エリアス編
エリアス・スクエア
……結構揺れるもんなんだな。貴族が乗ったりする物なのに。
窓の外を流れる景色を眺めていても特に何の感想も出てこなかった俺は、なんとなくそんなことを考えていた。
今俺は、村を助けに来てくれた騎士達と共に馬車に揺られている。といっても、一緒に乗っているのは向かいに座るソルとジャーとかいう二人だけだが。あとの方々は外に御者が一人、後ろに馬に乗った騎士がもう一人といった具合だ。
「突然無理な申し出をしてしまって、誠に申し訳ございません、タイト殿」
俺の表情から、居心地が悪いと思っていることを察したのだろう。ソルが畏まった顔で言う。
「いえ――いや、まぁはい。かなり強引でしたね」
一瞬そんなことないと言おうと思ったが、取り繕っても仕方なしと思い直して、ぶっきらぼうに俺は窓の外に視線をやった。
相手は貴族だ。対して俺は近隣の村にいた記憶喪失の怪しい男だ。にも拘わらず、貴族の騎士様が俺に詫びを口にするのは、それだけのワケがある。
「本当に申し訳なく思っております。ですが、一刻を争う事態でしたので、どうかお許しください」
「それは先程も伺いました。あなた達の……隊長さん、でしたっけ?」
「小隊長です。今も病床に臥せっておられます」
「……毒矢、でしたっけ」
「ええ……先日、郊外でオークとゴブリンの混成部隊と戦闘になった際に。その毒のせいで傷は治らず……今も苦しんでおります。他の兵も同じような状態ですが、一番重症なのは小隊長殿です」
「軍医みたいのはいなかったんですか? 治療できる人がいないんじゃ毒一つで全滅じゃないですか」
「いました。ですが、丁度その戦闘で戦死を……私共が守り切れていれば」
ソルは悔しそうに拳を自分の膝に打ち付ける。
「あれだけ大きな街に他に医者がいないってのもおかしな話ですね」
俺がそう言うとソルとジャーが目を合わせる。何だ……?
「……ちょっと、事情がありまして。タイミングが悪かったんです。色々と」
「……はあ」
平民には言えない事情があるってことか。別に構わないけどさ。あまり首を突っ込んでもいいことなさそうだし。
「おかげで兵は減るばかりです。そのせいで──」
「その辺は興味ありません。俺はその人を治します。そして、その分の報酬を貰うだけです。新しく牛が買えるだけの報酬を」
「分かっております。謝礼は必ず……!」
つまりはこういうことだ。
あの村で彼らの受けた毒と傷を俺が瞬時に癒してしまったことで、先程言っていた毒を受けた小隊長さん以下、兵士の皆さんを助けてくれ、と嘆願……懇願かな。お願いされてしまったワケだ。
いや、誘拐かもしれない。何せ俺はその勢いのまま、ミルを抱き締めることすら許されず、馬車に押し込まれてしまったのだから。さすがに血まみれの服の代わりは貰えたが、あまりに強引だ。
俺としてはモルを失って泣き崩れているミルに寄り添っていたかったが、冷静に考えて、モルを失ってしまった彼女らがこれからも生活していくには新しい牛が必要だ。
……それに、明日をも知れない状態の人達が大勢いて、それを自分なら助けられると聞かされては、俺は動かずにはいられなかった。
悲しみに暮れるミルを抱き締めることが出来ても、そのせいで大勢の人達が死んでしまったら、俺は自分を許せないだろう。
彼女は強い女性だ。必ず立ち直る。俺が支えてみせる。
……あの家族は、俺が守る。
その為には、愛だの希望だの抽象的な甘い囁きなどではなく、金が必要だ。
目を閉じ、満面の笑顔で両手を広げ、出迎えてくれるミルの姿を想像しながら、俺はスイッチを切り替える。
待っていてくれ、ミル……! 全員サクッと完治させて、大金持って帰るからな……!
◇
馬車が前にミルとも来た街道を走り、やがて無骨な石造りの……兵舎? かな? とにかく、目的地に着いた。
「タイト殿……確認ですが、これからあなたにお願いするのは──」
「ええ、分かってます。先日の戦いでやられた兵の解毒と傷の治療。でもまずは一番重症の小隊長さんからでしょ?」
馬車を降りた俺は、前を歩くソルに付いていきながら返事をする。
「はい。その通りです。そうするに当たって、いくつかお願いがございます」
「……何ですか。着いてから言うなんてちょっとずるくありません?」
「決して、諦めずに、逃げ出さずに小隊長を治してやってください」
「……は?」
……どういうことだ?
「次に、もう一つお願いです。これから申し上げる話を、他言しないでいただきたい」
「……何でしょう?」
「先日、死んだ軍医……名をゲッスというのですが……ヤツは、確かに腕は良かったのですが……人間としての品格は、最底辺の部類の人種でした」
「……ゲス野郎ということですか」
「ええ、治療と称して、女の身体をまさぐるなんてことは日常茶飯事。魔力の供給がどうとか言い張って関係を持とうとするくらいのクソ野郎でした」
「…………」
……どこの世界にもいるもんだ。医者の肩身を狭くする不埒物が。
「そいつがこの街の医療窓口を独占しようと画策していたが為に、嫌がらせを受けた他の医者達は兵舎に近づこうともしません」
……ああ、さっき二人が目を合わせて迷っていたのはこのことか。
「それは置いておきまして、とにかく、死んだ軍医はカス野郎でした」
「はぁ」
ひでえ言われようだ。本当はそいつが死んだのを喜んでいるんじゃないのか、こいつ。
「そのせいで、小隊長殿は医者というものに対して強い不信感を持っておられます」
げぇ……完全にとばっちりじゃないか。
「諦めず、逃げるなって言ったのはそういうことでしたか」
「ええ、以前は健康チェックとか言って、身体に触ったゲッスの鼻をぶん殴ってへし折ったこともあります」
「えぇー……」
どんなゴリラだよ。勘弁してくれないか。俺は今からそいつを治すんだぞ。
……というか、ゲッスとかいうのは男にまで手を出す、好色ゲス野郎だったのかよ。
俺の脳裏にはゲスの鼻っ柱を殴り、猛り狂う髭の偉丈夫が浮かんでいた。
「エリアス・スクエア。それが小隊長殿の名です」
「……はあ」
「エリアスというのは、一般的には男の名前なのですが──あぁ、ここです」
ようやく目的の部屋に着いたのか、ソルがドアをノックする。
「ソルです! 小隊長殿を治せる医者を連れてきました!」
「……入れ」
……ん?
ドアの向こうから返ってきた声は、想像していた重く太いおっさん声などではなく、どこか中性的なものだった。
「失礼します!」
「失礼しま──」
「何だ、そいつは!」
入るなり俺を怒鳴りつけてきたのは、やはり女の声だった。
見ると、ベッドに座り上体だけ起こしてこちらを睨みつけているのは──。
「ふざけるな! 男だと!? こんなヤツに私の身体をまさぐらせ、辱めるつもりか!」
短めの金髪に輝く碧眼。
「いえ、小隊長。あれはゲッスがゲスであっただけで……」
「くっ……! 殺せぇっ……!!」
紛うことなき、女騎士だった。
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