第3話「美容師とピアニスト」

ルーベン、イグニス、リヴ、イクス。三人は怪盗団。普段はそれぞれ表の顔を

張り付け生活している。ジェイルに翼は目を向ける。


「俺は正式なメンバーじゃないが、本業が無いときはここの手伝いをしている」

「本業…暗殺者とか?漫画の読み過ぎかもしれない」


すぐに翼は前言撤回した。しかしジェイルの表情は陰っていた。戦闘など

まるでしたことがない。命の危険に晒されることも無い生活をしている翼でも

その殺気はひしひしと感じていた。だがそれをジェイルはすぐに引っ込めた。


「否定はしない。正確にはこっちだけど、変わらないからな」


忍術の印を結ぶような仕草をして見せたジェイル。彼は怪盗団に手を貸しながら

忍としての顔も持っている。そして表ではその忍、暗殺者の仲間と共にカフェを

営んでいるというのだ。


「三つの顔を使い分けていると」

「そういうこと」


怪盗団のメンバーはジェイルを抜いて七人いるらしい。上記四名以外の三人は

まだここに来ていないらしい。


「でもシスさんには会ったことがあるんじゃない?シスさんは美容師をしている

からね」


シスという男、彼の表の顔は美容師だという。それを教えたのは最年少のリヴだ。

彼はシスの写真を見せてくれた。その顔を見て翼はハッと気が付いた。


「この人!!」

「でしょ?翼さんの事をシスさんにも伝えたら覚えてたんですよ。彼は瞬間記憶

能力という優れた記憶力を持っていまして」


一度見たものを絶対に忘れない、瞬間記憶能力。シスという男は翼の事も

覚えていたという。背の高い少女で、華奢だった、加えて中性的でもあったので

記憶により鮮明に残っていたというのだ。


「それでドルチェさんは今日、この上の階で演奏会を開く予定ですから」

「ピアニストなの?」

「えぇ。ピアノ以外にもヴァイオリンも弾けるんです」


探偵事務所の壁にも張ってあった。その日付は今日。予定時間の五分前に演奏会に

足を運んだ。予定通り、演奏会が始まりピアノに一人の男が座った。彼が奏でる

音色の同じように足を運んでいた客たちはすっかり聞き入っていた。ピアニスト、

ドルチェ。演奏会終了後に彼と話す機会が出来た。


「独学!?独学でここまで出来るんですね…!」

「本を読み漁っただけさ。それに僕も完璧では無いから。君だって出来るさ。寧ろ

君の方が筋がある」


彼はタキシードの上着を脱いだ。ピアノを弾いていても、汗は出るらしい。額の汗を

手の甲で拭った。


「そういえばジェイル、仕事には行かなくていいのか」

「大丈夫。俺なんかいなくてもあっちは成立するし」

「サボり…」

「休暇…と言いたいけど、悪い。俺は帰るよ。だから」


ジェイルはそう言ってエレベーターに乗った。彼の顔は陰っていた。先にも感じた

暗殺者としての顔。


「…深く追求しない方が良い。仕事の内容を知っている人間はどんな人であっても

情報漏洩を防ぐために抹消する、それは彼の仕事の絶対的なルールだから」

「苦しくないのかな…悪い人でも無いのに、殺すのは」

「その感情も麻痺してるんだろう。そうならざるを得ない状況で戦うから。さぁ、翼

僕を手伝ってくれるかな?」


ドルチェは話題を変えて話を終わらせた。内心、翼を心配している。優しすぎる、

純粋過ぎる。一通り片付けを終えてから翼は自宅に戻ることになる。車に揺られ

ウトウトしている翼に運転しているイグニスは声を掛けた。


「お前は優しいな。ジェイルのように汚れ仕事をする人間の事も心配するとは」

「優しいってよく言われます。でも、心配しているのはジェイルだけじゃないよ。

イグニスたちの事も心配、同時に応援してるから」


返事の代わりにイグニスは微笑を口元に浮かべた。


「学校には通っているんだろ?」

「うん。そうだよ、ファッションデザインの専門学校に」

「なるほどな。だからか」


イグニスは意味深な反応をした。だからか、とは?気付かないのかとイグニスは

呆れた。


「ジェイルの服装、覚えているか?」

「服装…あ!」


ジェイルはバンダナを身に着けていた。側頭部で結んでいた。青いバンダナを

彼は暗殺の仕事以外では常に身に着けているというのだ。それはかつて翼が彼に

渡したプレゼント。


「センスあるじゃないか」

「驚いた。あんなに使ってもらえるとは思わなかったから」


車が停車し、翼は降りる。


「ありがとうございました、おやすみなさいイグニス」

「あぁ」


車はこの家を去った。屋内に入り、翼はテーブルの上に書置きがあることに

気付いた。名前は無いが字の形ですぐにジェイルだと分かった。


『ありがとう』


一言、そう書かれていた。ラップに包まれた皿にはオムライスが、そして隣には

小さな箱が置いてある。リボンを解いて箱を開けると鳥の羽をモチーフにした

イヤリングが入っていた。ありがとう、それはバンダナに対しての御礼で

これはお返しとしてのアクセサリーだったようだ。



別の場所で仕事に向かう準備をしていたジェイルは口元を獣の口を模した仮面で

覆っていた。頭に身に着けているバンダナを外した。


「流石に、これを汚すのは…」


そのバンダナをそっと引き出しにしまって彼は部屋を出た。


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