男の戦い
その日、俺は村から少し外れた丘の上にいた。
何故かというとだ。今俺の目の前にいるこの男、テウマくんに呼び出されたからだ。
「それで、俺に何の用かな?」
完全に予想はついているものの、一応俺がそう問うと、目の前に立つテウマが俺の目を睨みながら口を開いた。
「てめぇ……ミルのこと、どう思ってんだよ?」
「…………」
俺は拍子抜けしてしまった。とっくに分かってるだろそんなもん。
まぁ、まだ子供だから仕方ないのかもしれないが。
その回りくどさが今、自分を追いこんでいることに気が付いていない。
「おい。何とか言えよ──」
「好きだ。愛してる。俺は彼女と結婚して、この村で生きていくつもりだ」
一言でハッキリと、俺の意思を全部伝えてやった。
相手が女性なら、多少緩急を付けたり、向こうの好むペースで駆け引きもするさ。
だがこいつは男だ。しかも一応恋敵だ。遠慮などする理由がない。
「てめぇ、ふざけんじゃねえぞ!」
怒り心頭に発したテウマくんが、俺の胸倉を掴む。
この間、実力行使では勝ち目がないと、それとなく教えてあげたのに、である。
……駄目だこりゃ。ここでこいつの腕を捻り上げて投げ飛ばすのは簡単である。だがそれではこいつは理解しない。
ちゃんと分かるように、子供に言い聞かせるように、一つ一つパスを出した上で説き伏せなくては。
「どこがふざけてるように感じる? 教えてくれ」
「いきなりやってきて、愛してるだの結婚だの……!」
「キミの気持ちは分からないでもないよ。いきなり現れたワケの分からない男が、自分の好きな女と仲良くしてるんだ。腹も立つだろうさ」
「べ、別に俺はミルを──」
「そこからかよ。ここまでやばい状況になってるのに未だにそんなマゴマゴしていたら、本当にキミに勝ち目はないぞ」
「何だとコラ!」
「話を戻すぞ。キミの気持ちは分かるが──残念ながら俺は何一つルール違反は犯しちゃいない」
人類の
「ルール、だぁ?」
「キミの言い分を正当化するなら、幼馴染は互いに他の異性に目もくれず一緒にならなければいけない。それ以外の男は二人の間に入ってはいけないってことになるけど……それは誰が決めた? キミが勝手に思ってるだけだろ! それともキミ達の信仰する宗教だとそういう戒律があるのか?」
もしかしたら本当に宗教的にあり得るかもしれないと思って口に出してみたが、テウマくんの顔を見るにそんなことはないみたいだ。
「ぐ、ぐぐ……!」
苦虫を嚙み潰したような顔をしているテウマくんに、さらに追い打ちを掛ける。
「今度はこっちの質問に答えてくれ。キミの立場から見れば俺が邪魔なのは分かる。だが、何故俺に釘を刺すことを優先した?」
「どういうことだ!?」
「ミルに好意があるなんてことは見ればすぐに分かるだろう。なのにわざわざコソコソと俺一人を呼び出して、挙句には『ミルをどう思ってる?』ときたもんだ。どれだけ回りくどいんだよお前は!」
本当は、最初にちゃんと確認を取るところはちょっと優しいなこいつ、と思ったのは内緒だ。
「何が言いてえんだよ!」
「そうやって今後もミルに近づく男がいたら、いちいちいちいち釘を刺して、そいつの足を引っ張って回るつもりなのかお前は、って言ってんだよ! たった一言ミルに『好きだ』って言えば済む話なのに!」
「ぐ……っ!」
「キミは俺には勝てないよ。俺はミルを愛している。だから彼女に好かれる自分になる為に自分を研鑽しているんだ。自分の畑を耕すことを放棄して、他人の畑を荒らすことに躍起になっているキミなんかに、負けるワケがないんだよ!」
「黙れぇぇえっ!」
いい加減ブチギレたテウマが殴りかかってきたが、その拳が届くよりも速く、俺は胸倉を掴んでいた手を外し、勢いを利用してテウマに一本背負いを喰らわせた。
「がはっ!」
ろくな受け身も取れず、背中から落ちて呼吸が出来ずにいる彼に、俺はトドメの言葉を放つことにした。
「俺には分かるぞ。なんでミルに一言気持ちを伝えることもせずに、こんな回りくどいことをしてきたのか」
「……?」
「気持ちを伝えて、もしミルにその気がなかったら……関係が今より悪化してしまったら……そして、想い続けていたのは自分だけだったなんて、そんな道化みたいな惨めさを味わうのかと思うと……怖くて堪らなかったんだよな?」
「…………」
「でもな、みんなそうなんだよ! 怖くて怖くて堪んねえけど、それでも自分の気持ちを伝えて、それで幸せになってんだよ! 結婚したやつも、付き合ってるやつも、フラれたやつも! みんな等しく挑戦した勇者なんだよ!」
……あれ? なんで俺こんな熱くなってんだ? 終いには何か泣きそうになってるし。
「……う、ぐす……っ! う、うぅ……っ!」
見れば、テウマくんは号泣していた。
「…………」
この後『ビビって自分の挑戦から目を逸らして他人を攻撃することに逃げた根性なしめ』といってやるつもりでいた俺は、何故かその言葉を吐き出すことが出来ず、背を向けた。
「俺は、挑むぞ……! 俺だって怖くて仕方ないけど、男は行動しなくてはならないんだ。こっちを試すようなことをして、『言って欲しい言葉』なんてもんを当てろなんて無理難題を出してくる。出来なきゃこっちのせい……そんなヤツが相手であったって、やってみせるさ……完璧に!」
そうだろ、坂本? その先に、幸せがあるんだろ?
俺まで泣きそうになっていたら、手首に付けていたブレスレットに仄かな光が灯った。
これは……ミル!?
彼女に何かあったのか?
「立て、テウマ! ミルに何かあったかもしれない!」
「は? なんでそんなことが──」
「説明は後でする! 今はついてこい! 村に戻るぞ」
そう言って俺は走り出した。
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