天才を授かってしまった僕の苦悩
あの夜が明け、さらに一日が経った。
前にも言ったが、毒を取り除き傷は癒しても、失った血や体力はすぐには戻らない。
だが俺は体力回復や造血のスピードにブーストを掛ける魔法も使える。
それを使って、患者一人一人がもう大丈夫だと思える状態になるまで責任を取るつもりだ。
エリアスとソルは既に俺のことを領主様に報告してくれたそうだが、未だに俺がお目通りすることも、報酬を受け取ることも出来ていない。
「そんなに御多忙なのか? 領主様ってのは」
俺はそう言って視線をエリアスに向ける。
「そうだ。最近の魔物の増殖は、ここ数年なかったと言われる程の異常さだ」
目の前の革で出来たかかしのような標的から視線を切らないまま、エリアスは俺の質問に答えた。
「俺としては、早いところ領主様にお目通りして、報酬を受け取って開業する旨を伝えて帰りたいんだがな」
医者としての本分は全うするが、軍医になるつもりはないということも伝えておきたい。
「……ここは兵達の訓練所だ。民間人の立ち入りは禁止だと先程も言ったはずだが?」
そんな俺の心を読んだのか、エリアスが俺を一瞥し、冷たい声で言う。
「先程も言ったが、俺は医者だ。病み上がりの患者が無茶をしないよう、見張る義務がある」
俺はそれを飄々と受け流した。
……こんなに待たされるんだったら、大した距離でもないんだし、一度ミルの村へ帰るべきだったかもしれない。
いやいや、どうせなら報酬を抱えて、これからのことは心配ないと見せつけて凱旋したいじゃないか。
それに、実際のところ患者の様子も見ておきたい。
そんなワケで俺は一番の重症患者だったはずのエリアスについて回っている。彼女は俺と一秒以上目を合わせようとしないが。
「勝手にしろ……だが、妙な真似をしたら斬る……!」
そう言ってかかしへと木剣を構えたエリアスの姿が一瞬視界から消える。と思ったら突然かかしの背面に現れ、一撃を振り下ろした……かと思うと、再び彼女の姿が消え、かかしの前方に現れ、斬り上げる。
……え、何だあれ、すごい!
俺が驚きに目を見開くと、更に姿を消した彼女が俺の眼前に現れ、木剣を喉元に突き付けていた。
「……分かったな?」
そう言って冷たい目で俺を睨むエリアス。彼女は目一杯凄んでみせたつもりなのだろうが、俺はそれどころではなかった。
「すごい! 何だ今のは!? すごいな!!」
ハッキリ言ってめちゃくちゃかっこよかった。漫画かアニメで見た瞬間移動のようだった。
俺は少年のように瞳を輝かせて、彼女の碧眼に尊敬の眼差しを送った。
「……っ!」
予想外の反応に驚く彼女の手を握り、捲し立てる。
「今の、魔力を使った体術ってやつだよな! 俺にもやり方を教えてくれ!」
「……貴様、医者なら無茶をするなと言うところだろう……ここは」
「少しなら大丈夫だろ! 無理にならないくらいの具合で頼む!」
「そんな簡単に出来る技ではない! 大体民間人の貴様が使えたところで仕方ないだろう!」
「かっこよかったんだ!! 俺もやりたい! なぁ、いいだろう? 教えてくれ!」
「分かった! 分かったからそれ以上顔を近づけるな! 手を離せ!」
俺の手を振り解いたエリアスが後ろを向き、深呼吸する。
「わ、悪い……あんまりにかっこよかったから」
「……そんなにか?」
「ああ、あんたが小隊の連中に慕われてる理由が分かったよ。あんな美しい戦い方が出来るんだもんな」
「……本当に?」
「ああ、女だと侮っていた連中が驚いて唖然とする様が目に浮かんだよ」
「……ふ、ふん! 知った風な口を利く!」
そんなことを言いながらも、まんざらでもない様子でエリアスが振り返る。
「俺、魔法は使えるんだけど、体術の方はやり方がよく分からないんだ。なんとなくの馬鹿力で必死に走ったり跳ねたりしてただけだから」
「私からすれば魔法の方が扱い難いと思うのだが……」
ああ、そういえばミルが言っていたな。魔法と身体強化の才能は生まれついてるものだって。
確かクソ女神によれば俺はその素養が両方に極限まであるんだとか。
ならばこちらの使い方も達人から手解きを受けておきたい。
「俺は記憶喪失だからさ、魔法はなんとなく使えたんだけど、体術の方にどれだけの素養があるか分からないんだ」
これは嘘だが、少しでも同情を引いて教えてもらえるなら、そして、彼女との関係が友好的になるならと思い俺はそう言った。
「……いいだろう。だがこれで貸し借りはなしだ。あの夜のことは忘れると約束しろ」
「あの夜のこと……?」
ああ……うん。彼女の裸体を見てしまい、あまつさえその胸に……うん。アレしたことか。
「思い出すな!!」
「でも、綺麗だった……よ? とても……」
これは……正直、本心だ。他の女性の裸体を見たことはないが、彼女を美しいと思ってしまったのは事実だ。
「だ、黙れ! 殺せぇっ! いや殺す!」
「わ、分かった! 忘れる! もう忘れた!」
真っ赤になって照れたり凄んだり、ころころ表情を変えるエリアスを宥めながら、俺は彼女に教えを受けることにした。
……結果。物凄く簡単だった。
きっとこれは他人が何年も掛けて、研鑽の果てに体得するものなのだろう。だが俺は天才として作られてしまった。
そんな作られた天才である俺が、いとも簡単にその境地にたどり着いてしまう罪悪感に再び苛まれながらも、体術のコツは掴めた。
「あれだけ見事な術式を組んで見せていたのだ。キミは、魔力の流れは見えるのだろう?」
一応俺の魔法の腕は認めてくれていたのだな。エリアスはそう言った。
「あぁ、見える」
「その身体を循環する魔力を意識的に強化したい部分に集めるイメージだ。例えば、足先に集めて踏み込みの時に爆発させるイメージをすれば……」
そう言ったエリアスが瞬時に俺の背後に現れる。
「……こうなる」
「すごい!」
「ふん、あと大事なのはその魔力によってどんな効果を得ようとするか、しっかりイメージすることだな。腕で敵の攻撃を防ぐのなら岩のように強固なイメージを。敵の防御を上回るつもりなら、その岩を切り裂くような鋭く研ぎ澄まされた魔力を放つイメージ、といった具合だな」
「……なるほど」
魔法と変わらないじゃないか。あ、違う。その感覚で魔法が使えるのは俺だけだった。
つまり俺は、体術も魔法も効果をイメージするだけで使える天才ってことか。
「身体を循環する魔力を……足先に集めて、踏み込みの時に爆発させるイメージ……!」
俺は早速試してみることにする。先程のエリアスの動きを鮮明に思い出して。
「そんなイメージを乱戦の中で行うには、集中力と平常心が何より大切なのだ。そしてそれを発揮するために、日頃の訓練が大切なワケだ。教わったからといって一朝一夕で出来るものでは──」
「こうかっ!!」
俺は説明を続けていたエリアスの背後に回り込み、声を掛けた。
「──あぁ、そう……だ」
そう言って振り返るエリアス。
少し距離が縮まった気がしていた彼女の顔が引きつっていることには、さすがに空気の読めない俺でも気が付いた。
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