第5話 鉄と雷

 雷撃を纏った璃空は超速で奏城の懐に潜り込み、ガラ空きの腹部に雷撃を纏った拳を放つ。

 確実な一撃。確かな手ごたえがあった。

しかし、顔を歪めたのは奏城ではなく、璃空の方だった。


 「ぐぁっ!!!」


 全ての衝撃が自分に跳ね返ってくるような痛みが、腕を駆け抜け、骨が軋む音がする。

 奏城は特にダメージを受けた様子もなく、退屈そうに璃空を見下していた。

 動揺する璃空の視界に、雷によって焼け焦げた奏城の服から、銀白色に変化した肌が映る。


 「鉄……!?」


 「ご明察!!」


 奏城は全身を鉄に変え、意趣返しのように、璃空の腹部に拳が炸裂する。


 「かはっ……!!」


 重い一撃が璃空の腹部に直撃し、骨が折れる音がする。


 「どうだ。骨身に響くだろ? これが俺の能力、『鉄心ノ構エ(アダマンタイト)』だ」


 どうにか痛みに耐え、反撃しようとしている璃空の足を蹴り飛ばす。


 「ぐぁっ!!」


 脚の骨が軋む音が聞こえ、激痛に璃空の身体がよろめく。

 その隙を逃すまいと、後ろに控えていた隊員の一人が斬りかかってくる。

 それを間一髪で躱すものの、上空からの弾丸への反応が遅れてしまう。

 弾丸は璃空の身体を掠めて地面に穴を開けた。

 傷口を押さえながら、璃空は後ろの壁まで後退する。


 「避けたか。ちょこまかと目障りなやつだ」


 「ちっ……! 厄介なコンビネーションだな。だったら──」


 璃空は、まず先に厄介な狙撃手たちを倒そうと、足の痛みを堪え、壁を駆け上がろうとする。


 「ああ。そうすると思ったぜ」


 だがその行動は、当然奏城の想定通りであり、壁を駆け上がった璃空の目の前には、既に攻撃の体勢に入った奏城がいた。

 奏城の鉄脚が、璃空を地面に叩きつけ、追い打ちと言わんばかりに弾丸が襲い掛かる。


 「くそっ!!!」


 激痛に耐えながら璃空は無理矢理体を動かして、弾丸を回避する。

 だが、折れた骨が悲鳴を上げ、その場から動けなくなってしまう。


 「どうした、その程度か?」


 そんな璃空に追い打ちをかけるように、璃空の身体が蹴り飛ばされる。

 折れた腕を咄嗟に持ち上げることで鉄脚を防ぐが、腕の骨は粉砕されて完全に動かなくなる。

 どうにか状況を立て直さないと、このままでは何も出来ずにボロボロにされて終わりだ。

 形勢逆転の一手を打つために、璃空は手に集約した雷撃を地面に流し、それを無差別に花のように咲かせていく。

 自身の足元に雷撃が集まるのを察知した奏城は少しだけ距離を取って様子を見る。

 花は至る所に咲いており、奏城と背後の部下を分断する位置、狙撃手の視界を遮る位置にも咲いていた。


 「……おい。栗花落と自分の身を守ってろ」


 「隊長?」


 璃空の意図を察知した奏城は小さな声で、部下たちに自身の身を守るように指示を出す。

 疑問に思っている部下たちにそれ以上何も言わず、璃空にとどめを刺すべく向かってくる。


「雷鳴散花(らいめいさんか)!!」


 そんな奏城を止めるために、璃空は方々に咲いた花を散らせる。

 花として固定されていた雷撃は、その状態を解除されると、行き場を求めるように縦横無尽に駆け抜けていく。

 軌道の読めない雷撃で奏城たちの行動を封じているうちに、大技を仕掛けようと璃空は考えていた。

 しかし、奏城はつまらなそうな表情で璃空を見つめると、そのまま一直線で突っ込んできた。


 「なっ!?」


 奏城は、自分に向かってくる雷撃を全て逸らすと、隙だらけの璃空を蹴り飛ばした。

 防ぎようのない一撃に、受け身も取れずに地面を転がった。

 蹴りが命中した場所を苦しそうに押さえながら、致命傷になっていないことに疑問を覚える。

 今の一撃は、何故か先ほどまでの一撃とは蹴りの重さが違ったのだ。

 璃空が顔を上げると、そこにいた奏城の皮膚は最初に会った時と同じ普通の皮膚に戻っていた。


 「ちっ。能力を解除してなかったら、今の一撃で終わりだったんだがな」


 奏城は雷撃が直撃した瞬間、その箇所に纏っていた鉄を弾けさせることで、雷撃を躱して見せたのだ。

 そこで璃空は悟ってしまう。

 自分と目の前に立ちはだかる彼らとの戦闘経験の差を。

 たかが高校生と異能犯罪者と戦い続けてきた異能者。

 二つの間に立ちはだかる壁は大きく、簡単に勝てるならこの世界の秩序はとっくに崩壊していただろう。


 「このまま殺してもいいんだが、気絶させてあの人食い鬼を釣る餌にするのもありだな」


 再び自身の身体を鉄で覆った奏城が、璃空の元にゆっくりと近づいてくる。


 「お前はどっちがいい? 友人のために死ぬか、俺たちに協力するか」


 「……どっちも、お断りだ」


 「そうか。残念だ」


璃空は奏城が突きつけてきた選択肢を一蹴して、彼を睨みつけた。

その答えに、奏城は楽しそうな顔をして部下に攻撃準備を命じる。

隊員たちは動けない璃空に、刃と銃口を突き付ける。


 「じゃあな、クソガキ。──やれ」


 奏城の一言で、隊員たちは刃を振り下ろし、引き金を引こうとする。

 だが、璃空の元に降ってきたのは弾丸ではなく、壊れた銃だった。


 「は?」


 その場にいた全員、何が起きたのか分からず呆然と上を見上げる。

 璃空たちが上にいる隊員を視界に捉えたのと同時に、屋上の三人はその場に倒れた。

 そして、そこにはフードで顔を隠した誰かが立っていた。

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