第4話 秋風月

今日はいろんな事があった。

顔に出ないように気を付けながら帰路についた。

寮に到着して自室に入って、荷物を置いてネクタイを少し緩める。

一日分の溜息をまとめて吐き出し、深呼吸。

「すぅー、はぁー」

今日の惨事を思い返すと、背筋に氷の針が通り抜ける感覚。

特に最後の獅子神さんの言葉が、ほぼ脅迫だった。

つかの間の休息も終わり、体操着に着替え部屋を出る。


「よし。響も来たみたいだし走り込み始めるか」

「「おー」」

鷹野君の合図でゆっくりと走り出した。

こっちに来てから三人で始めた走り込みは僕の体力向上のため。

この島の人間は、日頃からサバゲーさながらの銃撃戦や刀剣での試合を行っている為か身体能力が異常発達している。

そのため、移島民はフィジカル的に圧倒的な格差を持っている。

「響ー遅いぞ」

「ごめん。ちょっとキツい」

マジできつい。

寮のまわりを走っているが、速さも距離も想像の二倍は速い。

体力とかは人並み程度にはあるはずだが、ここまで差があると自信を無くす。

結構先で余裕そうな鷹野君と獅子神さんとは対象的に大粒の汗を流し、息を切らして

限界を迎えそうな僕。

両膝に手を当て、息を整えていると視界の先でこちらに駆け寄ってくる獅子神。

「響君・・・」

獅子神は目の前で立ち止まると、言葉に冷気をまとわせて

「行こう?」と呟く。

「はい」


10周のノルマが終了し、フロントのソファで限界を迎えた体を休ませていると

少し間隔を開けて、鷹野が隣に腰掛ける。

「ふぅさっぱりした」

石けんの香りを漂わせながら、頭をタオルで拭く。

他愛のない会話をいくつかしていたら、返事が急に帰って来なくなった。

心地よさそうな寝息が聞こえる。

自分もそろそろシャワーを浴びてこなくちゃ。

顔に被せたタオルを拾い上げ、立ち上がろうとすると

「?」

寝息を放つ鷹野君の開いた口に、ぽたりぽたりとタオルから絞り出したしずくを落とす獅子神さんがそこにはいた。

思考が止まり、虚構を覗く感覚を味わいながら、

謎が今、一つの確証に固まりつつあった。

しかし、金色の獅子は僕を獲物として捕らえた。

胸ぐらを掴まれる感覚。

「たすけ」

助けを求めようとするが、バチンと平手打ちを受け遮られてしまった。

少し廊下を引きずられ備品室に投げ込まれる。

薄暗い備品室の扉を背に獅子神さんは今までに見たことのない真顔でこちらを見つめる。

その眼光はわずかな光すらも飲み込む深黒を彷彿とさせる。

「ねぇ響君・・・・」

声色には普段の優しさの欠片もない、殺意に似た静かな冷気。

「さっきの・・・見てたよね?」

「み、見ていません」

虚偽の答えは震えて伝わる。

「そっか・・・・」

納得したのか、これからどうするのか考えているのか。

しばしの沈黙が空間を包む。

「誤解が無いように言っておくけど」

静寂を切り裂き、獅子の咆吼は勢いを増し、衝撃は想像だにしていないほどだった。

「大地は私にとって、主食です!!!」

理解や想像の範疇を超え唖然としていると、慌てたように獅子神は訂正をし始めた。

「もちろん、性的にだからね」

「そりゃあそうだろうよ!!」

逆に物理的な意味だったら恐いよ。いや、今でも十二分に恐いけど。

「つまり、鷹野君が好きって事でOK?」

「そ、そっそういう感じじゃぁぁ、、」

急に瞳は泳ぎだし、体を抱きしめるように腕を引き寄せ、紅に染まる顔をそらす。

急に乙女になったな、超肉食系美野獣女子。

「私は幼馴染みの大地に常に私のことを考えて欲しいの」

恋する乙女らしい気持ちを聞き、まともな理由で良かったと安堵していると

「あわよくば、大地の体も物理的に私色に染め上げたい!」

この変態に、理性は無いようだ。

急に表情が暗転した所を見るに、一応多少の罪悪感はあるのだろうが、

頬が染まっているので興奮もしている。

「支配したいし、支配させたい」

「主導権は握っていたいんだ・・・」

「大地の整った顔を歪めて、普段の優等生じみた外面を無理矢理引き剥がして、

本音しか話せないようにして、苦悶に染まる大地の心身を蹂躙したいって思っているだけだよ」

だけだよじゃねえよ。なんでそんな歪んでんだよ。

「分かる?この複雑な乙女心?」

「スミマセン。よく分かりません」

分かりたくありません。

乙女というには、あまりにも業と闇が深い。

こんな性癖大展開を発動されては、こちらが出来る事は無い。

おとなしく機会音声のように相づちを返す。

だが、今までの異常行動のつじつまが合った。

「もしかして、さっき学校でクラスの女子三人をノックアウトしていたのも」

「うん。大地の近くをうろついていてウザいって絡まれて」


「こっちの台詞なのにね」


「じゃあ鷹野君の口にタオルから絞った汗の水滴を落としていたのも」

「私の趣味」

歪んでいる。

異常なまでの鷹野君への執着心に似た綱渡りのような不安定感と危うさ。

万華鏡のように移り変わり、激しく明滅する表情。

精神に何らかの疾患を疑ってしまう。

「じゃ、じゃあ・・僕にぶつかって怪我させてていたのは?」

恐る恐る顔色をうかがうように聞いて見る。

「あれは、偶然だよ。ごめんね」

表情と声色、耳を触る仕草がない様子から本当の様だ。

「いつもみたいにどっか行って心配させたかっただけだったんだけど、

事故ってぶつかっちゃった」

「そ、そう」

いまだに困惑をしている中、獅子神さんを観察していると。

・・・・・あ!そうか、その手があった!

という顔をしたので、僕の余命は割と近いらしい。

そして、今になって理解出来た。

文武両道、品行方正、人当たりが良いキャラで生活している上、

鷹野君にばれないよう人気の無いこの部屋で話し始めたということは。

「で、お願いなんだけど」

予想通りだった。

「私の恋の手伝いをして!」

言葉だけ聞いているとおかしな所はないんだが、

蛍光灯片手にしてたらただの脅迫だよ。

ここから逃げることも叶わない状況で、自動的に選択肢が「はい」に限定されているので考える事も無く「はい」と返した。

この悪魔の契約で僕は二人のキューピットになった訳だが、

難航に難航を重ねるのは今はまだ知らない。

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実験動物の月明かり 浅田 時雨 @74932015

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