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「まず、最初は100m走ですわね!」


 俺こと遠藤、犬神ちはる、雨宮こなたは、椅子に座って、100m走出場予定である筋肉メガネ・小林の応援をしようとしていた。


 俺たちは100m走を出場種目に選んでいないので、のんびりしている。

 ちはるはクラスメイトからもらったお菓子をバクバクしていた。


 この競技を選ぶのは運動会ガチ勢だけだ。

 俺は別に出てもよかったが、うちのクラスはガチ勢が多いため、枠を譲ってあげた。


 そこで、わーっ! と自分のクラスから歓声が上がる。


 小林――――登場。


 メガネは怪しく光り、全身から闘気が溢れて、今も尚膨れ上がっている……。


「…………」


 完全にゾーン状態に入っているようで、一言も声を発していない。


 校庭が騒然とする。


「なんだあいつは!」

「バトル漫画かよ⁉︎」

「どんな筋トレしたらあんな肉体になんだッ⁉︎」


 戦闘モードのためか、小林の筋肉はバキバキに存在感を露わにしていた。


 競争相手をヤル気かお前は。長閑な運動会だぞ。


 競争相手は三人いる。


 雨宮こなたがごくりと喉を鳴らした。


「見て、全員顔つきがちがいますわ……」


 皆、無表情。

 明らかに何人か葬ってきた者たちの顔だ。


 運動会をなんだと思っているのだ。バカなのか。


「小林を倒すために体を作り上げてきたやつらだ。面構えがちがう」


 俺が瞳を細めて小林の身を案じると、犬神ちはるが隣でプシュアッと炭酸をぶちまけてしまった。


「遠藤〜」


 涙目でべたべたになった体を拭いてとお願いしてくる。


「ったく」


 俺はハンカチでちはるの手を拭く。


 ちはるがふわふわの胸を手に押し当ててきたので、俺は仰天したのち、雨宮にパスした。


「こなた、拭いてやれ」

「いい、自分で拭く……」

「自分で拭けるんなら、遠藤くんに甘えないで最初から自分で拭きなさい!」


 いつものやりとりに、俺は安堵しつつも苦笑する。

 そして、小林がいざ出走を始めんとしていた。


「いちについて! よーい!」


 小林を打ち倒そうとする者たちの心の声が届いてくるようだった。


 それくらいの緊迫感である。


 パンッ!


 スターターの音が爆ぜた。


 走者は一斉に、クラウチングスタートを解除――ッ!


「「「「⁉︎⁉︎⁉︎」」」」


 そのレースを見ていた全校生徒、教師が唖然とする。


 地面が爆ぜた。


「「「のわッ⁉︎」」」


 小林の競争相手は砂煙に巻き込まれる。


 まるで虹色の背景の中、スピードスケートを楽しむような速度で、小林はすでにゴールしていた。


「い、今のなんですの……?」


 雨宮こなたは呆然としている。


「……いや、最初の『『『のわっ』』』で全員持ってかれてんだろ……」


 俺が冷静にツッコミを入れると、「たしかに……」と犬神ちはるも同調した。


 小林にその気はないと思うが、砂煙に巻き込むのは卑劣である。


 校庭がざわめく。


「さすが、小林。もはやレースにならなかったか……」

「今頃、競争相手がゴールしたぞ! 泣いている……」

「目に砂が入っただけでは……?」

「なんだあの少年、バケモノか……⁉︎」


 バケモノか、ではなくてふつうにバケモンである。

 面白かった。

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