病床での死闘

 

「帰れ! 見るな! 近づくな! 殺せぇっ!」


 唖然として立ち尽くす俺にひたすら罵声を浴びせている金髪娘。この女性が騎士で、しかも小隊長だというのか。


 確か、名前は──


「──エリアス・スクエアさん」


「はい。我らの小隊長殿です」


「気安く呼ぶな! 殺せ!」


 答えるソルと叫ぶエリアス。


「彼女を、治せばいいんですね」


「はい。出来ますか?」


「いらん! 殺せ!」


 もう何言っても殺されたがるじゃん。


 殺されたがりはとりあえず無視して、俺はソルの方を向く。


「出来ますよ。おそらく」


 もし彼女を蝕んでいるのが、俺の知らない毒だったら、俺はそれをまた自らに取り込み、性質を理解し、抗体を生成し、解毒魔法に組み込まなくてはならないワケだが。


 その際に俺が毒で死なない限りは、治せるはずだ。


 問題は……


「あの患者、傷を見せるどころか、近寄ることすら許してくれなさそうですが」


「そこは、その……どうか、説き伏せていただきたい」


「いらん! 帰れ! 殺せ!」


 丸投げか。どうしろってんだ。


「彼女は、近隣の村がオークとゴブリンの混成部隊に滅ぼされたとき、難民を救出し、撤退する我々の殿しんがりを務めたのです」


「小隊長が?」


 普通、隊長って前方、後方どちらにも指示を出せるよう、中心にいるものなんじゃないのか? 知らないけど。


「小隊長がです。彼女がそうしていなければ、我々は難民諸共全滅していたでしょう。おかげで村は乗っ取られたものの、村民に死者はおりませんでした。今のところ、は」


 ……傷と毒を負った者はいて、俺がそれを癒せなければ、ゼロではなくなる……と言いたいんだな。


「要するに、可及的速やかにこのじゃじゃ馬さんを説き伏せ、治療し、難民の皆さんも助けろ、と」


「心苦しいのですが、そういうことになります」


「誰がじゃじゃ馬だ! 殺せ!」


 そこは殺すぞ、じゃないのか。


「……本当に、村で拾った怪しい医者に即日で任せる仕事としては、無茶が過ぎる」


「そこは重々承知しております。ですが、我々は失うわけにはいかないのです。民も、彼女も」


「…………」


 俺はソルの目を見る。真剣そのものだった。これは地位や権力などに囚われていない、使命にこそ生きる者の瞳だった。


「分かりました。全力を尽くします」


「ありがとうございます!」


 貴族であろうソルがこんな怪しい男に頭を下げる。それがどれほどかは分からないが、異例のことであるのは俺にも分かる。


「ですが、仕事に見合うだけの謝礼はいただきます。その金で救える命があるんだ」


「分かっております。元を言えば、私共が駆けつけるのが遅かったことが原因なのですから。領主様にも伝えておきます」


「ありがとうございます。では、患者と二人にしてください」


「ですが……」


 俺の解毒の生成法は、他人に見られるワケにはいかない。もしあんな方法で魔法を開発しているなんて知られたら、俺は捕らえられて日夜毒を飲まされることになってもおかしくないのだ。


「信じてください。全力を尽くします」


「分かりました。くれぐれもよろしくお願いします」


 そう言ってソルは出て行き、俺はベッドに腰掛け、こちらを睨む猛獣と二人きりになった。


「……ソルさん。すごい真面目な人なんですね」


「……寄るな。殺せ」


 先程よりはいくらか落ち着いたようだが、結局口から出てくる言葉は変わらない。


「殺せ殺せって……命はそんなに安っぽく投げ打つものではないでしょう」


 そう言って俺はベッドの横にあった木の椅子に腰掛ける。


 瞬間、喉元に剣先が突き付けられた。


「……それ以上近づいてみろ。二度と軽口が叩けなくなるぞ」


 ……速い。こんな一瞬で傍らにあった剣を鞘から抜いて、俺に突き付けたのか。正直驚いた。


「私は騎士だ。民を救った際に受けた傷で死ぬのなら本望だ。ゲスに身体を弄ばれて生き永らえるくらいなら、このまま名誉の死を遂げる」


「俺は医者だ。医者が患者を救う際に、邪な感情なんて入る余地はない。ただ目の前の命と向き合うだけだ」


 彼女の信念は分かった。実際、さっきから視界に浮かぶ文字は、彼女を誇り高い騎士のまま死なせることを促すようなものばかりだった。


 今回に限り、この能力は役に立たないようだ。だが俺も引くワケにはいかない。


 ……シーツ越しだが、彼女は裸体に包帯が巻かれた状態だ。


 おそらく傷口に巻かれた包帯に回復の術式が刻まれていて、そこに魔力を絶えず注ぎ、回復魔法を発動させ続け、傷の悪化を防いでいるのだろう。


 そして毒が傷の完治を阻害している……と。彼女の魔力が切れる前に治療しなくては。


「ゲスな目で私を見るな。目を斬り裂くぞ」


「そんなに信用ないかね? 俺」


「むしろどうやったら信用に足る要素があると思える?」


「あんたは自分の部下……ソルさんを信用できないか?」


「……何だと?」


「ソルさんは絶対にあんたを治してくれと、俺を信じて託したんだ。あんたはそれを無駄にしたいのか」


「随分と口が立つようだ。そうやって何人の女を手籠めにしてきた?」


「俺の女性経験は0人だ。正直、そんな格好のあんたを見て、緊張して仕方ないよ」


「嘘を吐くな! そんな顔をしていて……童て──純潔なワケがないだろう!」


 ……そういや、俺はこちらの世界にきて自分の顔をまだ見てないぞ。あの村には鏡がなかったからな。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


「近隣の村に、婚約者がいる。その村がゴブリンに襲われて、それを助けに来てくれたソルさん達に連れられてここにきたんだ。ソルさん達が受けた傷を瞬時に治してみせたからね。黙って俺に任せてくれたら5秒で終わる」


「毒は? どうやって治す?」


「毒を解析する。そうすれば治療法が分かる」


「どうやって解析する?」


「言えない」


「それでよく信じろなどと口に出来たものだ!」


 ……これはもう、力づくでいくしかないか? いや、もう少し対話を続けてみよう。


「治療法が分かれば、同じ毒で苦しんでいるあんたの仲間や、あんたが命がけで救った民を助けることが出来る! 怪しいのは重々承知だ。それでもここは俺を信じて、力を貸して欲しい」


「…………」


 エリアスが、一瞬迷うそぶりを見せた。畳みかける!


「あんたは自分の命を懸けて民の命を救うのが仕事だろう! 医者だってそうだ! 目の前で救えたはずの命が絶えるのを見るのが、どれだけ無念か、想像してみろよ! 臆病者!」


「なんだと……!」


「そうだろ! あんたはこのまま民を救えた英雄気分のまま死にたいんだ! 毒に侵された民が死んで、犬死になる前に! 怖いんだろ! 本当はもう自分も民も助からないって諦めてるんだろ! これが臆病者じゃなくて何なんだ!?」


「貴様……!」


「俺なら治せる! あんたも、民も! あんたの誇りも! 救えるんだ!」


 俺は真っすぐエリアスの瞳を見たまま、叫んだ。


「……いいだろう。だが、少しでもおかしな真似をしたら殺す」


 そう言って、彼女は剣を下げる。


「あぁ……ころ……せ?」


 身体の前でシートを抑えていた手が緩み、彼女の身体があらわになる。


「何だ? 余りじろじろ見るな」


「あの……胸の包帯以外に……傷は……?」


「ない」


「…………」


「…………」


 ……マジで死ぬかもしれない。


 だけど、もうこのチャンスを逃しては彼女を癒すことは出来ないかもしれない。


 これ以上時間をかけては、彼女も民も救えない可能性が増えていくだけだ。


 ……坂本……俺、三回目の死を迎えるかも。


「包帯を外して、傷口を見る」


「……っ。他に、手はないんだな?」


 エリアスの声が震えている。顔も真っ赤だ。


「あぁ、信じてくれ。決して不埒な行為はしない。あんたをエロい目で見ないと約束しよう」


「……っっ!」


 ぎり、と歯ぎしりの音がしたあと、エリアスは自ら包帯を解き、裸体を俺に晒した。


「…………」


 ……なんで! よりによって! そんなスレスレの位置に傷があるんだよぉぉ!!


 俺は天に向けて叫びたい気分だった。


「は……早く、しろ……っ! 早く済ませてくれ……!」


 エリアスは息も荒く、悔しそうに涙を浮かべながら屈辱に耐えている。もう耳まで真っ赤だ。


 ちくしょう、もう覚悟を決めるしかない!


「エリアス! 信じてくれ! これから行うのは医療だ! 決してエロい行為ではないんだ!」


 俺は近づき、エリアスの両肩に手を置き、かつてない程に真剣な目で、彼女の目を見ながら叫んだ。


「分かったと言っているだろう! さっさと──きゃあっ!!」


 俺は彼女の返答を最後まで聞かず、その乳房の傷に口付けた。


「な、何をして……んっ! あん……っ!」


 そのまま彼女の傷口に舌を割り入れ、毒を思い切り吸い取り、飲み込む。


「こ、殺せぇ──っ!!」


 次の瞬間、一気に眩暈と動悸に襲われた。


 即座に毒素を解析……! 抗体を生成……!


 頭頂部に肘鉄が撃ち込まれる。


「貴様っ! 殺すっ! あれだけ言っておきながらっ! 不埒者っ!」


「ちがっ! 違う! もう少しだ! もう少しだけ……!」


 容赦ない彼女の攻撃に半分意識を持っていかれながらも、俺は術式を組み上げる。


「何がもう少しだけだ! この色魔めっ! 殺す! 貴様を殺し、私も死ぬ!」


 そう言って拳を振り上げる彼女の腕を掴み、ベッドに無理矢理押し倒す。


「うぉおおっ!」


 片方の手は自分に、もう片方は彼女の胸に。


 俺は解毒と回復の合成魔法を同時に放った。


 見る見る内に彼女の傷が塞がり、消えていく。


「はぁっ……はぁ……っ!」


「ふぅ……ふぅ……」


 ベッドに組み敷き、組み敷かれたままの態勢で俺達は荒い息を吐いた。もうどっちがどっちの息だか分からない。


 やった……治せた……救えた!


 そう確信し、彼女の顔に視線を送ろうとした瞬間、顎に衝撃が走り、俺はそのまま糸の切れた操り人形の様に彼女に倒れ込んだ。


 彼女が組み敷かれた態勢のまま、俺をぶん殴ったのだ。


「この不埒者っ! 殺せぇっ!」


「ち、ちが……」


 起き上がることも、動くことすら出来ないまま、俺は彼女の胸に倒れ込んだまま、意識を失った。



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