第4話 Orpheus
かつて神は人間に火を与えたと言う。
火を与えられた人間は、それを用いて文明や技術を急速に発展させたが、同時にその火で武器を作り、戦争を引き起こした。
人間に多大な恩恵を与えるものは、同時に多くの命を奪う危険性を内包しているのである。
そして、人間はそのような危険な事態を未然に防ぐために、抑止力というものを生み出す。
これは異能においても当てはまることである。
異能は人々の生活を発展させる代わりに、人々の命を簡単に奪えるものである。
人食い鬼はまさに異能を悪用した一例である。
当然、人々はそのような事態に対する抑止力を生み出そうとする。
それが異能事件対策及び霊子研究・開発機関Orpheus(オルフェウス)。世界の秩序と人々の平和を守るために戦い続ける組織である。
◇
「奏城(かなしろ)隊長。ビンゴです」
「あ? おい、栗花落(つゆり)。お前の鼻が外れるわけないだろ。馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ」
「ふふっ。失礼しました」
奏城と呼ばれた男は口は悪いが、栗花落という少女の実力をしっかりと評価している様子だった。
そんなやり取りを聞きながら、璃空は周囲の霊力を探る。
路地への入り口に二人、建物の屋上に三人配置されていた。
内心舌打ちをしながら、どうにか隙を作らなければと思考を巡らせ続ける。
「さて、少年。聞きたいことがあるんだが、答えてくれるかな?」
「……質問によりますね」
「そうかい。なら、単刀直入に聞こう。足元のその肉塊は君の仕業かな?」
奏城は璃空の足元に広がる血だまりを指さして問いかける。
「そうだとしたらどうする?」
その質問に、璃空は不敵に笑って答える。
自分が犯人だと思わせることが出来れば、自分一人に警戒心が向き、悠斗の急なアクションには反応が遅れるはずだと考えた。
「はっ。そんなわけねえだろ」
「はい。嘘ですね」
「どうかな?」
璃空は二人の言葉に対する動揺を隠して、璃空は腕に雷撃を走らせる。
だが、奏城はその言葉を鼻で笑って口を開いた。
「お前、バカだろ? そんなスプラッタを返り血なしでやれるわけねえだろ。もし、お前が返り血を浴びずにやったとするなら、屋上からやるしかねえんだが……」
「その場合、ここまで不揃いな肉片になるとは考えられません。何か言いたいことはありますか?」
「そ、それは……」
奏城と栗花落は異能犯罪に長く関わってきたスペシャリストである。
そんな彼らに、璃空の生半可な考えなど通じるわけがなかった。
璃空は自分の考えがどれだけ甘いものだったのかを痛感した。
しかし、ここで諦めたら悠斗を見殺しにすることになる。
それだけは何が何でも防がなければいけないと、歯を食いしばってチャンスを探る。
「まあこんな分かりきったことを聞き続けてもしょうがねえ。俺たちが追ってきた匂いはお前じゃないからな」
「は?」
「だから、お前は最初から目的じゃないって言ってんだよ。いるんだろ、そこに。人食い鬼が」
奏城は璃空の覚悟を嘲笑うかのように、背後の物陰を指さした。
やはり最初から悠斗の存在は気づかれていた。
「(クソっ!! どうする……どうすればこの状況を突破できる……?)」
璃空は必死に悠斗を逃がすための策を考えるが、どうしてもこの囲まれた状況をうまく切り抜ける方法が思いつかない。
先ほどまでの楽観的な自分をぶん殴ってやりたい思いと焦りだけが募っていく。
「人食い鬼は一匹残らず殺さなきゃならない。お前だって、こんな酷いことをするやつら死んでほしいだろ?」
だが、璃空の耳に届いた奏城の声が思考を停止させた。
人食い鬼たちは、全員酷いことをされた側だ。
たった一人の人食い鬼から感染するように、その衝動に当てられてしまった被害者だ。
そんな彼らを目の前の男は殺さなければいけないと口にした。
璃空は怒りに拳を震わせながら、口を開いた。
「……あいつらは、何も悪くない。巻き込まれただけなんだろ……!? それなのに殺すなんておかしいだろ!!」
「巻き込まれた挙句、人を殺しているような弱者を庇う理由がどこにある? 人食い鬼のせいでどれだけの人間が死んだと思ってる? 正気に戻るかもわからないこいつらを救って何の意味がある!? 事件の芽は一つ残らず摘まなきゃならねえんだよ!!」
璃空の言葉に、奏城も苛立ちを露わにする。
目の前の少年の言葉が間違っていないことは当然分かっている。
だが、誰も彼も救うなど人間には不可能な話である。
どちらか一方を守るためには、どちらか一方は切り捨てなければならない。
正気に戻るかもわからない人食い鬼を救うために、目の前の救える命を諦めるなど馬鹿げた話である。
それに、事情がどうであれ、人を殺した時点で裁かれるべき存在であることに変わりはない。
故に、奏城は罪を犯した人間に一切の容赦をしない。
どんな手段を使ってでも犯罪者を殺すのが奏城という男である。
「それでも──」
「悪いが、これ以上、お前と話す気はない。やれ」
璃空が発言しようとするのを遮り、奏城は部下に命令を出す。
それは、屋上に待機していた三人の部下に対してだった。
合図とともに複数の発砲音が響き、璃空の背後から絶叫が聞こえる。
「っ!! 悠斗!!」
「がぁあああああっ!!!」
肩や脚、腹部から出血しており、傷はかなり深いのが一目で分かる。
その姿は、まるで記憶の中の血まみれの姉と重なって見えて、手が震え、足の力も抜けていく。
遂には、璃空の頭の中は真っ白になっていく。
「隊長。いつでも撃てます」
「よし。そのまま──」
奏城は立ちすくむ璃空に目もくれず、弾丸の装填が終わった部下に向かって最後の指示を出す。
「──ない」
そんな彼の指示に被さって聞こえたのは掠れた小さな声だった。
「あ? 何か言ったか?」
「──せない」
小さな声で何かを呟く璃空を不快そうな目で見つめる奏城の耳に、隊員からの声が響く。
「どうかしましたか?」
「いや、気にするな。撃て」
奏城の命令を受けて、隊員たちが悠斗に狙いを定めて弾丸を放つ。
その瞬間、奏城と栗花落の耳には鈍く低い音が聞こえた。
音の方向に焦点を当てると、そこには口から血を流しながら、身体中に雷撃を迸らせる璃空がいた。
「やらせないって言ってんだろ!!!」
璃空はそのまま、悠斗と弾丸の間に拘束で割って入ると、向かってくる弾丸を壁に叩きつけた。
同時に、路地を囲む霊力の場所を大まかに把握した璃空は、雷撃を蛇のような形に変え、目の前の二人、屋上の三人、路地を封鎖している二人に向かって放つ。
雷蛇は、一瞬で対象の元に向かい、敵を拘束する。
「そのまま痺れてろ」
璃空が拳を握りしめると、雷蛇は絡みついていた対象の身体の中を駆け巡る。
雷蛇の激しい蛇行に、全員の身体が痺れ、動きが止まる。
その間に、璃空は悠斗に駆け寄る。
悠斗の傷を観察すると、既に止血は終わっているようだった。
彼の能力は『罪人ノ牢獄(フィールド・セット)』と呼ばれる結界を創り出す能力である。
恐らく、今は傷を癒すための結界を展開しているのだろう。
「悠斗、今すぐ動けるか?」
「あ、ああ」
「だったら、今すぐ逃げろ。ここしかチャンスはない!!」
悠斗が動けることを確認した璃空は、今すぐここから逃げるように告げる。
璃空の拘束も長くは持たず、こんな不意打ちじみた拘束は二度と通じないだろう。
後にも先にも、悠斗を逃がすチャンスはここしかなかった。
しかし、悠斗はためらったように口を開く。
「……璃空は、どうするんだ?」
悠斗は、ここから璃空がどうするつもりなのかが気になっていた。
自分が逃げる時間を削ってでも、聞かなければいけないと思った。
「いいから行け!! あとで追いつく!!」
しかし、璃空は何も答えなかった。
いや、正確には答えていなことが答えだった。
つまり、自分のことは良いから早く逃げろ、と璃空は言っているのだ。
その言葉を聞いた悠斗は、顔を伏せて必死に壁を支えに歩き出した。
璃空の視界から姿が消える瞬間、悠斗は振り返らずに「ありがとう」と口にして、その場を立ち去った。
◇
それから数十秒後。雷蛇の拘束から解放された奏城と璃空は睨み合う。
「やってくれたな、クソガキ」
「悪いな。俺の勝ちだ」
怒りの表情を向ける奏城に、璃空は勝ち誇った表情を向ける。
「おい、栗花落。こいつは任務妨害と犯罪者の逃亡補助ってことで殺しても問題ないよな?」
「はい。問題ないかと」
いつの間にか、路地を塞いでいた隊員も二人の背後に現れ、屋上からの銃口も璃空を狙っていた。
「Orpheus第四部隊。即座に障害を排除し、逃げた人食い鬼を追うぞ」
「やってみろ……!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます