大切な人の大切なもの

 

「村が見えてきましたね」


 あれから三十分程休んだのち、ミルのペースに合わせて歩けるくらいに回復した俺は、彼女と共にまた三十分ほどかけて、ようやく村への帰還を果たした。


「うん。早く無事なところを見せて、ランドさん達を安心させてやろう」


 だが、そんな俺達を待っていたのは、予想だにしない、過酷な現実だった。


 良かったと泣きながら手を広げるランドさんと、笑顔の村人達──。


 広場に広がっていたのは、そんな甘い期待とは打って変わって凄惨な光景だった。


「これは……?」


 腕や額から血を流し、息を荒げるテウマに……テウマが連れてきたのだろう。数人の騎士が、似たような傷を負ったのか、術士から治療を受けていた。


「一体……何があったんだ?」


 俺はテウマの前に膝をつき、その傷に手を添えながら問う。


「……ゴブリンだよ」


 そう言ってテウマが顎をしゃくった方を見ると、五匹ほどのゴブリンが死体となって転がっていた。


「ゴブリン……!?」


 俺とミルは顔を合わせる。


「そういえば……私が運ばれた時、何匹かゴブリンが外に出て行った……ような」


 震えながらミルがポツリと呟く。


 俺が殺した五匹で、全てじゃなかったということか……?


「お前が出て行ったあと、言われた通り騎士を連れてきたら、攻め込んできやがった。何とか撃退は出来たがよ……」


「そうか、武器に毒が……傷を見せろ。俺なら治せる。他に怪我人は?」


 俺はそう言ってテウマの傷を瞬時に治す。次いで怪我を負った騎士の治療に回る。


「俺と……騎士様達だけだ。他のジジイババアは、逃がした。どうにかな」


「そうか……すごいじゃないか。よくやった」


「…………」


 テウマが黙る。当然『てめえに褒められたって嬉しくねえよ』と来ると思っていた俺は驚いてそちらを視線をやる。


「……テウマ?」


 見れば、彼は涙を必死に堪えていた。食い縛った歯からは血が出ていた。


「やれて、ねえんだよ……」


 そう言って顔を背ける彼の視線を追う。そこには──


「モル……?」


 ──横たわり、動かなくなった牛。ミルの家族である、モルがいた。


「連中、繁殖の為の女と、食料として、牛を奪いに来やがったんだ」


「…………」


 ……そうか。だからヤツらは、まずミルを手に入れ、次いでモルを手に入れに村に来たのだ。俺が飛び込んで殺したのは、別働隊だったのか。


「俺が騎士達を連れて戻ってきた時には、モルはもう──」


 或いはミルを襲った後、完全にこの村を滅ぼしにやってきた可能性もある。


「モル……?」


 ミルが先程の様子からは信じられないような弱々しい声を上げ、モルへと近づいていく。


「モル……? 嘘でしょ……?」


 テウマがそんな彼女から目を逸らす。


 俺は、彼女の背中をずっと見ていた。


「モル……? モル……!」


 彼女が家族の元へと辿り着き、跪き、縋りつくまで。


「いやぁああああああ――っ!! モル! モル――っ!」


 彼女の慟哭を耳にしながら、俺は考えていた。


 ……どこを間違えた、と。


 俺には他の者にはない、超人的な……いや、神にも近しい力があったはずだ。


 なのに、何故こうなった?


 どうすれば良かった?


 俺は自分の身を守り、大切な人の身を守った。


 だが、大切な人の大切なものまでは……守れなかった。


 だが、他にどうしようがあった?


 ここに留まり、村を守るべきだった?


 ありえない。そんなことをしていたら間違いなくミルは手遅れになっていただろう。


 やはりあの場で俺が取った行動は、最適解だったと思われる。


 だが、結果としてミルの大切な家族、モルは死んだ。


 俺が甘かったから? 有無を言わさず即座にゴブリン共を皆殺しにしていれば、こうはならなかった?


 それなら、背中を刺され傷を負い、血を失うこともなく、即座にこちらの戦いに参戦出来ていた?


 いや、こんなことになっているなんて、知りようがあるものか。


 分からない。分からない。


 だが、一つ分かったことがある。


 俺は全能などではなかった。


 目の前で泣き崩れる想い人の涙を、止めてやる方法すら分からない、一人のちっぽけな男だ。


 それが結果だ。


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