アーティファクト

花道優曇華

第1話「探偵事務所のアルバイト」

嵐がやって来た。8年前のそれは災害とだけ呼ばれ、原因不明。宗教家はそれを

神の怒りと呼んだ。学者たちはそれを異常気象の最上位と呼んだ。どちらが

正しいのか分からないが、被害は大きかった。そこから東京都は異常な速度で

成長し、科学技術を発展させてきた。機械仕掛けの町並みにやって来たのは

都会とは程遠い田舎で育った少女だった。転校生としてやって来た彼女は

制服が無ければ少年と見なされているだろう。名前を聞いた時のことを

友人マイは覚えていた。


「男の子なんだーって思って口にしたら、先生が女の子ですよって言ってさ。

ビックリしちゃった」


天王寺 翼、ボーイッシュな髪型で背も高い。でも運動は苦手。それと都会の流行の

ファッションにも疎い。度々翼は暇を持て余すマイを連れて服屋を訪れて自分の

コーディネートを頼んでいる。この日も二人は服屋を訪れていた。


「むぅ…やっぱり翼ちゃんはパンツルックじゃないと。可愛いは似合わない」

「やっぱり…そうなのか…」


フリフリとした洋服は全く似合わないとは言わないが、少し違うのだ。


「良いんだよ、マイちゃん。私、ズボンの方が好きだから」

「でも翼ちゃんの悩みの一つでもあるでしょ?男の子と勘違いされるの」

「いや、悩みっていうほどでも無いんだけどね?」

「勿体ないよ、折角スタイルが良いんだから。有効活用しなきゃ」


どっちがどっちに付き合っているのか分からなくなる。が、互いに仲が良い。

翼は都会とは程遠い場所で育ったため、この生活に慣れていない。それが原因で

周りから浮くこともある。それを面白がって冷やかす生徒もいるのだ。


「そうだ。これ、見た?」


マイが徐に取り出したのは一枚のビラだった。渋谷のとある雑居ビルに点在する

探偵事務所の広告。アルバイト募集、仕事内容は主に雑用らしい。


「どう思う?アルバイト代も無いんだって」

「…行っても良いかな、とは思ってる」


その広告を翼はマイから受け取り、家に帰った後すぐに電話を掛けた。電話に

出たのは恐らく探偵事務所の探偵だろう。


「すみません、雑用の広告を見て電話をしたんですけど…天王寺翼と

申します」

『これは驚いた。まさか電話をくれるとは』


そこで翼はカァッと耳まで赤くなった。


「これ…都会特有の言い回しですか…?」

『ん?あ、いやいや。こんなしがない探偵事務所のところに電話が来ることに

驚いていただけだよ。明日午後1時に事務所に来てくれる?雑居ビル四階ね』階ね』

「分かりました。あ、何か目印とかありませんか?」

『近くに青い本屋があるはずだよ。じゃあ、明日ね』


受話器を置いて、翼は一先ず安堵していた。あとは身支度をして明日、時間の

最低5分前に到着するようにする。場所の確認も大丈夫な、はず…。不安だが、

分からなければあちこちで聞き回りながら歩けば良い。


「早いな、翼。もう少し寝てても良いんだぜ?どうせ今日は休みだろ」

「そうなんだけど…これ」


翌朝になってから翼は準備を始めて少し早めに家を出た。やはり都会、人が多く

行き交う道、流されそうになりながらも彼女は歩みを進めて時には流れに逆らう。

それでも中々時間を喰う。時計に目を向けてギョッとする。不味い、時間が

迫っている。誰かに道を尋ねようとするも声を掛けられそうにない。


「お、いたいた。大丈夫か」

「?いたいた…って?」


黒いスーツを着込んだ若い男が声を掛けて来た。


「イグニスだ。ルーベンの相棒、一緒に探偵をしている。天王寺翼とはお前だろ?

相棒の予想は的中したらしいな」


その予想は、天王寺翼は都会に来たばかりでここに慣れていない。故に人混みを

歩くのに慣れておらず道に迷う可能性がある、というものだ。全て的を射ている。


「すみません、恥ずかしい限りです…」

「いや、構わないさ。ここでずっと生活していたならまだしも、お前の挙動は結構

目立つぜ?こんな人混みの中でも」

「慰めているのか貶しているのか…」

「慰めているつもりだが…まぁ良い。行こう」


迷子を保護した警官か、それとも親切な大人か。この場合の翼は間違いなく

迷子だろう。この年になって恥ずかしいが、ここに来たことが無いのだから

仕方が無いと割り切っている。元より分からなければ色んな人に聞いて回るつもりで

いたのだ。寧ろ運が良かった。イグニスと名乗った男のおかげでようやくたどり

着いた。腕時計に目を向けて、翼は顔を真っ青にした。

約束から30分も過ぎてる…。


「時間、気になるのか。こうなるのもアイツにとっては想定内だから、安心しろ」

「それはつまり、お説教コースだと?」

「まさか。そこまで短気な奴じゃないさ」


二人はビルの中に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る