第6話『トカゲ侍と陰陽師エルフ』その六

 深い山の中腹にへばりつくようにゴッタチ村はあった。

 太陽はほとんど沈もうとしている。




「どうやら間に合ったか?」

 遠目から見るに、魔物が暴れているようなことはなさそうだ。




 近づくにつれゴッタチ村の様子がはっきりとわかってくる。

 もともと家は二〇軒もないような小村だが、その半分がた家が焼けている。一面だけが焼けて壁に穴があいている家もあれば、完全に崩れ果てたような家もあった。

 地面の草や、土そのものもあちこちが黒く焼け焦げている。

 辺りには焦げ臭いにおいが漂っていて、昨晩の襲撃が村に与えた衝撃の大きさがわかる。


 村人たちは、壊れた家具や焼けた材木などの始末をして働いていたが、大きな式神が風のように走りこんでくるのを見るや、悲鳴とともに逃げ去ってしまう。


「ピア」

 彼女は周囲を見る余裕もなく、目を閉じて式神に力を注ぐことだけに集中していた。そのため、式神は焼け散った草や、その辺に散らばっていた割れた皿、黒い炭になった材木の破片などを蹴散らして走り続ける。


「止めていい。もう着いた」

 リンタロウの言葉を聞いて、一つ息をついた彼女が両手を離すと、グノームの姿は掻き消えた。三人は宙に投げ出される。

 リンタロウはピアを抱きとめて、自分は背中を地面に打った。ヘイスケも尻餅だ。


「ちょいしんどいわ。呪力注ぎすぎた」

 ピアはその場に座り込んだまま、立てないようだ。それでも、にへらと笑って、からかうように、

「ピア言うて。ウチの名前はじめて呼びよったな、リンタロウ」

「心配だからな」

 ひざまずいて彼女の様子を見る。リンタロウのその返しに、面食らったみたいにピアは目をそらした。

「なんや、からかいがいないわ……そないに正面からくるんやもん」

 よくわからないが、これだけ喋れるなら大丈夫だろう。休ませておこう。


「みんな! おれだ!」

 ヘイスケが大声で呼びかける。その声を聞いて、警戒しながらも少しずつ村人が姿を見せた。

「ヘイスケか。その人らはなんだい」

「お坊さまにゃ見えねえが」


「この方たちはな、魔物をやっつけに来てくれた、おサムライさまとエルフの魔法使いだ!」

 村人を大声で勇気づけているヘイスケの脇で、ピアはリンタロウにだけ聞こえるくらい小さく文句を言った。

「……陰陽師や言うたやん。あと、戦うのはリンタロウやで」

「わかっている」

 たとえピアが元気溌剌だったとしても、戦わせる気などリンタロウにはなかった。戦いは武士の役目だ。


「エルフといっても今回ばかりはおれらの味方だ。それにこのおサムライさま、武法僧じゃあねえが魔物退治の達人よ! 見てみな、このたくましい体をよ! 魔物だって粉微塵って寸法よ」

 話に尾ひれがつく瞬間をリンタロウは体感した。自分はいつの間に魔物退治の達人になったのだろうか。


 村人の視線が集中したので、やむなくリンタロウは立ち上がって会釈した。

「カギアギ・リンタロウと申す。微力ながら助勢に参った」

「ほれ、ほれ、みんな挨拶せえ」

 遠くの方で見ていた村人たちも、ヘイスケに促されて近寄ってくる。疲労と虚脱の目立つ表情で、リンタロウをぽかんと見上げる。リンタロウは必要以上に村人を怯えさせないよう、浪人笠を深く下ろした。


 最初に声を上げたのは、ヘイスケと同年配の男だった。リンタロウを拝むようにして、

「よろしくお願えします。おれの息子はまだ四つだったのに、黒焦げになっちまった」

 近くにいた女も同じように、

「アタシの母ちゃんだってまだ死ぬ年じゃなかった!」

「おサムライさま」

「おサムライさま!」

 悲痛な声と共に、みんなが頭を下げた。村人たちの無念が伝わってくる。リンタロウは一層気を引き締めた。


「幸い魔物は燃えているというから見逃すことはないはずだ。皆は自分の家か、それとも……村にいるのが不安ならば、どこか安全に休めそうなところへ避難してそこで休むといい。だが、その前にまずは食事と……」

 リンタロウは、へたばっているピアをひょいと抱き上げた。

「この子を休ませてやってほしい」


 ピアは思わず身をすくめた。夕闇で見えないが、赤面している。

「なっ、何すんねん!」

「疲れているだろう」

 リンタロウの声はあくまで真面目だ。

「立って歩くくらいできるわ! は、恥ずいやんか!」

 とは言うものの、実際彼女の足はまだ力が入らないようであった。


「藁の寝床でよければ、こっちにあります。おサムライさま」

「十分だ。――きみはここまでがんばった。十分に休息しなさい」

 下ろす気配がないので、ピアは諦めたように身動きをやめた。

「……変なとこ触ったらあかんで」

 まだすねたような口調のままであった。


 そのとき、すさまじい咆哮が聞こえた!

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