第28話

 いかつい店主のいる店を後にすると、エイコは街の散策に戻った。

 ふらふらと移動して、つぎに興味を引いたのは革関係の職人街で複雑な臭いが漂っている。

 カンカンうるさい鍛治職人も家のそばにあって欲しくないが、ここもなかなか住みたい環境ではない。だからこそひとまとめに集められた職人街を形成してもいるのだろう。


 閑静な住宅地にこういうのが一軒だけ混じると、確実に近隣トラブルになる。観光地気分で見て回るのにはいいが、住みたい場所じゃなかった。


 革は、切れ端みたいなのでも安くない。鑑定して見ても、錬金術素材としても微妙だ。鱗とか骨とか角ならいいのだが、小銭いれくらいでもいいから作れる大きさがないと、革ひもしか作れなさそう。

 鉱物や金属と違って分解してくっつけるとか、粉にして使うなんて方法がない。そういうレシピを持っていないため、あんまり相性のいい素材ではないのだろう。


 見ている分には面白かったが、買えそうにはなかったので次の場所へ移動した。次に見つけた職人街は布とか糸を取り扱っている通りだった。

 この通りは先ほどまでの職人街とは客層が違う。荒くれ者の冒険者が姿を消し、大人しいというか、喧嘩口調で罵り合うのをコミニケーションにしていなさそうな人たちが歩いている。


 筋肉や力で優劣を決めていた場所から、財力こそが正義のような雰囲気になった。窓ガラス越しに店内はちょっとだけ見えるが、店頭に商品なんて置いてはいない。

 高級感を漂わせ、よそよそしく感じ通りを歩いて素通りする。この辺りの店のドアを開けるには、サイフの中身が足りないように思えた。


 そな中、気になる店を見つけた。ボタン専門店はどんなのがあるか見てみたい。簡単な形のなら、見れば作れる気がする。

 小窓から中の様子をのぞくが、なんか空間があるなとしかわからない。


「この店が気になるのか?」


 頭上から声がして、肩が大きく揺れた。声をかけてきた男と壁に挟まれて、向きも変えられない。

 首だけ動かして斜め上を見る。顔はよく見えないが、顎から首のあたりは見えた。肌の色は白くて金髪の男のようだ。

 男は舌打ちしてから、指先でエイコのフードを払いのける。

 肩をすくめると更に舌打ちされた。


「いちいち怯えるな。犯罪者じゃないなら悪いようにはしない」


 壁との空間をちょっと開けてくれたから向き直り、男を見上げると青い瞳と目が合った。


「気配消して、認識阻害マントを被ったヤツなんて、怪しすぎると思わないか?」

「犯罪なんてしてない。スリ防止です」


 誘拐した人を真っ当な商品として売れる世界だ。公正な裁判なんてなさそう。やったかやってないかではなく、そう思われたらダメぽい。


 相手が何者かわからないが、偉そう。偉そうにしている冒険者たちとは違って、こう腕っ節が強いから偉いのではなく、偉いのが当然というか、周囲を見下しているというか、冒険者とは系統がちがっている。

 身なりもいいし、お金かかってますって感じが身につけているすべてのものから感じられ、腰に下げている剣の魔石は質もいいし、複雑な魔法陣も刻まれていた。


 もしかしなくても、身分的に偉い人かな。富裕層なのは間違いなさそうだし、また舌打ちされた。

 短気な人かも。無礼打ちとかこの世界ないよね。あーでも、奴隷のいる世界で人権なんてあるのだろうか。

 あっても貴族だけとかで、人類皆平等ってことはなさそう。


 これは逃げるべきかな。でも、逃げたら犯罪者とか言い出しそう。


「こい」


 腕を取られて引っ張られる。大股で歩かれるから、エイコは小走りになるしかなかった。


 もしかして、人攫い。


「売られるのはイヤ!」


 がんばって対抗したけど、ささやかすぎたようで、掴まれた手はまったく緩まない。大声出したいけど、何かがつまったようにか細い声にしかならならなかった。


「大人しくしていろっ!」


 連れて行かれた先は、揃いの制服を着た武器を持った人たちがいる。


「冤罪もイヤ」

 

 もうこれ、相手の腕切り落としてでも逃げないとダメなのかも。でも、切り落としたら、犯罪者になりそうなんだけど、自衛として許される範囲だろうか。


 舌打ちされ、冷たい目で見下ろされた挙句、荷物のように片手で抱え上げられた。


「魔術使ったら犯罪者にするからな。大人しくしていろ」


 冤罪or犯罪者。


 どっちがマシだろう。これはもう犯罪者から逃亡者を狙うしか……。


 ン?


 制服姿の人、みんな直立不動で同じポーズをとっている。もしかして、敬礼かな。

 この男、傷つけるとヤバイレベルの偉い人かも。


 なんか、下っぱとか犯罪者がいるとの真逆の区画に連れ込まれた。


「本日はお休みではありませんでしたか? アルベルト様」

「コレ、鑑定しろ」


 やっと床に足がついたが、逃げられないように腕はしっかりとつかまれている。


「かわいそうなことしますね。彼女、落ち人異世界人ですよ。落ち人狩があったばかりて、月末には売りに出されるのに、攫ってくるとは」


 異世界人って、別の呼び方もあるのか。そして、すでに鑑定された後か。どこまで見えているのだろう。

 

 丸メガネに長髪の髪を背後で一つにまとめている男は、ネコぽい笑みを浮かべている。感情で笑っているのではなく、笑っているように見えているだけで、くせ者感がとってもしていた。


「それにしても面白い職業ですね。職能だけで九つもある」

「九つ? 多すぎだろ」

「職業関連神の加護もありますね」


 近寄ってくるから一歩退がるけど、腕をつかまれたままだからあんまり距離が取れなかった。


「ペットとして飼うには良さそうな子ですね」


 ペットって、奴隷なの。

 どうしよう。本当にどうしよう。暴れて何か壊してもヤバイし、このままでもヤバイ。


 エイコは混乱していた。そんな時に窓が目に入り、青い空がやけに魅力的に見えた。

 闇魔術スキルがやれると主張している。


 エイコはストンと足下の自らの影の中に落ちた。落ちたが、痛いくらいに腕をつかまれ床に足がつかないくらいは持ち上げられる。

 細身に見えたのに片手で持ち上げるなんて、力持ちだ。


「逃げない、暴れない、大人しくする。守らないと指名手配するぞ」

「今の闇魔術だよね? 君、なかなかすごいよ。そのスキルみえてなかったからね」

「パトスに見えないスキル?」

「うーん、どうなっているのかな? 加護が二つではないって、ことみたいですね」


 エイコの反応を見ながらパトスは断定する。


「アルベルト様は何が気になったのでしょうか?」

「気配消して、認識阻害までつけて街中をうろうろしていた」

「気配消すスキル、見えませんね。見えてない加護関連かな?」


 闇魔術と気配の消えるスキルだとどこの神さまか、闇神、夜神、月神とつぶやいてパトスはエイコの反応を確かめていく。


「当たりなしか。どうしますか? 神官でも連れてきて神様の名前唱えるさせます?」

「コレがスパイの可能性は?」

「ないですね。異世界言語スキルがあるので、落ち人なのは確定です。アルベルト様の直感に引っかかるというなら再考しますが」

「スパイにしては警戒心が足りてない」

「反応も素直です」


 冷たい青い目で見つめてくる。


「危険人物だとは思わないが、監視はするべきだと感じている」

「それ、職業のせいかもしれません。彼女、魔導具師ですよ。それも魔導具神の加護持ちの」


 つかまれた腕が痛い。全体重が片腕にかかっているのも辛い。なんでこの男は腕を上げた状態で持ち上げたままでいられるの。


「はなして」


 放してくれないなら、重くなっちゃえ。もてる魔力とスキルを最大限使って、腕をつかまれている男の腕の服に付与魔術をかける。

 重力増加、筋力低下、疲労増大。服の質が良いおかげでガッツリ付与魔術を付加できた。


 やっと解放される。いきなり手を離されたせいで床で両膝打ったけど、吊り上げられているよりはマシだった。

 

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