無自覚プロポーズ
「女神エレノアは言いました。自身は直接この世界に干渉することは出来ないので、祝福を受けた俺に、その力を用いてこの世界を救って欲しい、と」
ムーア村の後、モンスターに支配されてしまった近隣の村も救い、領主様へとその報告をした折に、俺は自分のことを話すことにした。
クソ女神と出会う前のことは話さなかった。ただの人間だと思って舐められる可能性もあるし、最悪女神の神使を騙る不届き者扱いされるリスクを考慮してだ。
「話は分かりました。あなたが近隣の村を救い、清めてくれたのを幾人もの兵と民が目撃しています。感謝してもしきれません。あなたの言うことは事実なのでしょう。ですが……」
領主様は少し言い辛そうに言葉を区切った。
「はい」
「タイト様、あなたは最初、戦いには関わろうとせず、小さな村で医者として慎ましく暮らそうとしておいでであられたはず。何故自分の正体を明かす気になられたのか……?」
そう問われた俺は、傍らにいるエリアスへと視線をやる。
「その通り。俺は女神の命に背き、力を隠して静かな一生を送ろうと考えていました。そんな俺が自分の使命を受け入れようと思ったのは、ムーア村の人達の故郷を思う心や、エリアスに出会ったからです」
「スクエア小隊長に?」
「ええ、自分が重傷を負っても、その身を犠牲にしても民達の為に剣を振るおうとするその姿に感銘を受けたからです。つきましては領主様、一つお願いがございます」
「何でしょう?」
「俺はこれからも使命に従い、この世界の穢れを浄化していこうと思います。その際に彼女、エリアス・スクエアを騎士として傍に置いて欲しいのです。俺はこの世界に来てから日が浅い。少しずつこの世界のことを知っていきたい。それを誰かが教えてくれるのなら、彼女がいい。彼女は信頼に足る人物だ」
そう、これがわざわざ女神の力のことを明かした最大の理由だ。
彼女は所詮この領地へと赴いているだけの一小隊長の騎士でしかない。雇い主である国や領主の采配一つで俺と離れ離れにされかねない。
だが俺は彼女に惚れている。添い遂げたいのだ。
だから俺は彼女といる為に、この力と立場を利用する。職権乱用であり、公私混同なのは百も承知だ。
「畏まりました。エレノア様の神使に選ばれた彼女です、彼女の階級や待遇についても見直す必要があるでしょう。それについては後ほど通達するものとして、スクエア小隊長、よろしいかな?」
「はっ……」
エリアスが頭を下げる。
「エレノアの神使といっても、俺の本業は医者です。怪我人や病人がいたら、遠慮なく言ってください。とりあえず領主様、あなたは少し寝るべきです」
「あっはっは、これは一本取られましたな。しかし、何とも頼もしい。よろしくお願いしますぞ」
こうして俺は、自分の思惑通りのポジションを手に入れた。
◇
「救うと決めたからには、俺もこれからは色々この世界のことを知っていかなくてはならないからな。色々と教えて欲しい。さしあたっては今夜飲みに行きませんかと誘いたいんだけど」
兵舎へと戻った俺は、隣を歩きつつも目も合わせないし、何も言わないエリアスへと声を掛けた。
「……タイト様が、そうお望みならば」
ようやく俺を見た彼女は、伏し目がちになって平坦な声でそう答えた。
「おい、やめてくれ! これまでと同じに接してくれって言ったろう!」
こうなるのではと恐れていた予感が的中してしまった。俺は慌てて彼女の肩を掴む。
「どうか手をお離しください」
「だからやめろってその口調! 今まで通りキミ呼ばわりして欲しいし、思ったことがあったら言ってくれ!」
「思ったことなど、ありません。私は一兵卒なので、領主様や神使様の言うことには逆らえません」
「あぁ、もう! 悪かったって! 謝るから、頼むよ」
「何に、ついてですか?」
「キミの立場や、気持ちを無視して事を運んだことだ。聞いてくれ。俺の事、全部話すから」
彼女の瞳には、明らかに怒りの色が浮かんでいた。俺は勝手なことをして、と彼女に怒られることは予想していた……どころか、望んでさえいた。だが、この怒られ方はまずい。
「…………」
「俺は……元々はここではない、別の世界にいたんだ。そこで医者をしていたただの冴えない男だったんだ」
「ヴィルンヘルムの……人間ではない……?」
この世界ヴィルンヘルムっていうのか……初めて知ったぞ。まぁ、今はどうでもいい。
「そこで俺はある日いきなり理不尽な事故に巻き込まれて死んだ。目を覚ましたら目の前にエレノアとかいうクソ女神がいて、あなたを殺したのは自分だとかぬかしやがった」
「こ、コラ……女神様に向かって……!」
少しいつもの調子に戻ったエリアスへ、俺はさらに続ける。
「俺を殺した理由は、俺が元居た世界より、このヴィルンヘルムに適性があるからって理由だった。女神の力の恩恵で、戦士としても、魔術師としても100パーセント魔力を使える才能があるから、前の世界のショボい生活は忘れて、こっちで世界を救って英雄になれって一方的に言いやがったんだ……!」
「そんな……だからキミは、あんなに強かったのか……?」
「当然俺は怒り狂ったよ。勝手に殺されて、前の人生を全否定されたんだからな……! だからあのクソ女神の思い通りにはならない、世界なんて救わないで、慎ましく幸せになってやるって、そう思ってたんだ……」
「それが……どうして?」
先程よりも少し同情的な顔つきになったエリアスが、問いかけてくる。
……やはり優しい人なんだ。そんなエリアスだから一緒に居たいと思ったんだ。
「キミと出会ったからだ。自分の怪我も、命も厭わないで、民を守ることに殉じようというその精神に、何より……その優しさと美しさに、心を奪われたんだ」
「き、騎士ならば当たり前のことだ……それに私は美しくなど、ない」
「キミは綺麗だ。優しいし、気高いし、可愛いらしいし、キミ以上の女性と俺は出会ったことはない」
「や、やめろ……! そんなことを言う男はキミ以外にいやしないぞ!」
「他の男どもは目が腐ってるか、全員ゲイなんだよ! 俺は完全にやられてるぞ!」
「ほ、本当に……そう思うのか? からかうのなら、もうやめてくれ……」
「本気だ! キミのいる世界だから! キミと一緒に居たいから! 俺は嫌で嫌で仕方がなかった使命を受け入れることにしたんだ」
「まさか……それでか?」
「そうだ。エリアスの気持ちを無視したことは謝る。でもああしなかったら、命令一つで俺とキミは離れ離れになってしまう。それが嫌だった。横暴だろうと、キミにそばに居て欲しかったんだ」
「どうしてそこまでして……?」
「キミが好きだからだ」
「はぁ!?」
「惚れたからだ、クソ女神の掌で踊らされてでも、キミと添い遂げたいからだ」
「まさか……これまでの軽薄な言葉は……全部本気だったのか?」
「当たり前だ! 俺は、世界を救ったところで、もう元居た場所には戻れない……だったら、この世界でキミと一緒に生きて、一緒に歳を取っていきたい」
「…………」
エリアスは真っ赤な顔で、驚きに目を見開いて俺を見ている。
「ど、どうでしょうか……エリアスさん?」
「でも、キミ……最初違う女性と添い遂げようとしていたよな?」
「げっ!」
やっべ、覚えていたか。どうしよう?
「その女性にフラれて、私の胸で情けなく泣いて、その果てに好きだ、添い遂げたいと言われてもなぁ……」
「はわわわわわ……!」
「ふっ! ふふふ……!」
俺が完全にパニクってあたふたしていると、エリアスが吹き出した。
「ふふふ、変なヤツだなキミは。あの奇跡を目の当たりにしないと、とても女神の神使とは信じられん」
「そ、そんなぁ……」
「いいだろう。本当にキミが女神がもたらした奇跡なのか、私がそばに居て、見極めてやる」
そう言って彼女が微笑んだ。俺の大好きな、衒いのない優しい笑みだ。
俺が好きになった、守りたいと思った笑顔だ。
「エリアス……」
「私は騎士だ。女であることを捨てた身だ。少し口説かれたくらいでほいほい
「…………」
「だから、キミが世界を救い。私も騎士としての役割を終えた時、その……考えてやる」
そう言って彼女は再び顔を赤くし、そっぽを向いた。
「エリアスっ! ずっとそばで見ててくれ! キミに選んでもらえるように頑張るから、俺!」
俺は彼女を思い切り抱き締めた。
「こ、コラっ! くっつくな! あくまで考えると言っただけだ! 離れろ軟弱者! 不埒者っ!」
「愛してるぞ! エリアス!」
「くっ! 殺せぇっ!!」
俺は喚く彼女をいつまでも抱き締めていた。
異世界の果てで愛を謳う アンチリア・充 @Anti-real-m
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