第29話

 膝痛い。

 絶対、青あざになっている。


「こういう時に使うのポーション? 傷薬?」

「傷薬で治るでしょう。ただここで、傷薬をぬるために服を脱いだら、この世界では痴女と呼ばれますよ」

「それを強要する人を変態って呼ぶ?」


 無言は肯定ってことでいいか。


「君、影の中に逃げるなら今だよ?」

「今それやったら、魔力不足でくらくらしそう」

「あー座り込んだままなの膝が痛いだけじゃないのか」


 胡散臭い笑みで長髪の男は手を差し伸べてくれる。その手をつかみ、近くにあった長椅子に座らせてもらった。


「このイス座り心地いい。やっぱりクッション素材になる物あるんだ」


 エイコはイスをギュギュと押して感触を確かめる。


「アルベルト様、着替えされると腕が重いのは解消されます」

「何やったんだ? そいつ」

「服の袖に三重付与魔術です。逃さないように見てますので、どうぞ」


 アルベルトと呼ばれている男は、付与魔術をかけた方の腕ももう一方の腕で持ち上げて奥の部屋に向かった。

 部屋に残った長髪の男はベルを鳴らし、人を呼ぶと小さな丸いデーブを用意させ、お茶とお茶菓子を持ってこさせる。


「食べながらでいいので、アルベルト様の立場について聞いてください」

「なるべくわかりやすくお願いします」


 長い説明は覚えられない。


「では、単純に。アルベルト様、かなり偉い人です。逆らうと処刑もあるよ」

「すっごく、タチの悪い人さらいだ」

「発言にも注意しようか。不敬罪でも処刑があるよ」


 まばたきを繰り返して、エイコは長髪の男を見る。


「貴族は怖いと覚えましょう」


 まったく笑ってない柔和な顔で、告げられた。

 

「だから、聞かれたことには素直に答えなさい。口を閉ざして殺されたくはないだろ?」

「どういうことでしょうか?」


 わかるけど、わかりたくない。


「貴族に逆らう、死亡。生きる、貴族に従う。ということです」

「この世界には、法の下の平等、という言葉はありますか?」

「寡聞にて存じません。ただ、貴族の方が守るべき法とそれ以外の方が守るべき法はちがいますね」

「平等ではない?」

「はい。ないです」


 即答で断言された。


「いいですか? アルベルト様がお持ちの直感というスキルは、かなり理不尽スキルなんですよ」


 同級生を売りつけようとしている奴隷商、あの店主も持っていると言っていたスキルだ。


「そのスキルのせいでアルベルト様は君に興味をもった。ですが、そのスキルのおかげで君は今処罰されていない」

「わたしの行動って、処罰されるの?」

「されます。どんな処罰になるかはアルベルト様次第です」


 無罪放免から極刑まで好きにできるそうだ。


「パトス、極端な事例を貴族の常識として教えるな」


 着替えをしたアルベルトが出てきた。腕はもう大丈夫そう。


「アルベルト様ならできますから。それに、彼女に近寄る可能性のある貴族はそういうことができる側の方になります」


 視線一つ与えてアルベルトはパトスの発言を放置する。エイコしては、とっても否定してほしかった。

 生殺与奪権を握る相手なんかと出会いたくない。


「こちらの質問に素直に答えれば、それでいい」

「君、そのこで悩むの?」

「答えた方がいいのは理解したわ。ただ、そこまでして生きたいかっていう問題が、ねぇ?」


 死んだ時の記憶はなかった。でも、あの声だけを聞いていた空間にいた時、肉体はなかったように思う。

 だから、今生きているのは、神さまの慈悲による奇跡だ。

 人は死ぬ。それもあっさりと、簡単に。それを自らの肉体喪失で、感覚として理解してしまった。


 もしかしたら、受肉体というのは本能が弱いのかもしれない。何をやってでも生きる。と、いう強い思いがエイコにはなかった。

 人界は苦界なり。

 慈悲ならば、人生延長より解脱のほうがよかった。


「自殺者、多いんですよね。元の世界でわたしの生きていた国。若者の死因上位が自殺なので」


 貴族に従うのは賢い生きた方のはず。今求められているのは質問に答えることだけ。命がけで守らなくてはならない秘密なんてないし、何でも答えてしまっていい。

 なのに、心が嫌だと騒ぐ。賢くない選択だ。


「何が気に入らない?」


 何が?


 考えて、エイコは笑った。


「全部みたい。なんで生きてんの? 死んだはずなのに」


 異世界いることも、今ここで生きてるのも、全部エイコが望んだわけでも選んだわけでもない。

 元の世界だって、不満はたくさんあった。何もかもがよかったなんて言わない。


 勇者召喚という事故。ここに神さまは関与していない。事故って行き場のない魂を救い上げただけ。


「何で、死んだままじゃないの!」


 死は解放。


 そんな幻想がエイコの中にはあった。なのに、与えられたのは新たな生。モラトリアムから社会に出され、手探りであがいている。


「君が、神々によって生かされたというなら、楽に死ねると思うな。死んでもよいと思ってもらえるまで、君は死なない可能性もあるぞ」


 思っても見なかった方向から殴れた気分だ。


「死んだのに生きているなら、死なせてもらわないと何度でも生きられる」

「奇跡っていうとは滅多にないからありがたみかあるし、奇跡って呼ぶよね?」

「神々の意向なんてものが人の身にわかるわけがないだろ。君は生かされた以上、生きるしかない。どんなに不満でもな」


 強い意志を秘めた青い瞳に射抜かれる。


「では、最初の質問といこうか。何が不満だ、全部言え」

「はあ?」

「直感が警鐘を鳴らしてる。お前、不満を溜め込んだらやらかす人だ」

「あー、その系統か。それだと魔導具師はよくないですね」


 かつて、異世界はもう嫌だと自殺ついでに世界を壊そうとした落ち人がいたそうだ。未遂で終わっているから、今も世界は続いている。

 スキルの多い戦闘職は直接的な脅威だが、元の世界の情報を元にこの世界にはない兵器をつくる生産職はそれ以上にヤバイらしい。


「君の世界にはアレルギーという概念はあるか?」

「あります」

「そうか。この世界にアレルギーという概念を持ち込んだのは落ち人だ。耐毒性アイテムや毒消し薬でアレルギーは防げないし、治らない。そんな暗殺を成した者によって知られた知識だ」

「それはまた、成功率の低そうな殺し方ですね」


 相当苦しいが、確実に死ぬようなものでもない。


「アレルギーがなければ問題ないからな」

「アレルギーを発生させる方法は確実じゃないけどあったはず」


 それで販売中止というか、除去商品でないとダメになったベビー用品があったはず。確か、肌にぬる物系がダメだったような気がする。


「君もそんな暗殺を狙うか?」

「そういう長期戦になるのは向いてないですね。この世界にはない概念で狙うなら、何かな?」


 目に見えなもの系か、戦争で使われている兵器か。放射能もパンデミックも好ましくない。そこまでの恨みはこの世界に持っていなかった。


「爆弾くらいまでかな」


 作るとしても。でも、どうせ爆発させるなら花火の方がいい。


「兵器って、考えても楽しくない」

「なら、何なら楽しい?」

「家電? 生活しやすくなる道具がいい」


 不味い料理は嫌だ。住み心地の悪い家は嫌だと、グチグツ言っていればだいぶスッキリした。


「あっ、落ち人に興味あるなら、奴隷商で売りに出ている子いるよ」

「オークションに出るようなのは買えない」

「オークションじゃないよ。知り合いなら買ってやれみたいな感じで、今売りつけられそうになっているから」


 アルベルトは舌打ちする。


「パトス」

「嘘はありませんでした」

「本当にいるのか」


 その店に連れて行けと、命令された。

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