言葉以外は雑魚

 

 お互いを支え合うようにして洞穴から出た俺達は、日の光の眩しさに目を細める。


「ミル、少し離れていて」


 俺がそう言うとミルは少し戸惑うような顔で頷き、離れる。


 ……自分でも驚く程、低い声が出てしまった。いかんな。


 この場所で起こったことで、俺の中で何かが変わった。それは確実だ。こちらを殺そうとしてくる敵に情などかけていたら、守りたいものも守れない。


 ……甘さなど捨てなくては。


 俺は振り返り、洞穴……ゴブリンの住処に向き直る。


「お前らに言語があって、俺がそれを理解出来たら……お前達の言って欲しい言葉が分かったなら、こうはならなかったかもな」


 奥の空洞から出口まで這い出てくるまでの間、術式を刻み続けてきた壁に向けて、魔力を込める。


 壁を伝い、光が奥へと走って行き、やがて見えなくなった。


 数秒後に爆発音が聞こえた。岩が崩れ、完全に洞穴は崩落する。


 入り口も念入りに塞いでおくことにする。元々中では火が起きていたのだ。一酸化炭素で満ち満ちていることだろう。


 頭を潰し、爆発させ、焼き、とどめに崩落だ。


 連中の生命力がどれだけあろうが、これで大丈夫なはずだ。俺くらいの回復魔法が使えるのなら話は別だが。


「終わったよ、ミル……怪我はない?」


 敵に情などかけていたら、守りたいものも守れない。


 だが、その守りたい人を怯えさせていい理由にはならない。俺はこれまでと変わらない笑顔を彼女に向けた。


 俺は笑顔が得意だ。好きではないが、得意だ。当たり前である。医者だからな。


「タイトさん……」


 ミルの顔や、身体のあちこちに小さな擦り傷や汚れを見つけた俺は、彼女の頬に手を当てた。


「すぐに治すよ。ヤツらに触れられたところも、全て消毒しよう。感染症なども持っていたら一大事だ」


「ちょ、タイ──」


 彼女の返事も待たずに俺は身体中をまさぐった。これは医療行為であり、手遅れになったら大変だからだ。


「だ、だい、大丈夫です! どこも怪我してませんから!」


 真っ赤になってそう言うミルに、頭を手で抑えられてしまった。


「そ、そうか? なら汚れた場所の消毒だけにしておこう」


 そう言って俺は彼女の腕や肩へと手を添え、施術していく。


「タイトさんって、結構強引で……大胆なんですね」


 嫌がっていた割に、どこか嬉しそうな声でミルが言う。


「いやこれは医療行為だから、決していやらしい行為では──」


 そう言って俺は顔を上げる。そこで気が付いた。


 彼女の顔には≪好きになった人だからだよ≫と文字が浮かんでいた。


 あ……しまった。顔を見ていなかったから分からなかった。まぁ大丈夫だろう。治療より優先させることでもないし。


「あ……お父さん? お父さんは──!」


「ランドさんは大丈夫。俺が治したから。ちゃんと生きてるよ」


 俺がそう言うと、彼女は心から安心したように大きく息を吐き、俺の胸に顔を預けた。


「良かった……良かった。タイトさん、ありがとうございます」


「うん。本当に良かった……俺もミルが攫われたと聞いて、血の気が引いたよ。怖くて仕方がなかった」


 俺は最後に、倒れ込んだ時に出来たのであろう、彼女の頬の擦り傷に手を添え、そう囁く。


「タイトさん……」


 彼女の目に溜まる涙を見ながら、俺は続ける。


「でも、もう大丈夫だよ。これからも、キミのことは俺が守る。守らせて欲しい」


「……はい」


 そう言って、彼女は目を閉じた。


「よし、これで治った。傷痕も残らないはずだよ」


 俺は自分の腕前に満足気に頷く。


「なんで、変なところは疎いんですか……」


 再び目を開けた彼女は、何故か不機嫌な声を出した。


「え」


 ……何故だ? 俺、また察せない男やっちゃいました?


 確かに俺は相手の欲しい言葉が分かるが、分かるのはあくまで言葉だけだ。何をして欲しい、何も言わずにこうして欲しいなどといった要望は分からない。


「もう、いいです」


 頬を膨らませるミルに俺が困惑していると、彼女が何かに気づいたように大きく目を見開く。


「タイトさん……! 服が、血まみれじゃないですか」


「あ……うん。大分、血を流してしまったからね。そのせいで、さっきから少し調子が悪いね」


 そう。先程の攻防で俺は二度目の死をほぼ迎えかけていた。その際にギリギリのところで再生には成功したものの、大量の血液を失ってしまった。


「一応、腎臓や骨髄の働きを活発にして、造血にブーストは掛けてるんだけど、まだちょっと全力で動いたりは出来ないかな」


「大丈夫……なんですか?」


「うん。少し休めば。でも造血って細胞分裂で作られるからこれってある意味寿命を縮める行為でもあ──」


「いいから、横になってください! 早く!」


 俺の言葉を遮って、ミルは自分の太腿に俺の頭を寝かせた。所謂膝枕だ。


「……自分の方が強引で、大胆じゃないか」


 俺はミルに聞こえない声でそう言いつつも、お言葉に甘えて、少し休ませてもらうことにした。


 ……坂本、俺は今日……初めて女の子の膝枕に頭を乗せたぞ……!


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