生き方

 

 俺が目を覚ますと視界にはソルが映っていた。


 上体を起こすと前髪から水滴が滴る。


 ……この野郎、水ぶっかけて起こしやがったな。


 だが、まぁ正しい判断だろう。一刻を争う事態だし、実際に俺はエリアスを瞬時に治してみせたのだ。


 ソルにとっては治せるのでは、と縋っていた希望が確信に変わったのだ。すぐにでも起こして民の治療に当たらせたい気持ちは分かる。


 ひたすら申し訳なさそうな顔をするソルに文句を言う気にもなれず、俺は頷いて立ち上がった。


 視界の端に、服を着たエリアスが映る。


 彼女は一言『感謝する。民を頼む』とだけ言ってそっぽを向いてしまった。


 余程恥ずかしかったのだろう。実際生かすか殺されるか、生かされるか殺すかの、戦いといってしまっても差し支えない攻防だったからな。


 別に治療した患者に感謝などされなくても構わない。そんなの前世で散々味わってきたことだ。


 目の前の失われていく命を救うことが出来た。それが最優先だ。それに報酬も貰える。今はそれでいい。



 ◇



 十五名。毒や傷を受けた難民達を優先的に、一応体調に変化のない者にも解毒と回復魔法を施し終えた。これで俺の仕事は終了だ。


 ……先程は感謝されなくても構わないなどと言ったが、やはり助かったことに喜び、涙を流しながら家族が抱き合う光景には、胸を打たれる。そんな家族にお礼を言われて嬉しくないワケがない。


 自分がこの結果を生み出せたのだと思うと、誇りたくなる。


「今度近隣の村で診療所を開業しようと思っています、タイトという者です。こちらの街にも回診に来る予定なので、ご用命の際は遠慮なくお声掛けください」


 俺は満点の笑みで自己紹介をした。


 そう、これが俺の考えたこの世界での生き方だ。


 ミルの村で彼女の傍にいて、彼女の仕事を手伝いながら、診療所を開く。週に何回かはこちらの街に出向き、出張医療を行う。


 今回の報酬として、兵舎の使っていない施設を出張時の簡易施設として間借りさせてもらうことも、ソルには領主に伺うよう頼んである。


「タイト殿……本当にありがとうございます。報酬の件、責任を持って対処させていただきます」


 今日はもう夜も遅かったので、ソルの兵舎に泊めてもらうことになった際、改めてソルが礼を言ってきた。


「ふふふ、村で偶然見つけた怪しい馬の骨に賭けてみて、良かったでしょう?」


 俺は少し意地悪な笑みを浮かべてそう言う。


「いやぁ……あはは。しかしそれにしてもタイト殿の術は見事なものでした。宮廷魔術師にも勝るとも劣らないものです。どこであんな魔法を身につけたのですか?」


「それが自分でも分からないんです。俺は記憶喪失ですから」


「……誠ですか?」


「ええ。記憶を無くして、近くをうろついていた俺を受け入れてくれたのがあの村です。ですから、俺はあの村でみんなに恩返しをしながら、静かに暮らしたいと思っています」


「…………」


「ですから、可能な限りこちらの街にも来て、病人や怪我人の治療には当たるつもりですが、空いた軍医の席に座るとかは、ちょっと遠慮したいと思っています」


 俺は今回エリアスや民達を全員救ったことで、次にソルや領主が何を求めてくるかまで予想していたので、先に自分の意思を表明しておくことにしたのだ。


「分かりました。そのように伝えておきます」


 先んじて牽制されてしまったソルは、少しバツの悪そうな顔をしていたが、苦笑いしながらも俺の意思を尊重してくれるようだ。


「……エリアス、小隊長さんは、何か言ってました?」


「いえ、特に何も。ですが、あなたと目を合わせようとしませんでしたね。何かあったのですか?」


「あー……まぁ、あれです。治療の際に、肌を見てしまいましたから。それが大分恥ずかしかったようで」


「彼女が、ですか? 私達が思うに、あの方はそんな人ではないと思うのですが……」


 おいおい、それはある意味侮辱にも取れる言葉じゃないか?


「彼女は、自分が女であることを我々に意識させないような立ち居振る舞いをしていましたので」


「男勝りってことですか?」


 俺には関係ないし、首を突っ込むつもりも全くないのだが、あれだけ美しい女性が男どもの中でその女性らしさを殺して生きるのは勿体ないな、などと勝手に思ってしまった。


 ……まぁ、本人が選んだ生き方を否定しても、何も良いことはないだろうが。


「まぁ、有り体に言ってしまえば。女だと馬鹿にしたりからかったりする連中を、いつも実力で黙らせてきましたので、今では尊敬する者も多いのですよ。私も含めて」


「へえ……」


「領主様への報告は小隊長殿も同席なさるはずです。もう少し仲良くしておいた方がいいかもしれませんね」


「は、ははは……そうですね」


 少し困ったような顔でそういうソルに愛想笑いを返し、この日は床に就いた俺だった。


 エリアス……か。


 間近で見た、彼女の美しい肢体や、磨きこまれた宝石のような碧眼、白い肌を真っ赤にしてこちらを睨むその表情を思い出してしまった。


 ……綺麗、だったな。


 ……いかんいかん。あれは医療行為! そもそも俺にはミルが……!


 俺は頭まで毛布を被り、無理矢理目を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る