第15話

 マナポーション。

 魔力回復薬の名称であり、ハイポーションより希少性の高い薬。

 ダンジョンボスを前にして撤退する冒険者の多くは、ポーション切れか魔力切れが理由になっている。


 魔力が半分以下になる前に撤退しろという助言は、魔力を回復させる手段が自然回復しかないのが理由だ。

 マナポーションが有ればダンジョンの攻略の仕方が変わる。


 武器を扱う戦闘職の者も武技と呼ばれるものを使えば、魔力を消費するため、フレイムブレイドの面々もダンジョンボスを前にして撤退を選択するしかなかった悔しい過去は何度もあった。

 そんな冒険者の思いをエイコは理解していない。


「とりあえず、できるか試してみます」


 先に封入瓶を作り、続いてマナポーションを作る。マナポーションの作り方は材料となる薬草が違うだけで、ポーションと作り方は同じ。

 失敗する想像なんてできなくて、錬金鍋に素材と水を雑に入れて蓋をする。それから魔力を流せば出来上がり。

 蓋を開けて鑑定すれば、予定通りマナポーションと表示され、水魔術で瓶詰めした。


「買いますか?」

「買いたいが、すぐに払えるほど手持ちがない」

「じゃ、売らずに取っておくので、後日でいいですか?」


 朝早かったし、運動もいっぱいしたので正直眠い。エイコが眠いと主張すれば、メイも同意してくれた。

 リラとラミンに送ってもらい、アパートに帰る事にする。


 帰り道、明日の昼くらいに会う約束をして、それまで収納アイテムは借りておく。収納のアイテム、本来借りるなら補償金がいるらしい。

 何にもなしで貸してくれているのは、良い関係でありたいというのもなくはないだろうが、実力行使で回収可能だという強者の余裕もある。


 少々魔術が使えても生産職は弱者だ。

 

 暗い夜道に街灯はなく、月や星を明るいと感じる。二つの月に無数の星、知らない景色がそこにはあって、異邦の地だと実感した。

 夜空さえ違う地で、帰ることのできない故郷を思う。彼の地では夜道も今ほどの怖さはない。

 明るくて賑やかで、夜の闇を意識することなんてなかった。


 男一人に女三人。さほど距離はないのに二度ほど絡まれ、酒が入って会話の通じない男たちをリラが実力で黙らせて先へ進む。


 女って絡まれやすいのかな。エイコは男装すべきか真面目に検討する。

 夜なら暗いし、顔がどうかなんて確認もできていないはずだ。服装を男に寄せることで避けられるトラブルがあるならやるべきだろう。


 無事アパートにたどり着くと、門番に門を開けてもらった。門限はないが、遅くなる時は連絡が欲しいと言われる。


「では、また明日」


 中庭にはメイと二人で向かった。

 囲われている方が安全。そう言われたことを不意に思い出す。


 そうか。この世界は、この町は安全じゃないのか。


 暗いのは怖い。夜道も怖い。男も、人も怖い。


 このアパートはまだ怖いと思った事がないけれど、ここは怖くないように守られている。

 安全に寝られる部屋を得る代わりが、ポーション作り。定期収入にもなるから、それだけやっていれば、この町で生きていけるだろう。


 でも、錬金術は自分の持つスキルの一つでしかない。作りたい物はそれじゃないと、心が騒ぐ。

 この世界の職業は欲求だ。


 神々に与えられた仕事。所持しているスキルが使えと訴えてくる。

 レシピが増えるのは喜びで、ダンジョンへ行けと促されているようだ。


「メイ。ポーションさえ作っていたら生きて行けそうだけど、ダンジョン行く?」

「この世界の布、高いよ。たくさんの布を使った服が富の証にされるくらい。わたしが望むだけ布を手に入れたかったらダンジョンへ行くしかないわ」


 メイは元の世界で流行は意識していたけど、服作りなんてしていなかったはず。彼女もまた、スキルに使えと訴えられているのかもしれない。


 ノロノロと三階まで階段を登り、それぞれの部屋に入る。エイコが借りて来た収納アイテムは指輪で、無くさないように左手の人差し指にはめたままにしておく。

 シャワー浴びたいけど、タオルがない。手拭いみたいなのはガチャで出たはずだが、探す気にもならなくて魔術の清潔で終わらせる。


 部屋の中を照らすのはランプの灯りだけ。座るところがなくて、使われていない暖炉に腰掛ける。

 暗いと思っていたら、火魔術が使えと反応していた。照らしてと願えば火の玉が三つ浮かぶ。


 部屋のドアが見えるくらいには明るくなった。身体はもう動きたくないほど疲れているのに、妙に頭が冴えてしまって寝れそうにない。

 エイコは自らの欲求に従い、収納ブローチを作ってしまう事にする。

 新たな収納アイテムにしまってしまえば、明日の昼までに部屋の片付けなんて考えなくてもいい。


 魔銀と魔石。

 材料はもうある。


 錬金術で形を整えて、魔法陣スキルで魔法陣を刻みつけ、二つをくっつけるだけ。素材さえ有ればお手軽だ。

 鑑定すれば容量は約七〇〇㎥。

 腕輪の収納よりちょっと小さい容量だ。


 火魔術が再び主張する。焼入れして作れと訴えてきた。魔銀を火魔術で加熱しながら錬金術を使って形を作り、魔法陣を刻もうとしたら、闇魔術が主張する。

 魔法陣に闇魔術を付与して刻みつけた。


 二つをくっ付けて完成品を鑑定すれば、容量約二七〇〇〇㎥となっており、エイコは笑い出す。

 二度見するくらいにはケタが増えていた。


 たぶん、スキルってステータスの上にあるほど主張が強い。そういう意味では水魔術は大人しいしが、火や闇ほど使いこなせない気がしている。

 付与魔術のみに限定するなら、どんな属性でもできそうな感覚もあり、魔術スキルのある属性の方が少し使い易いくらいの差しか感じない。


 フレイムブレイドの面々は武器への付与を期待していそうだっだが、エイコの職業としとは、最大値で効果を発揮できるのは武器じゃない。やれなくはないだけ。ポーションと同じ。

 お金を稼ぐ手段であり、好むところではなかった。


 取引相手がフレイムブレイドだけでは足りない、かな。今日あった同郷の三人組はキープして、フレイムブレイドと同くらいのパーティーと取引したい。

 今のままだとフレイムブレイドの都合に振り回されてしまう。


 契約更新するかどうかはともかくとして、四ヶ月後にフレイムブレイドに依存している関係にはなっていたくない。

 安全だけを求めて、囲われて生きるのは向いていない自覚がエイコにはあった。この町に不慣れな今は、手助けをありがたいと感謝できる。

 でも、この町で暮らす事に慣れたあとは、きっと息苦しくなってしまう。


 元の世界で、良い子良い子と言われていたけれど、いつの頃からか褒められているとは思えなくなってしまった。良い子良い子は都合のいい子。そう思ってしまうと、学校に行くのが苦痛になった。

 苦痛に耐え切れなくなって学校をサボる癖ができ、それでも良い子と言われてしまう。


 なんか、サボりが連絡ナシの病欠みたいに思われていた。目立つ問題を起こさなければそれでいいのかと、冷めた気持ちになったのを覚えている。


 ポーションにマナポーションに武器に付与魔術。それはフレイムブレイドにとっては都合のいい子だ。

 けれど、どれもエイコにとってよい仕事ではない。魔導技師としてはどれもオマケでしかなく、満足できる仕事じゃなかった。

 四ヶ月、契約の切れる一〇〇日後。エイコはフレイムブレイドに感謝したままでいられるだろうか。


 ケンカ別れしたいわけではないし、できるなら仲良くしていたい。でも、アレしろコレしろと命令されたくもない。

 ポーション以外の物については契約しない方向でいこう。今回作ったマナポーションは売る約束をしたから応じるが、今後については保留にする。

 武器類に至ってはまだ何も言われていないから、文句を言うべきことはない。


 疲れで思考が暗くなっていると、自覚する。だいたい寝ればマシになると、経験則で理解していた。


 ランプを消し、火の玉に囲まれて寝室に移動する。身体を締め付ける物を取り除くと、横になった。

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