第3話『トカゲ侍と陰陽師エルフ』その三

 飯屋の店主は(店員の娘も)、コガ・ソウヤのことは知らないと言った。

 他に二、三軒、似たような店で聞いてみたが全て空振りであった。

 では、奴はこの町に立ち寄っていないのだろう。リンタロウは次の町へ向かうことにした。


 普通なら昼から町を出る旅人はあまりいない。次の町にたどり着かないうちに日が暮れては面倒だからだ。朝に出発し、余裕を持って次の町に着くようにするのがよいと、『旅之用心』という書物で読んだ。

 だが今なら日没前に着けるだろう。歩きの速さには自信があるし、次の町まで距離は近い。


 リンタロウはグレイの町を後にした。

 街道は平和だ。道行く人はいない。春風が左右の草むらを揺らす。花を渡る蝶、枝に鳴く鳥。


「おっちゃん! ちょ待ってえや、トカゲのおっちゃん!」


 うしろから呼ぶ声がした。リンタロウは振り返り立ち止まった。

 走ってきたのは先程のエルフ少女だった。リンタロウに追いつくと、高い位置にある彼の顔を見上げて、にっと笑った。


「何か用か?」

「歩きながらでええで。さっきの、お礼言うとらんかった」

 わざわざそれを言いに来たのだろうか?


 少女はトカゲの顔にも怯えることなく快活に話しかけてくる。

「おっちゃん、おサムライいうても旅の浪人やろ?」

「どうして?」

「そんなもん、出で立ち見たらわかるわ。行く先の当てとかあるん?」

 リンタロウは返事をしなかった。


 当てなどない。コガ・ソウヤが何処に行ったのかはまるでわかっていないのだ。だからリンタロウは、街道沿いにしらみつぶしにするように、町を一つ一つ回ろうとしていた。


「その様子やと居場所の見当がついてへんのやろ? だったらゴートやで。人も集まる、噂も集まる。ゴートに行くのがええと思う」

 熱心にゴート行きを勧めてくる。

「なるほど」

 リンタロウは一理あるとうなずいた。


 ゴートはこの国の首都である。国内最大の軍事城塞ゴート城にグランド幕府の皇帝が鎮座し、統治機構である幕閣が皇帝を補佐して国を統治している。

 ゴートの城下町は人口一〇〇万人を超える大都市だ。お尋ね者が紛れ込むには最適だろう。


「そんで、頼みがあんねん」

「何かな」

「ゴートまで同道してくれへん?」

 可愛くおねだりするように上目遣いで覗き込んでくる。


「なぜわたしなのだ?」

 そこが不審だ。ちょっと行きがかっただけの男と旅をしようというのはまともな判断とは思えない。

「おサムライと一緒におればエルフでも石投げられたりせえへんやろ。おっちゃん、でかくて強そうやから絡まれたりとかもなさそうやし」


 エルフは山と森の民と言われる。その大半は町に定住せず、漂泊して生活する。狩りと採集、自然に関する知識が豊富である。また、歌や楽器、踊りなどの芸能、占いや装飾品の細工に秀で、町に下りた時はそれで銭を稼ぐ。


 エルフは美形が多いと言われ、美しさを讃える詩も多いが、反面どこへ行ってもよそ者であるため、エルフといえば盗っ人、というように油断ならない怪しい種族とも思われている。実際、彼女は先ほど団子を盗んだわけなので、単なる風評被害というわけでもないのだが。

 ともあれエルフの単独行動は色々と危険が多いということである。


「それにさっき団子代払うてくれたから、きっとお人好し……やなくて誠実なお人柄なんやろうなって。信用できる思うたんや。……銭も持ってそうやし」

 ところどころ小声でよく聞き取れなかった。


 お願い、と再び可愛くアピールする少女。

「ウチの名前はピア。よろしゅう頼むで、おっちゃん」

「ベルナミ藩浪人カギアギ・リンタロウだ」

 きっちりと名乗り返したリンタロウだが、ピアのお願いには首を橫に振った。

「きみはまだ年が軽いだろう。知らぬ男と旅などするものではない。家族のところへ戻ったほうがいいのではないか」


 すると意外な事態が起こり、リンタロウは内心でうろたえた。エルフ特有の美しいエメラルドの瞳。そこへ涙が溜まっていたのだ。

「……おらんねん」

 悲しい表情でそう言った。


「考えてもみい、バンドおったら団子屋で盗みなんかせえへん。ウチは一人や」

 エルフの社会では、いくつかの家族で生活を共にする。そのまとまりのことをバンドという。

「そんで、お母ちゃんがゴートにおんねん。だからゴートに行きたいんや」

「それは……すまなかった。もっと考えを巡らすべきであった」

 知らぬ男と一緒に行こうという異常な判断には、そうせざるをえない事情があるということを察知すべきだったと、リンタロウは素直に反省した。


「一緒に行ってくれへん……?」

 涙できらきらした瞳で見上げてくる。薄汚れていて気づかなかったが、この少女はエルフの基準からしても相当な美少女なのではないだろうか。

 だがリンタロウの旅は単にゴートへ行く旅ではない。途中で手がかりが見つかったら別のほうへ行くかもしれないし、仮に仇を討ったらそこで旅は終わりだ。無責任に知らぬ少女を連れ回していい旅ではなかった。


 返事に困ったリンタロウが視線を左右にしていると、草むらの中に男が一人倒れているのを発見した。

 ピアもそれに気付く。

「どないしたん? ……行き倒れやん」

 男はぴくりとも動かない。


「死んどる? ゴシューショーさまやな」

 ピアはつい今までのお願いモードが嘘のように通常に戻っている。リンタロウは驚いた。

 涙目になったのも嘘泣きだったのかもしれない。バンドがいないとか、母のところへ行きたいとかいうのも、同情を引くための作り話だったのかもしれない。そう思わせる、恐ろしい切り替えの速さだ。


「財布とかあるやろか」

 ピアはごく自然に、男の懐に手を突っ込もうとした。そういうことをするからエルフは盗っ人扱いされるのだ。リンタロウが制止する。

「人の物をあさるのはやめなさい」

「え? 死人が物持っとっても意味ないやん。ウチらは死んだモンの持ち物は全部みんなで分けんねん。ムレビトはちゃうんか?」


 ムレビトはエルフが人間のことをいう呼び名だ。バンド単位のエルフと違って大勢で群れるヒト、という意味である。

「エルフの考え方はわかった。だがその人はエルフじゃないだろう」

「なら、あいだ取って半分だけ……あ」

 ピアは手を引っ込め、リンタロウを振り返った。

「生きとるわ」


 どうやら失神していたのが息を吹き返したようで、小さくうめきながら男は身を起こそうとしている。さすがにピアも、生きている人から金をはごうとはしない。

「大丈夫か」

 膝をついてリンタロウが助け起こそうとする。

「あ、ああすまねえ……」

 頭を振って視線を上げた男は、笠の下のトカゲ顔をまともに見てしまった。恐怖と驚愕に目をむく。


「ま……魔物!」

 男はそのまま仰向けに倒れ、再び気絶した。

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