歩くパトスが、三人追い払ったところでフードを被る許可がでて、スリを二人追い払ったところで気配消してよしとなった。

 だから、どっちも自衛用だと主張したのに、アルベルトに舌打ちされる。


 そうして向かったのは奴隷商店街。店の名前は覚えてないが、場所と建物は覚えている。

 気配をけしているせいで、従業員にはスルーされたが、店主は店に入ったとたん声を立てて笑いやがった。


「どうやったらぁ、そんな大物連れてこれるんだぁ?」


 萎縮するとか畏まるとかしなくて、楽しむのがここの店主だ。

 従業員にカレンを連れて来させて、従業員は下がらせる。


「パトス」

「あー、落ち人です。異世界言語あるので確定でよろしかと」

「副騎士団長さまならぼったくれるが、売りませんよぉ。あなたに売ったら、奴隷から解放することが出来なくなる」


 借金奴隷が解放されるために必要な金額は、借金額と売値の合算となっている。だだし、奴隷が働けなくなるといきなり額が下がり、所有者側から解放させる場合も所有年数によって減額される。

 奴隷の面倒は所有者がみなくてはいけないが、解放してしまえば衣食住を与える必要はない。年寄りや怪我や病気になった奴隷を捨てるのによく使われる制度らしい。


「副騎士団長さまをいつまでも立たせたままにはできませんからぁ、奥へどうぞぉ」


 案内されたの店の規模からすると、重厚すぎる印象のある応接室だった。

 派手さはないが安物は使ってなそう。鑑定しても何かわからないが、高級品とか上級品質とか最上級品質の説明が出てきている。

 アルベルトに連れ込まれた部屋から、華やかさを抜くとこの部屋になりそうだ。


 おかげで長椅子の座り心地はいい。が、隣がアルベルトなので居心地は悪いし、背後にパトスが立っている。

 向かい側はこの店の店主で、奴隷に椅子はなくカレンもそばで立っていた。

 カレンが認識できないからと、隠者スキルを使うのをやめ、フードをおろす。


「嬢ちゃんよぉ、あんた、背中に何くっつけている?」

「ひよこ」


 全員から視線をあつめたので、フードを引っ張りその中にいたアオイを出す。

 色はアレだし、なんか微妙に飛べるげど、形状はひよこだ。


「嬢ちゃんよぉ、それ鑑定したかぁ?」

「従魔。何かの雛。だからひよこでしょ」

「うぅん、そうだね。幼体だねぇ」

「パトス?」

「はい、幼体です」


 鑑定スキルのレベルが高そうな二人の反応が、なんかヘン。


「将来的に獣車になる? アオイが出た後、獣車のレシピ出だからそういうのになると思ってたんだけど」

「力強いのに成長するはずだよぉ」

「空も飛べそうですね」

「まあ、鳥だし、空も飛ぶか」


 空飛んだら、車引いてもらえないのだろうか。鑑定持ちの二人はそのあたりの返事をしてくれていない。


「もしかして、乗り方覚えないとダメな感じ?」

「賢い魔獣は落ちないように乗せてくれるよぉ」


 それなら、大きくなるまで待てばいいか。


「あっ、引き車作ったのどうしよう? 使い道がなくなった」

「今、持ってるかい?」

「うん」

「じゃ、中庭で出してもらおうかなぁ。対価になるならカレンちゃん連れて行っていいよぉ」


 いらないんだけどな。買わないとダメなのか。


「そっちは保留で、まだ住む場所の相談を冒険者ギルドにしてない」

「こっちでやったから大丈夫だよぉ」


 にこにこと笑いながら逃げ道を塞いでくる。


「屋根裏部屋に空きがあるってさぁ」

「面倒みるのメイだから、一緒にいる時でないと」

「今、落ち人は何人いるんだ?」


 店主との会話にアルベルト割り込んできた。


「カレンちゃんとエイコちゃんとメイちゃんは鑑定したので確定ですがぁ、カレンちゃんは奴隷になる前に二人の同郷の人に会ったとぉ。エイコちゃんはカレンちゃんを別の同郷のの人に売りつけようともしていましたので、そのくらいはいるでしょう」


 更に店主は月末のオークションについても触れる。


「異世界人狩りの被害者は少なくても一三人。その内異世界として売りに出すと言われているのが三名ぃ。オークションには出されないが、後二人いるというウワサもあります」


 カレンのあった人が異世界人狩りの被害者になっているからどうかわからないので、話に出た人数がそのまま異世界人の数にはならない。


「多いな。たが、俺の直感はこいつに反応している。その奴隷にも反応がなければ、他の落ち人を探さなくてはいけないとも感じない」


 嫌そうな顔をして、アルベルトはエイコを見下ろしてくる。


「俺の直感は悪人に反応しやすい。だが、こいつは悪人ではなさそうだ」


 店主は楽しそうに笑う。


「問題を起こす人がすべて悪人というわけではない。そして、落ち人はこの世界の善悪を知らない。自らのスキルが持つ力を知らないまま使い奴隷に落ちたカレンちゃんのように、エイコちゃんも何かやらかすかもしれないなぁ」

「無自覚に災いをもたらす落ち人はいる。制御できないのならば、排除もいたしかない」

「それはダメだと直感が告げるんだろ? こっちの直感も生かしておけと、仲良くしろと告げてくる」


 店主の言葉に、ものすごく嫌そうにアルベルトはうなずいた。


「三重付与は優秀さを感じさせるが、その後の行動がバカすぎる」

「逃げるためのスキルを使う順番を間違えていますね」


 付与魔術で手をなはしてもらい、闇魔術で影の中に逃げればよかったのはもう理解している。でも、思いついた順番が逆だったんだからしかたない。

 エイコはそっぽむく。


「ところで店主。その奴隷、いくらで売る予定だ?」

「エイコちゃん限定で一〇万エル。被害者側ががんばってくれたから借金は三〇万エルになっている。四〇万エルあれば、カレンちゃんは奴隷から解放されるんだがなぁ」

「安すぎです。オークションに出る落ち人は一〇〇〇万エルがはじまりですよ」


 パトスがありえないとつぶやく。


「奴隷から解放させるのが目的だからいいんだよぉ。こっちは天より与えらて職業が奴隷商だから奴隷商をしているだけだぁ」


 商売としての本業は別にあり、儲けはそっちで出しているそうだ。


「エイコちゃんなら一〇万エルくらい問題ないはずなんだけどなぁ」

「それも直感?」

「あぁ」

「冒険者ギルドが現金化してくれないの。オークションにかけるからって。なのであんまり現金は持ってない」

「あぁ金はなくても引き車はあるんだったなぁ」


 場所を中庭へと移す。この店、通りからはわからないくらい奥行きがある。

 広さ的には問題がないので、冷凍車を出す。出したとたん、店主が笑いだした。


「普通のはないのかぁ?」

「レシピはあるけど、材料がない。売ってないか探してたら捕獲されたし」

「それにしてはいた場所がおかしい」

「作れてないレシピはいっぱいあるの。町のどこで何売っているかもわからないし」


 あの本になっていたレシピ集はまったく作れていない。引き車や騎獣用の鞍だけでなく、騎獣服とか騎獣靴とかもある。一度作ってしまえばいろいろ応用できそうではあった。


「欲しい材料を言え。用意してやる」


 店主の笑みの種類が変わった。とらえどころのなかった笑みが、肉食獣的な好戦的な物になっている。


「あぁ、現金も欲しいんだったなぁ。いくら欲しい?」


 うっとりと優しくささやく店主は、だいぶヤバイ人だ。

 エイコはこの場にいる男三人を一人づつ見やり、一番マシそうなパトスの背後に隠れる。


「もう帰りたい。どうにかして」

「ごめん、ムリ」


 隠れていたのを引きづり出され、店主に向き合わされた。

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