第21話

 借金奴隷は借金の返済ができると奴隷をやめることができる。ただし、借金奴隷は買い取られた先で基本、無給で働いていた。

 よほど買われた先で主に気に入られなければ、奴隷という身分から逃れられることはない。


 中には誠心誠意ン十年働いたら奴隷身分から解放するという契約をする主もいる。だだし、これは過酷な労働条件である場合がほとんどだ。

 意外と短い期間でその手の契約をしてくれるのが娼館らしい。売り上げのいい子は奴隷から解放、悪い子は年取ったら奴隷商に戻されるそうだ。


 なので女は娼館へ行くことを、本人が希望することも多い。上手く金持ちの客に気いいられたら、借金返済をしてもらえる可能性もある。

 そういう劇がいくつもあるそうで、喜劇も悲劇もあるらしい。女が男にこわれてというものが主流だか、男が女にこわれてということもあるそうだ。


「娼館からの自力で奴隷解放はよほど大店で、それなりの期間一番にいないと難しくですけどね」


 家を傾けるくらい男に貢がせた妖婦とか、毒婦なんてものにならないといけないらしい。


 それは、ほとんどの人にとってはムリ。


 奴隷に落ちないことが大事だと理解する。依頼はさけられるが、人さらいは自衛しないとダメだ。

 やっとリラやラミンがいっていたことにエイコはピンとくる。


「荷運びより、獣車を操れて自衛のできる奴隷の方がいいな」


 もともと買う予定もないし、ラミンが断り文句を述べて店の奥から連れてこられていた奴隷を戻す。


「それでしたら犯罪者奴隷になりますね。職業剣士、スキルも剣持ちの腕自慢。元Cランクの冒険者です」

「それ、一〇〇万エル超えるでしょ」

「値段も気になるが、なんの犯罪で落ちた?」

「婦女暴行からの殺人です」

「それ、一時期騒がれてた冒険者だな。立件できたのが一件だけだったヤツだろ。ムチャクチャ大量の余罪があるのに立証出来なかった!」

「そこまてご存知でしたらお安くしますよ?」


 にっこり営業スマイルで告げる奴隷店員すごい。


「そんなパティーメンバー視姦しそうなのに会いたくなければ、メンバーを合わせたくもない。連れてくるなよ」


 ラミンは強く拒否する。なにしろ、同行者が全員女だ。


「連れてくる時は目隠ししますよ。お客様も店員も奴隷も関係なく女性を貶める目をしますから」


 困ったわと、首を傾げる。


「最近匂いでどんな女かわかるとおしゃられるようになりまして、格安でいいので、ダンジョンへ連れて行きませんか? 先程連れてきた奴隷もおまけにつけますよ」

「それは男だけでパティーを組んでいる冒険者に言ってくれ。ウチは女がいるからダメだ」


 奴隷の首輪は行動制御に使われており、犯罪奴隷は解放されることもないので、行動制御のための入れ墨も使われている。

 しかし、そうやって行動を二重に制御したところで、思考までは抑制できない。


「残念です」


 妙なモノを売りつけられないうちに店を出た。


「奴隷商がダンジョンへ連れて行けなんていう奴隷はどんなに安くても買ったらダメよ。あれ、処分してくれってことだから」

「公開処刑が妥当だったが、公開処刑だと罪状の読み上げで被害者の名前がさらされるからな」


 奴隷商としては警軍から受け取りはしたが、死なせるわけにもいかなくて飯代ばかりかかる負債になっているようだ。

 半年くらい前に捕まったと騒がれていて、一年以上前からヤバイとウワサのあった冒険者らしい。

 そんな者に関わりたくはないし、処刑執行人の代行者のようにダンジョンへ連れて行くなんて誰もやりたがらない。

 その結果、奴隷商を住処に生き延びているそうだ。


「自衛が大事なのは理解した」


 あと、優しくない世界だとも思う。闇深い世界には関わりたくないけど、奴隷商は大通りに店を構える大店だ。

 奴隷というものが、ここでは普通の商品として認められている。


「もう一軒いくわよ」


 酔っ払いの発言のようだ。そういう人、見たことある。なんて思いながらリラについて行く。


 先程の店は幅ひろい客層に対応しているが、主力商品は富豪相手の従業員や下働き用らしい。

 普段はあんな処理待ち奴隷なんていないそうだ。それは三軒目あたりで、教えるつもりだったらしい。

 初っ端にいたので、二軒で止めるそうだ。


 そうして向かったのは通称奴隷商店街。名前のとおりに奴隷商が軒を連ねる通りだ。奴隷調教用の道具なんかを専門に扱っている店もある。

 ここにある店のほとんどは公正奴隷取引証なんて持っていない。持っている方が奴隷商としては少数派。それでも、違法というわけでもなかった。


 先に行った奴隷商。大通りにあるだけあって見た目がよかった。変な匂いもしないし、連れてこられた奴隷もガリガリに痩せてもいない。

 この通りにいると、そんなことに気づく。


「ここより待遇の悪い奴隷商ってあるの?」

「いくらでもある」

「ここまだ、完全に合法だから」


 三軒目に行くつもりでやめたところが合法と非合法が混ざり合うグレーな店で、さらに世の中には人さらい専門みたいな真っ黒な違法奴隷商もいる。

 奴隷は基本、所有者が衣食住を保証しなくてはならない。

 そのなかでも期間奴隷は出稼ぎ労働者に扱いが近く、心身に傷を負わせるようなことをしてはいけないといった決まりもある。


 この期間奴隷に人気なのが、公正奴隷取引証のある店だ。日雇いの荷運びや庭の草むしりなんていうのに半日や一日限定で買われていくこともある。

 農繁期に農家へというのも多い。


 人材派遣業に近い部分もあるようだ。


 だだ、奴隷は奴隷。殺されても器物破損であり、殺人ではない。

 奴隷を守る法律は違反しても罰せられることは少ない。たまに罰せられたとしても罰金刑くらいしかなかった。


 どんな相手に買われるか、奴隷に選択権はない。しかし、買われたらヤバイ人というのはいる。

 冒険者も奴隷の主としては当たり外れの振り幅が大きい。パーティーハウスの管理なら、掃除洗濯料理といった家事を行っていれば済むが、ダンジョンの中に連れて行くような主だと緊急時には生きた盾としてモンスターの足止めを命じられる。


 行動制御のせいで逃げることもできないまま、勝てないモンスターと相対することとなり、そういった者は奴隷商の常連客に多い。


 男一人に女三人の冒険者。成人したばかりから二十代前半の年頃で、奴隷商の常連ではなさそう。年若い者にいたって場慣れしていない様子が見て取れる。

 ちょろい主として、奴隷たちが自らを売り込み始めた。


「な、何事?」

「奴隷になめられたんだよ」

「こいつが主ならラクできるって」

「ああ、じゃ、聞こえるように条件言えばいいのかな?」


 エイコが首を傾げれば、リラが先をうながす。


「たとえば?」

「小汚い男は家に入れたくないし、いらない」

「小狡いのが透けて見えるのは嫌」

「二人とも口が悪いな。かわいそうと同情されるよりはいいが」


 昔、召喚された勇者や聖女が、奴隷制度を廃止しようとして大混乱に陥った時代があったらしい。

 犯罪奴隷と戦争奴隷は奴隷解放するなら殺すしかなく、彼らが担っていた危険作業を誰が担うかという問題もある。

 当時の勇者や聖女は人気があったらしく、賛同者も多かったそうだ。しかし、現代においても奴隷は存在している。

 一過性の思想で終わったらしかった。


「女の子の奴隷いるよぉ。興味あるかぁ?」


 怪しい男が怪しげに声をかけて来る。薄らと浮かべている笑みが、この上なく胡散臭かった。

 

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