魔法屋へようこそ!
浅葱
魔法屋へようこそ!
「おや、珍しいお客さまだ。いらっしゃいませ~」
不思議な店の話を聞いた男がある路地に足を踏み入れた途端、そんな軽い声がしたと思ったらいつのまにか妖しげな店の中にいた。
「!?」
「ありがとうよ兄ちゃん! またな!」
「はーい、またのご利用をお待ちしておりますー」
男が驚いている間に先客らしき男が手に何かの札を持って立ち去って行った。その札には……。
「”メシウマーイ”?」
横目で見ただけだが確かにそう書いてあったと思われた。
「おやー? お客さん目がよろしいのですねー」
「……ここはなんの店なんだ?」
いささか暗い店内の棚には所狭しと色とりどりの札が並べられている。その札にはいろんな言葉が書かれているようだった。
「”魔法屋”でございますよ、お客さま」
「”魔法屋”?」
カウンターの内側にいる青みがかった黒髪の青年が軽い調子で言った。
「みなさまの生活をほんの少しサポートする為の魔法を売っている店でございます」
他国出身の男にとって魔法は身近な物ではなかった為目を丸くする。
「ほう……では先ほどの客が持っていた”メシウマーイ”とはどんな魔法なのだ?」
「本当は他の客さまの情報は言いたくないのですが見られてしまいましたしね……。先ほどのお客さまは新婚でしてね。どうも奥さまの手料理がイマイチらしいのですよ。それでご自身がおいしく食べられるようにとお買い求めになられたのです」
「はぁ……無事結婚できても苦労があるのだな……」
独身の男にとっては未知の世界である。男はなんともなしに棚を眺め、”メシウマーイ”と書かれた札を見つけた。その隣に……。
「おい、店主。この”メシウマスギテ、ナミダチョチョギレール”とはどんな魔法なのだ?」
「ああ、それは”メシウマーイ”を使用してもおいしく感じられないほど壊滅的な料理に対して使用できる魔法ですよ」
「……どんだけだ!?」
それほどマズイ料理を作る嫁とはどんな嫁なのだろうかと冷汗をかきつつ、男はその上の棚を見る。
「店主、この”ミタメステーキ”とは?」
「お客さまお目が高い! それはけっこう万能な魔法でして、ひどい見た目の料理からブサイクな夫など対象物を限定して使用できるものです。最近ではデブな高利貸しに騙されて泣く泣くお嫁に行くことになったお嬢様が大量にお買い求めになりましたね」
「なにそれけっこうシビア」
「主に年の離れた相手と政略結婚しなければならなくなったお嬢様に人気です。もちろん化粧に騙されて結婚した色男なども例外ではありません」
「……結婚する前に、相手はよく吟味しろということか……」
まずその結婚してくれる相手がいないんだけどな……と黄昏ながら男は呟く。
「ということは”ミタメステキスギテカンドウシチャーウ”というのはその強力版と考えればいいのかな?」
「そうですね。めったにありませんが魔物の花嫁になるお嬢様もいらっしゃいますので、無事恐怖を感じず初夜を迎えられるように処方する場合もございます」
「それ、生贄って言わないか?」
「まぁでも魔物はアッチがなかなかうまいらしいので、効き目が切れた頃にはみなさまメロメロになっているのでいいんじゃないでしょーか」
「やっぱりうまいのは重要なのだな」
その相手がいればの話だけどと一人ごちて、男はあることに気付いた。
「そういえばその”魔法”の効力はどれほど続くんだ?」
「ああ気付かれてしまいましたね。商売ですので一つの魔法につき効力は大体一週間ほどです。中にはそれほど頻繁にお買い求めになれないお客さまもいらっしゃいますのでオプションで期限を延ばしたりすることもありますが、もちろん有料です」
「なかなかボロい商売だな」
「お褒めに預かり光栄です」
褒めてはいないのだが、と思いながら男は他の棚も眺めた。
「店主、この”ヤサシクナール”と”チョウヤサシスギテホレチャーウ”とはどういう魔法なのだ?」
「それは相手が優しくなる魔法ですね。主に結婚したら豹変して暴力的になった夫を持つ奥さまとか、子どもが年頃になって反抗的になって包丁を持ち出すようになったなんてご家庭のお買い求めが多いです」
「夫が暴力的ってそれDV(家庭内暴力)だよね!? 包丁持ち出すってそれもうヤヴァイよね!?」
「まぁあとは結婚したら夫がS(サド)で普通のHをしてくれないと嘆く奥方さまが強力版を買っていかれましたね」
「……やはり女性はH時も優しい男を求めているのだろうか」
「そこらへんは人によるんじゃないですかねー? ”ゼツリンニナール”とか”ヤンデレニナール”とか買って行かれるお嬢さまもいらっしゃいますし」
「ヤンデレって下手したら殺されるんじゃ……」
「一応新聞は目を通してますがそういった記事は今のところ見たことないですねー」
男はほっとして奥まったところにある棚にも目を向けた。
「? 店主、この”アス”とか”コンヤ”とか”ミッカゴ”とか書かれているものはなんなのだ?」
しかもそれらの札の下に書かれている値段は他のとは違って随分と高め設定に見える。
「ああそれは指定魔法でして。例えば”ミッカゴ、オット、コロース”とか大体暗殺目的とかに使用されますねー」
「夫暗殺ってそれモロに犯罪だよね!?」
「さすがに身分の高い人を暗殺できるほどの魔法は使えないので主に身近な人に限られますけど」
「それでもフツー捕まるよね!?」
焦っている男に店主である青年はにっこりした。
「ご心配ありがとうございます」
心配とかではないのだがと思った時、店の表の方が騒がしくなった。男はなんだろうとそちらへ顔を向ける。
「おや……あと10分持てばお客さまに”エンケイダツモウショウガナオール”をオススメしようと思ったのですが。思ったより警吏が来るのが早かったですねー。ではまたの機会にお願いしますー」
「え!?」
”エンケイダツモウショウガナオール”と聞いて振り向いた男の前にはもう何もなかった。正確には、男は先ほどのなんでもない路地の中ほどに立っていた。
「……なんなんだ?」
そう呟くと、後ろから大勢の男たちが走り込んできた。
「やい”魔法屋”! 今度という今度は逃げられんッ……ってまた逃げられたーーーー!!」
一番前にいる役人然とした男が絶叫する。そして目を丸くしている男に、
「おい! 貴様”魔法屋”を見なかったか!?」
と偉そうに聞いてきた。
「……”魔法屋”ってなんですか?」
内心冷汗をかきながら男が聞き返すとじろじろと見まわされる。
「ああ、他国の者か。それでは仕方ない……」
そういうと男たちはまた走って路地を出て行った。男はゆっくりと路地を出る。そして興味津々で周りの店から顔を覗かせている店員の1人に尋ねた。
「何かあったのか?」
「ああ……なんでも暴力夫に”ミッカゴ、オット、コロース”って魔法を使った奥さんがいるらしくてね」
(本当に使ったのか……)
男の背筋が寒くなる。
「……で、その奥さんはどうなるんだ?」
「事情が事情だけに実家に帰されるだけだと思うよ。それよりまた”魔法屋”の罪状が増えたなぁ」
「ほう……ありがとう、その花をもらおうか」
「毎度ありー」
情報料として花を買う。
どうやらこの国では”魔法屋”という商売が受け入れられているようだ。
それにしてもどうしてあの店主は男が円形脱毛症に悩まされているということを知っていたのだろうか。
「……買いたかったな」
次店を見つけることができたら今度こそ買い求めようと男は切実に思った。
おしまい。
ーーーーー
こんな物語もかつて書いておりました。楽しんでいただけたなら幸いです。
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