第22話

 アクが強いというか、笑ってるのに笑ってない感じの男で、威圧するわけでもないのに怖さがある。

 近寄らない方がいいと思うのに、気がつくと店に入っていた。

 カウンターだけしかないような狭い店内、仕切りの向こうから女の奴隷が一人連れてこられる。


 うん、なかんか見たことある顔だ。赤い髪と瞳にはまったく心当たりはないけれど、髪を黒だったと仮定すれば誰がわかりそうな気がする。


「商品の奴隷だから鑑定していいよぉ?」


 店主が揶揄うように告げる。できれば自力で思い出したかったが、許可がでるならやってしまおう。


 名前 カレン エンジョウ

 年齢 15歳

 性別 女

 種族 ヒューマン

 職業 陶芸家


 偽装種族とか享年表示はない。なんとなく鑑定のレベルが足りてなさそうと感じる。

 異世界言語と受肉は持っているはずだし、スキルや称号も見えない。


 それよりも、職業が陶芸家。


 焼き物作る人なのはわかっているけど、異世界で与えられた職業としてはどうなんだろうか。


「名前わかったの?」

「エンジョウさん」

「あっ、あぁ、そうだ。そんな顔だ」


 黒縁メガネに左右におさげという、昭和感あふれるクラスメートが赤髪のショートカットにイメチェン。なかなか難易度の高い変貌ぶりだった。


「すっきりしたし、帰ろうか」

「待って。同郷のよしみで買って」

「この街に来たばかりでお金ないから、ハーレム願望のある同郷の人に会ったら声はかけておくね」

「待って、話聞いて」


 店主がお茶出すからと、引き止められた。仕方なく、丸椅子に座り、話を聞くことにする。


 カレンもメイ同様にダンジョンを出てすぐ同郷の人らしい二人組に会ったそうで、恋人らしい戦闘職の二人と冒険者ギルドまで来たそうだ。

 恋人の二人はまあ、夜はその場で会っただけのカレンと一緒より二人だけでいたいらしく、冒険者ギルドで別れた。


 しかし、生産職一人で受けられるような依頼もないし、手持ちも少ない。土があればなんか作れそうだと、どこか土を入手するために穴を掘ってもいいところはないかと探したそうだ。

 そうして、うろうろしていたら、声をかけられ、庭の土をくれると言われたらしい。無事土を入手し、土作りというスキルで陶芸に向いた粘土に変えた。


 最初は簡単にと、お茶碗のよつな器を形成するまでは順調だったそうだ。


「で、焼いてみようと思ったら火事になったの」

「おじさんこれでも頑張ったんだよぉ。放火犯は重罪だからぁ。それを庭の用具入れが壊れただけだからと弁償するこで示談を成立させて借金奴隷で納めたんだぁ」


 土をくれた住人はかなりいい人だったらしく、カレンが悪気のないのもわかってくれたらしい。ちなみに、この店の店主の家のお隣さんだそうだ。


「被害者はうちの庭でよかったわと笑ってくれる人だったんだけどなぁ、火柱が立ったからもみ消せなかったぁ」


 騙されたとか、犯罪に巻き込まれてとかじゃなくて、自分でやらかしちゃってる。不幸な失敗ではあるが、下手すると死人が出てるのではないだろうか。


「この子の持っている炎魔術っていうスキルがな、戦闘職なら買い手を選べるくらいいいスキルなんだが、放火犯で生産職だとどうにもぉ、なぁ?」

「エンジョウ、錬金術か調合スキル持ってないの?」

「調合ならある」

「それ、冒険者ギルドで言った?」

「言ってない」


 調合スキルあるなら、冒険者ギルドで部屋を貸してもらえたはず。そのあたりの説明をすると驚いていた。

 そして、落ち込んむ。住む場所を確保して、ダンジョンの中で魔術を使っていれば今頃奴隷落ちしていない。

 そうすると、メイのお隣さんになっていたのはカレンだっただろう。


「早いうちに牢屋に入ったからぁ、異世界人借りを避けられた面もあるがなぁ」


 特に仲の良い相手でもないクラスメートより、エイコはこの店主の方が気になっていた。


「なんで声かけたの?」


 店主はにやりと笑ってから楽しそうに語る。


「おじさん、鑑定スキルもあるがぁ、直感スキルもあるんだよぉ。お隣さんから相談受けた時になぁ、この嬢ちゃんに関われとスキルがささやいたぁ」


 けれど、スキルは自らがこの奴隷落ちした女の主になれとは示していない。


「ならぁ、誰に売るべきかと通りを見ていれば君がいたぁ。渡界してきたばかりの異世界人に金があるなんておもっちゃいねぇーよぉ?」


 対価になるものなら金でなくてもいいそうだが、そもそもエイコは買うとは言っていない。


「奴隷とか面倒みれないんで、邪魔です」


 しつこい勧誘を断るためには、しっかりと断るしかない。


「同居もしたくないし、ムリ」


 他にも同郷の人はいるので、そっちに期待してもらおう。

 異世界で奴隷を買ってもエイコは恋愛を始められないし、クラスメートを奴隷として使うのも感覚的に辛い。

 奴隷を買うなら、なんの関係性もない方がまだマシだ。


 見捨てないでとカレンは騒ぐがスルー。


「エイコ、マジで見捨てるの?」


 店主が声をかけているのがエイコだからと、メイは他人事として批難する響のある声を出した。

 エイコはメイににっこりと笑いかける。


「じゃ、わたしが対価を用意したらメイが面倒みる?」

「えっ、あー、うん。ムリね。一人暮らし始めちゃったから、同居したいとは思えないわ」

「でしょ。そもそも連れ帰っていいのかも契約確認してないからわからないし」


 可哀想と同情くらいならいしてあげるけど、そのために自らの不都合は飲み込めない。

 そんなやりとりに、店主は含みのある笑声をこぼす。


「これはこれは手強いお客様だぁ。異世界人は情に厚いと聞いていたんだがぁ、ねぇ?」


 なんか、この人、すごい諦めが悪そう。対価がお金でなくてもいいあたり、金儲けに執着しているようには見えない。

 ただ、幼い子供のように純粋に、貪欲に、面白いモノをよこせと訴えかけてきていた。


「店主さん、火柱おもしれぇとか、思って関わってたりする?」


 よくできましたと褒めるように、店主がうっそりと笑う。鳥肌が立つくらいにはヤバイ人とエイコは店主を記憶する。


「君らが住んでいるのは冒険者ギルド所有のアパートかぁ。なら、住み込み従業員は許可されているなぁ。屋根裏部屋か地下部屋があったはずだぁ」


 住居面の問題を潰しにかかってきている。確認もしていないことをここで信じるつもりはないが、このままだと押し切らせそう。


「今、お金もないし、対価ないよ」

「ウソだなぁ」

「そんなスキルも持ってるの?」

「カマかけただけだぁ」


 ヤバイ。

 いいようにやられてる。

 しゃべりすぎだ。沈黙は金という言葉が脳裏にチラつく。


 よく当たる占い師は客にしゃべらすのが上手い人。それと同類な感じが、この店主からする。


「お嬢さん。おじさんはぁ、おしゃべりを愉しみたいなぁ」


 ニタァといやらしく笑う。完全に遊ばれているし、楽しまれている。

 勝負もしていないのに敗北感を覚えた。


「料理、スキル。カレンちゃん持っているよぉ?」


 エイコとメイのスキルを鑑定しての発言か、またしてもカマかけか。悩んでいたらニマニマと店主は笑いだす。


「調理器具も食材も違う世界で料理は大変じゃないかい? そのあたり覚えさてからの引き渡しでもいいよぉ?」

「エイコ。わたしじゃ対価を出せない。けど、料理ができるようになってくれれば、屋根裏部屋か地下部屋で面倒見てもいいわ」

「本気?」

「どうにもできないならあきらめるけど、見捨てたら気にはなるでしょ」


 どうしよう、メイに比べると善性が足りないようだ。見捨てたところでエイコはあんまり気にならない。

 そんな人もいたな、くらいにしかきっと思い出しもしないだろう。


「料理できるようにさせておくからぁ、来週取りにおいでぇ」


 エイコが返事をしないうちに、買取が決まったような扱いになってしまった。

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