第2話「レベリオス」

四階に上がり、天王寺翼はイグニスと共に探偵事務所に来た。イグニスはこの

事務所の所長ルーベンの相棒。


「本当に、申し訳ないです…」

「いやいや僕の方も悪かったね。まだ、この辺りの土地勘は無いようだね」


ルーベンは柔和な微笑を浮かべつつ、翼に目を向ける。翼も視線を感じ妙な

気分になっていた。品定めをされているような気分になる。実際、ルーベンは

彼女を観察していた。


「ふむ…君は目が良いのかな?」

「よく言われます。やっぱり目が良いのかな?って、初対面に聞くべきじゃないか」

「そんなことは無いさ。君のそれは、立派な才能だよ」


ルーベンは彼女の普通を才能だという。彼はイグニスに目を向けた。


「おっと、手が滑った」

「そう言っているときほど滑ってないっていうのは承知しているんですけどォ!?」


翼は慌てて身を反らした。目でしっかり物体を追い、そしてすぐに避ける。

運動は苦手と言いながらも反射神経はあるようだ。


「ルーベン、仕事があるって聞いて来たんだが…おぉ?」


探偵事務所に他の面子も集まって来た。彼らの視線はルーベンからすぐに翼に

向けられた。


「彼は?」

「イクス、彼女はここの雑用アルバイトを受けに来てくれた女の子だ」

「女の子!?す、すみません…てっきり男かと」


イクスと呼ばれた大柄な青年はその背丈を縮める。


「いいえ、大丈夫です。ある意味、アイデンティティになってますから。私は

天王寺翼です、よろしくお願いします」

「こちらこそすみません。俺はイクス、よろしくお願いしますね」


性別の誤解が解けた。翼は改めて自分が何も知らない他人からすれば男性的に

見えるのだと理解した。自覚はしていた。


「でも、ぶっちゃけアルバイト代は出ないだろ?どうしてアンタみたいな子が

ここに応募したんだ?」


毛先が赤い黒髪の男は首を傾げる。


「…ボランティア感覚、かな。家にいてもやることは無いし、今のところ

お金には嬉しいことに困って無いから。それに、探偵の知識を借りたくて」

「知識を借りる?と言うことは何か困りごとがあるという事か?」

「実は、これを…」


翼は首に提げていたペンダントを見せた。服の下に隠していたのだ。それを見て

ルーベンは正体を理解した。


「これは…アーティファクトの一つだね」

「やっぱり…アーティファクトって訳すと人工の、っていう意味だけどこれは

偽物で溢れている町の中で数少ない本物で非常に価値があるんですよね。幾つか

種類があるって聞いた事があります」

「詳しいね」

「運動が苦手だから、何か取り柄が欲しいなと思って頑張った甲斐…かも?

これを貰ってから気になって調べてたので…」


両親は既に他界している。田舎暮らしでの生活をしているときに町の皆から

折角若いのに何も学ばずここに留まるのは勿体ないなど言われ続けていた。

翼自身は何も気にしていなかった、寧ろ残ってずっと手伝いをしても良いと

思っていたのだが。


「衣食住を援助してくれる人がいて…―」


言いかけたときに遅れてここに来た人物がいた。黒いマスクで口元を隠した

青年はこの場所でマスクを外した。


「あー…遅れました。道に迷って」

「また!?もう何回目だと思ってるんですか!ジェイルさん」

「ジェイル!」


最年少であるリヴに攻められていながらも態度を変えないジェイルと言う男。

彼もまたイクス同様に背丈が大きい。私服も相まってモデルの様に感じる。


「知り合いか?ジェイル」

「金を持っていても俺は使わないからな。俺もここの出身じゃない。翼が

住んでいた村には長く世話になっていた」


マスクの下、口の端に十字の傷がある。それを隠すためにジェイルはマスクを常に

着用している。


「アーティファクトは数少ない本物であり、ホワイトローが見つけ次第盗んで保管

している貴重な品だ」

「ジェイル…!」


イグニスは彼を制止する。しかしそれを振り払って彼は話を進める。ホワイトローは

この東京都の警察と言うべきか。それに近い武装組織だ。ここは彼らにより元あった

ものをコピーして作られている偽物だらけの世界。空すらも。


「東京都民は全員ここから出たことが無い。彼らの常識は東京都の外は全て砂漠と

なっており、人は存在しない」

「そんな…でも現に私はここに来ているのに」

「お前がそれを持っているからな。ニーベルンゲンの指輪、だろ?ルーベン」


ジェイルはルーベンに話を振った。


「そうだ。別の場所からの移住を認めたのは君がその指輪の所有者で行方を

探しやすくするため…と、なるほど。ジェイルの考えが読めたよ」

「ハッキリ言ってコイツにホワイトローを退ける力は無い。欺く技術も、な…

ならばいっそ秘密を共有して、こちらで両方を保護すれば良い。アルバイトとして

ではなく探偵のもう一人の助手として」


ジェイルは本人の意向を聞かずにルーベンに提案した。雑用のアルバイトとして

ではなく正式に探偵事務所所長ルーベンの助手として雇ってはどうかと。その話を

彼はよく吟味する。


「分かった。君の考えを呑もう。それで、翼。君はどうかな?」

「ルーベンさんたちがそれで良いなら。ジェイルさんが言ってたことも間違いでは

無いから」

「そうか。なら僕から話そう。僕たちの正体は探偵ではない。本当は巷で噂の

怪盗団REBELLIOUSレベリオスさ」

「―」


声を出さない翼の反応に頭脳明晰なルーベンも少なからず戸惑った。


「…翼?」

「おぉぉぉぉぉ!!凄い!!会ってみたかったから!!」

「お、応…分かってはいたがスイッチが入ったな」

「入っちゃいました!」


翼はバッグから一冊の本を取り出した。アルセーヌ・ルパン、歴史に存在する

否フィクションの怪盗だ。


「本を読んでたら憧れちゃって…それに、顔を見れば分かる。悪人じゃない。

だから、どうぞ。盗んでください!」


翼は首からネックレスを外してルーベンに手渡した。彼は翼からネックレスを

受け取った。


「こんな形の盗みは初めてだよ。これは、僕たちでしっかり守るよ」


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