第6話 篝火

 「いくら人目につかないからって、派手にやりすぎでしょ。君たち」


 屋上で璃空たちを見下ろす人影は、喧嘩する子供を注意するような口調でため息をついた。

 その声で、屋上にいる人物が女の子であると分かった。

 奏城たちの救援かと疑うが、それなら狙撃手たちを無力化する必要もないし、何より奏城たちの動揺から、味方でないのは明らかだった。

 恐らく、奏城も同じことを璃空に思っているのだろう。

 そんなことは露知らずと言った雰囲気で、少女は屋上から飛び降り、璃空と奏城の間にふわりと着地した。

 ローブがたなびき、その下につけられたネックレスが揺れて見えた。

 少女は、璃空の方を見ると、無表情で手を振ってくる。


 「……え?」


 訳が分からず困惑する璃空を無視して、少女は手を振り続ける。

 その様子に奏城は機嫌の悪そうな顔でどうにかしろと訴えかけている気がした。

 仕方ないので、璃空は少女に手を振り返した。

 最小限の動きにも関わらず身体中が悲鳴を上げ、苦痛に顔が歪む。


 「大丈夫そうだね。ちょっと待ってて」


 「え、ちょっ!!」


 少女は優しく微笑んで、奏城たちの元に向かっていった。

 いくら上空からの攻撃を警戒する必要がなくなったとはいえ、一人で四人に挑むなんて危険な行為だ。

 急いで止めようとするが、動けない璃空に彼女を止めることは出来なかった。


 「何者だ?」


 「誰でもいいでしょ? それより、どうしてあの人をあんなに傷つけたの?」


 「答える義理はない。邪魔だ」


 少女の質問に取り合わず、奏城はとどめを刺すために璃空に近づいてくる。

 だが、その足はそれ以上動くことはなかった。

 いつの間にか奏城の喉元に鋭く赤い剣が突きつけられていた。


 「別に答えなくてもいいけど、答えてくれないならあなたを殺すだけだよ?」


 「奏城隊長!!」


 「騒ぐな、栗花落。……仕方ない。これ以上の厄介ごとは面倒だ」


 「じゃあ。答えてくれるの?」


 「ああ。そいつは犯罪者を庇い、逃亡を手助けし、俺たちにも手を出した。だから、罰を与えている」


 奏城の説明を聞いて、少女は唇に手を当てて、何か思い当たることがあるのか、少しの間黙って考え込む。


 「それって、もしかして人食い鬼?」


 「……」


 「へぇ~。そうなんだ」


 「これで満足か? だったら、さっさとそこをどけ」


 「はーい」


 璃空がどうして袋叩きされていたのかを理解した少女は、赤い剣を消し去り、奏城に道を譲る。

 相も変わらず不機嫌そうな顔をして、少女の前を通り過ぎる奏城。

 そんな彼の背中を見て、少女がにやりと笑ったのが璃空の目に映った。


 「きゃあああ!!」


 「な……」


 直後、背後から聞こえた声に振り返った奏城は驚愕する。

 先ほどまで後ろに控えていた栗花落と隊員二名が血を流して倒れており、少女の姿が消えていた。

 何が起きたのか分からず、彼の思考が一瞬凍りつく。

 その隙をつくように、奏城の真横を風が吹き抜ける。

 風に釣られて振り返ると、そこには少女が璃空を抱えようとしている姿が映った。

 そこで奏城はようやく理解した。

 少女は、奏城の視界から外れた瞬間に、後ろの栗花落達に攻撃を仕掛けた。

 そして、自分が振り返る動きに合わせて、璃空の方に駆け寄ったのだ、と。


 「てめえ!!!」


 「ごめんね。人食い鬼を追ってるのはあなたたちだけじゃないの」


 せっかくの餌を逃がすわけにはいかない。

 ここで二人を逃がせば、部下を負傷させただけという不名誉を背負うことになる。

 そう思った奏城は、少女もろとも璃空を捕らえるべく、限界まで肉体を強化して襲い掛かる。

 その光景に、少女に抱えられた状態の璃空は慌てて口を開く。


 「俺のことは良いから、君は逃げるんだ! このままじゃ──」


 このままでは、自業自得な璃空だけでなく、関係ない少女まで命を落としてしまうかもしれない。

 それだけは絶対に避けなければならないと思い、口を開いたのだが、少女は璃空の口に指を当てて、それ以上の言葉を言わせなかった。

 そのまま少女は指を噛み、地面に血を垂らす。


 「荒れ狂え」


 静かに放たれた少女の言葉に応じるように、地面に広がる少女の血は、茨のようにうねり、奏城の身体を絡めとっていく。


 「な、んだこれは……!!」


 流動する血の茨の中で必死に抵抗する奏城だったが、茨は次第に凝固し始め、奏城の関節はあらぬ方向に曲げられる。

 ただ、敵の動きを止めるためだけの技。それ故の強力な拘束力に奏城は為す術なく、壁と一つになってしまう。


 「バイバイ」


 完全に動きの止まった奏城に、少女はただ一言別れを告げて立ち去った。



 「君は一体……」


 少女に抱えられた璃空は、朦朧とする意識の中でたった一つ、それだけを口にした。

 だが、その質問には答えず、その代わりに、少女は自分の顔を隠していたフードを外す。

 肩まで伸びた髪が風になびき、燃えるような赤い瞳が璃空の顔を優しく覗き込んでいた。

 それを最後に、璃空の意識は途切れた。

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