試合開始

Side 加藤 佳一


 試合開始後。


 敵のナックルコングが仕掛けてきた。


 動きは遅いがやはり腕のリーチが長い。


 ゴツくて長い腕をブンブンぶん回すだけでもこの場外負けがあるリングでは有効な戦法だ。 


 おかげでジリジリとリング際に追い込まれている。


――手を出せ手を!!


――ウォーバイソンと戦った時の勢いを見せろ!!


『意外な展開!! 為す術もなくリング際に追い込まれてゆく!! ナックルコングの必勝パターンだ!! このまま敗北か!?』


 さらにこちとらルーキー衆人観衆に晒される独特な場所での戦いで少々萎縮気味だ。


『おらどうしたどうした!? もう終わりか!?』


 などと相手は好き放題いいながら攻撃を繰り返す。


(このままじゃまずいな)


 俺は相手の挑発に晒されながら冷静に攻撃を見極める。

 このままでは手も出せずに終わってしまう。


(ん? この音は――)


 と、同時に不意に相手の両腕の異変に気づいた。


(やっぱり無理な改造してるせいで負担が大きくなってるんだ・・・・・・)


 大きな両腕から響く鉄が軋む音がだんだんと酷くなっている。

 こんなんでもバトリングの舞台に上がれるのはどうなのかと思った。

 だがかえってありがたい。



 Side ナナ


 案内された――グレイさん曰く、特等席。


 リングを取り囲む座席の中で一番奥で見晴らしのよい場所。


 周囲は恐いぐらいに熱狂していてケイイチの悪口を叫んでいるが私は不安だった。


 マヤも不安げに眺めていた。


 ケイイチは手も出せずに強そうなパワーローダー相手にどんどんリング際に追い詰められて言っている。


 確かリングに出たら負けのようだ。


 ふと、どうして戦うのだろうと思った。


 なんで競い合うのだろうかと思ったりもした。


 だがマヤは「大丈夫だ。ケイイチならやってくれる」と言っていた。


 正直言うとケイイチには戦って欲しくないけど、負けて欲しくもない。


 そんな二つの考えが頭の中でぶつかりあってる。


「お嬢ちゃん、悩んでるのか?」


「え」


 ふとこの戦いのキッカケを作った人。

 浅黒い肌で大きな体の男の人、グレイさんが声を掛けてきました。


「どうして戦うのかってと言う顔をしているからついな


「凄い。どうして分かったの?」


「よくいるんだ。そう言う奴。このバトリングで戦う奴は様々な理由でリングに上がる。生活のために戦う奴、戦いが好きだからって奴、自分がどこまで強いのか確かめたい奴、ただ楽しみたいって奴もいるし、中には金のためにって奴も珍しくはねえ」


 そこまでグレイさんは語って「まあ、ともかくだ」と言ってこう言いました。


「戦いを仕組んどいてなんだけど、あの兄ちゃんを応援してやってくれないか」


「うん。この戦い見ていれば答えは出るかな?」


 グレイさんは「出るさ」と答えました。

 この世の中は私にはまだまだ分からないことだらけ。

 きっと今直面している悩みもケイイチが戦っているのもそう言うことの一つなんだろうと思いました。


「それに、あいつは今チャンスを伺っている。」


「チャンス?」


「ああ。ウォーバイソン相手にあんな戦いをする奴がこのまま終わるワケがねえ。とんでもねえことをしでかすような。そんな気がするんだ」


 その時でした。

 ケイイチは――左手に持ったシールドを構えて相手の右腕におもいっきり体当たりし、そして右腕に『とったぁあああああああ!!』と右手の大きなハンマーを振り下ろしました。


『手も足も出ないまま終わるかと思いましたがここで逆転!? なんと相手の武器であるナックルコングの豪腕に体当たりし、続いてハンマーで右腕を破壊したぁ!!』  


「やるじゃねえか坊主!! 観客も手のひら返したように大盛り上がりだ!!」


 確かにそうだ。

 悪口を言っていた観客も先程までの態度が嘘のように盛り上がっていた。


『さらに速攻!! ターンを決めてシールドで殴って!! もう片方の腕に一撃!! ナックルコングの腕を破壊するつもりだ!! 完全に攻守が逆転した!!』


 先程まで守ってばかりだったのが嘘のようにケイイチが攻めたてる。


『左腕も破壊!! さらに殴る!! 殴る!! 距離を取って慎重に胴体をハンマーで叩いていく!!』


 左腕も破壊されてさらにハンマーをテンポ良く胴体を叩いていく。

 心配していたのがちょっと損になったような気分だ。 


『ぎ、ギブアップ!! ギブアップ!!』


『コング選手ギブアップ!! 最初の劣勢が嘘のような鬼気迫るファイトで勝利しました!!』


 それを聞いて私は「そう言えばこれそう言う試合だったんだ」と気づきました。

 真剣勝負でも殺しはいけないと言うルールのもとに戦う。

 最後の辺りの胴体へのハンマー攻撃は手を抜いたのではなく、相手を殺さないためだったんだ。


 私にとって戦いと言えば生きるか死ぬかの世界。

 最近はずっと本当は見たくも無い凄惨な殺し合いしか見ていなかった。

 だからこのバトリングでの試合がとても新鮮な感じだった。

 

「ほら、ボサッとしてないでケイイチの元に向かうぞ!」


「う、うん」


 マヤに連れられながら私は「グレイさんありがとう!」とお礼を言いました。


 グレイさん「そいつはよかった! しかし坊主はモテモテだな!」と笑いながら返してくれました。


 グレイさんの伝えたかったこと、言葉ではまだ上手く言い表せないけどなんとなく分かった気がするから。

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