異世界へようこそ
……あそこかっ!?
ブレスレットの反応を確かめつつ、枝から枝へと飛び移りながら、俺は前方の岩に洞穴を見つける。
その洞穴の前に降り立った瞬間、ブレスレットの光が消える。
……エルが、死んだ?
いや、そんなはずはない。ヤツらがミルを攫ったのは、殺す為ではなく、犯す為だ。そもそも殺すのならここまで連れてくる意味がない。
おそらく、意識を失ったか、魔力が枯渇したのだろう。
「ギリギリだったな……」
もしこの光が途切れるのがもう少し早かったら、大幅にタイムロスしていただろう。
住処を見つけてからで、本当に良かった。
「暗いな……」
手ごろな石をいくつか拾い上げ、灯り代わりに光の術式を付与して穴に投げ込む。
……こんな暗闇で活動できるとは。ゴブリンは夜目が利くのか。
もしかしたら、鼻や耳も優れているのかもしれない。
本来ならば、慎重になるべき局面なのだろう。
だが俺は洞穴に飛び込んだ。
最優先すべきは、ミルだ。
その為にも、奇襲を仕掛ける。
ミルを人質に取られる可能性もあるが、即死でもさせられない限り、俺は彼女を回復させられる。
もしこの戦法のせいで、彼女が傷を負うようなことがあれば、俺は一生を懸けて責任を取るつもりだ。
手遅れになってからでは遅いんだ……!
灯りをバラ撒きながら、俺は全速力で突き進む。
そして、会敵の時が来た。
俺を視認し、戸惑うその醜い顔を見た瞬間、俺の中でスイッチが入る。
毒を用い、己の勝手な都合で村の平和を踏みにじった怪物共への怒りが爆発した。
「ぐぎゃっ!!」
構える暇も、他の仲間に報せる暇も与えず、その顔面に拳を叩き込む。
吹っ飛ぶゴブリンが壁に激突するまでの僅かな時間で、俺は状況を全て把握した。
敵の数は、五体。一体はもう無力化したから、残り四体。
ミルは部屋の隅に寝かされている。
ゴブリン共が事態を把握する前に、仕掛ける!
ミルの一番近くにいるヤツに襲い掛かる隙に、反対側にいるヤツに爆発魔法を付与した石を投げる。
反応して短刀を振り上げるその腕を掴み、へし折る。
即座に短刀を絡め取り、丸腰になったゴブリンを残りの敵へと向かい、投げつける。
これで、二体!
投げたゴブリンが他の個体にぶつかったタイミングで、丁度爆発が起こる。
これで三体!
残りの敵が爆発に面食らっている隙に、奪い取った短刀を、正面にいる……ボスだろうか? 首飾りなどの装飾を付け、他の個体より偉そうなそいつの脚に向かって投擲する。
これで四体!
「ぐぎゃあぁぁっ!!」
「これで……ラストっ!」
脚に短刀が刺さったボスの悲鳴を聞きながら、俺は爆風でこちらによろめいている最後の一体の胴に、拳をぶち込んだ。
鎧を纏っていたようだが、俺の拳は易々とそれを貫き、装備と血飛沫をまき散らしながら最後の一体が他の個体が作った山の上へと重なるように吹っ飛んでいく。
「ミル……大丈夫? 助けに来たよ」
爆音で目を覚ましたのだろう。戸惑いながらこちらを見る彼女に、俺は微笑みながらそう告げた。
「……タイト……さん……っ!」
彼女の瞳がみるみる内に潤んでいくのが分かった。
「よかった……無事で。ブレスレット、役に立ったね。よく頑張った」
「はい……はい……!」
彼女の身体を縛っていた縄を解き、抱き締める。
勿論、俺はそうやって彼女を安心させながらも、脚に短刀を喰らい、先程から悲鳴を上げ続けているボスから視線を切ることはなかった。
「ミル、俺の後ろへ」
「は、はい……」
さて、どうしたものかな……。
最初に頭部を殴り飛ばした一体と、爆発石をぶつけた一体は事切れているようだが、他の三体は一応、生きている。
毒を用い、己の勝手な都合で村の平和を踏みにじった狡猾な怪物共。
だが狡猾だということは、それだけの知能があるということだ。
……ならば、殺さなくとも、これだけの恐怖を味あわせた上で、二度と人里に近づかないように言えば、彼らはそれを守るのでは?
「言葉は……分かるのか?」
「……ぎっ!」
俺が
……わざわざ、ここで殺す必要もないのでは?
俺は医者だ。医者の仕事は……救うことで、殺すことじゃない。
「二度と、人に害を為さないと、約束できるか? 人間の生活圏に触れないと、誓えるか!?」
「ぎぃっ!! ぎぃいいっ!!」
ボス個体は俺の言葉に頷くと、再び地面に頭を打ち付けた。泣きながら、何度も、何度も。
「もしこの約束を違えたら、今度は容赦しない。命乞いをする暇も与えないからな……!」
そう言って、俺は背を向けた。
「タイトさん……?」
「行こう、ミル。もう大丈夫だから──」
「タイトさんっ!!」
ミルが顔を歪め、叫ぶ。
その表情に驚いている俺の背中に、激痛が走った。
「……っ!?」
首だけ振り返り見てみれば、先程のボス個体が、俺の背中に深々と短刀を突き刺していた。
「いやぁああああああっ!!」
ミルの悲鳴を聞くと同時に、頭に衝撃が走る。
これまで動けないフリでもしていたのだろうか? 他の二体がボスの一撃に合わせるように襲い掛かり、石で俺の頭を殴ったのだ。
さらにもう一発頭を殴られ、背中を滅多刺しにされ、俺は地面に倒れ込んだ。
倒れ込んだ俺に、連中は寄ってたかって暴力の雨を降らせ続けた。
「いやぁあああっ!! タイトさん! タイトさぁん!」
ミルの悲鳴をBGMに、薄れゆく意識の中で、血と共に体温が失われていくのが分かる。頭蓋骨が砕かれ、身体が痙攣しているのが分かる。
……愚か極まりないな。狡猾だと分かっておきながら、何という甘さだ。
前の世界で、人間の残酷なところばかり目の当たりにしてたから、甘い期待をしちゃってたんだよ。
この美しい世界では、みんな仲良く、幸せになれるって。
そうだったらいいなって。
俺には、それを叶えるだけの力があるのではないだろうか、ってさ。
そんなワケ、ないのにな……!!
「タイトさん! タイ──むぐっ!?」
ミルの悲鳴が遮られた。連中、彼女を犯すつもりだ。
俺は意識が完全に途切れる寸前、服にこっそりと仕込んでおいた回復と解毒の術式に、ありったけの魔力を込めた。
瞬時に肉体が再生し、痛みが消える。再び開かれた視界に映る光景に、美しさなど微塵もなかった。
ニタつきながら、ミルを押さえつけ、服を剥ぎ取ろうと腕を伸ばす化け物共。
元の世界でも見たことのない程の悍ましさに、ドス黒い炎に内臓を焼かれるような怒りを覚える。
俺は音もなく立ち上がり、ミルに跨り、覆い被さっているボスの頭を後ろから掴む。
「異世界へようこそ……ってところか。目が覚めたよ。ハッキリと分かった。自分の甘さに吐き気がしちゃうね」
そのまま力を込め、頭を握り潰す。
「きゃあっ!」
血が掛かったのだろう。ミルの短い悲鳴が聞こえた。
「お前らは……化け物だ。知能があるだけのケダモノだ」
完全に絶命しているそいつの口に爆発石を詰め込み、適当に放り投げる。
途端に平伏し、命乞いを始める残りの二体の頭を即座に踏み潰す。
「共存しようとした俺が馬鹿だったよ。よく分かった。敵は完膚なきまでに叩き潰さなきゃ駄目だ」
踏み潰し、同じように口に爆発石を詰め、これまでこさえた死体の上へと投げ捨てる。
こちらの世界では、戦いとは即ち、どちらかが死に、どちらかの生存が決まるまでの闘争なのだ。
殺さなければ、殺される。
殺さなければ、終わらないのだ。
「ありがとう。最悪の気分だ」
顔を撫でる爆風と、燃え上がる炎に向けて、俺は吐き捨てた。
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