第3話
「班長さん? ああ、団地の。うん、会ってきたよ。しばらく総会へは出席できませんって……いや、詳しくは話していないよ。すぐに退院するからお見舞いもお断りしていますって伝えておいたよ」
千晶は
「いや、知らないよ、いつ退院できるかなんて。私お医者さんじゃないんだから。でも、まだちょっと不安なんでしょ? 私だってずっと看病なんてできないから、せめて自分のことは自分でできるくらい回復してからで良いんじゃない? 焦って出たって良いことないよ」
国道を曲がって再び市道へと入る。後続車はそれでもぴったりと付いたまま、まるでレールを走る列車のようにこの車と一緒に曲がってきた。同じ方角へ向かっているのか。別に専用の私道でもないのだからおかしくはない。ただ付きまとわれるような薄気味悪さを感じていた。
「ごめん、母さん。もう本当に到着するから、話はまた週末にね。うん、そっちへ行くから。時間は、ええと、分かんない。また決めて連絡する。母さんも欲しいものがあったらメールして。え、電話? 電話でも良いから。とにかく切るよ。はいはい、じゃあね」
千晶は右耳のイアホンマイクに触れて通話を切る。と同時にシートベルトが緩むほど大きく溜息を
母は乳ガンを
大病は人の性格をも変える。昔から口うるさくてお節介焼きな母だったが、気が強くて頼もしく、細かいことにはこだわらない性格をしていた。それが近頃はいつもどこか不安げで落ち着きがなく、
千晶はやるせない気持ちを抑えるようにハンドルを握り締める。できればもっと長く付き合ってやりたいが、仕事があり、家族もいる身の上ではずっと一緒にいるわけにもいかない。ただ母に残された時間もそう長くはないかもしれない。恐らくこの夏は乗り切れるだろうが、年をまたいで春を迎えられるかどうか……。
突然、すぐ近くでけたたましいクラクションの音が鳴り出した。
千晶は車を走らせながら目を大きくして辺りを
ルームミラーには銀色のフロントグリルが
背後から声を上げて
ちらりと見た後ろ姿は真っ黒な大型のバンで、やはり初めて見る他人の車だった。
施設の駐車場に車を
三
【8月20日 午後4時6分 特別養護老人ホーム『紀豊園』】
老人ホームに到着した千晶は車を降りて駐車場から施設へ
「失礼します。『きたまちケアタクシー』の芹沢です。
やや小走りで施設に入り、受付で名乗って待機する。エントランスも病院の待合室に似ているが、
「あら、芹沢さんじゃない」
通りがかった一人の職員が立ち止まって声を掛けてきた。大柄で太め、頬の張った丸顔に穏やかな笑顔を浮かべている。たしか
「久しぶりねぇ。どうしたの? 今日はこっちの担当?」
「わぁ、ご
千晶も嬉しそうに笑顔を見せてお
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