最初のプロポーズ


 街までの道中は十キロ余り。つまり往復で二十キロ。


 以前の俺だったらヒイコラ言っていたに違いない。当然次の日には筋肉痛だ。


 そんな道のりをなんてことない顔で歩くミルも牛も、とんでもない体力を持っている。


 これは異世界では当たり前のことなのだろうか?


 なんとなく感じていたことだが、異世界人は以前俺がいた世界の人間に比べて健康的で体力がある。


 これは幼い頃から魔力を蓄え、恩恵を受けて育ってきたからだろう。


 癪で仕方がないが、クソ女神の寄越した力がなかったら、俺は子供や女の子にも劣る虚弱オヤジとして全ての存在からナメられていたに違いない。


 魔力の適性というものがあったことには感謝せざるを得ない。


 トラック突っ込ませて、この世界に引っ張られたこと自体は、まだ到底喜ぶような心持ちにはなれないが。



 ◇



 街は俺が想像していたより、大分大きく、栄えていた。


 人間だけでなく、動物の耳や尻尾が生えた種族や、ワニやらトカゲ? の頭をした二本足で歩く種族、様々な者達が絶え間なく往来している。


 人種──いや、種族の坩堝るつぼと言って差し支えないだろう。


 ミルに訊いたところ、亜人などと呼ばれるらしい。


 そんな様々な種族が暮らし、働きながら共存している。


 以前の世界では目にすることなど決してない、様々な珍しいものに目を奪われ、気が付いたら俺はミルの姿を見失い、彼女とはぐれてしまったくらいだ。


 正直、甘く見ていた。ここまで大きな街だと思っていなかったのだ。


「タイトさん!」


「ミル……良かった。すまない、目を離してしまって」


「いえ、いいんです。こちらこそごめんなさい」


「本当に大きな街だね。何でもありそうだ」


「人が集まる街である証明とも言われる……冒険者ギルドなどもあるんですよ。冒険者の皆さんにもうちの牛乳は評判がいいんです」


 種族を問わず、牛乳は人気があるワケだ。もしかしたらそういった他種族同士を繋ぐ架け橋的な役割を担っているのかもしれない。


「つまり、お得意さまってワケだ。ありがたいね」


「はい……でも」


「でも?」


「ゴブリン退治には……あまり積極的ではないみたいです」


「ゴブリンって……あれだよね。俺がミルと出会った時にぶっ飛ばした……」


「はい。ゴブリンは……今まで何度もうちの牛を狙って、村にやってきました。あいつらに殺され、食料として持っていかれた子も、います」


 ミルの眉間に皺が寄る。


「……死活問題じゃないか。なんで、そんな危険なヤツらの退治に消極的なんだよ」


「繁殖力が高すぎて、退治してもキリがないから……それに、ゴブリンの素材は大した価値がありませんから」


「なんだって……?」


「だから、高い依頼料でも積まない限り、冒険者達はゴブリン退治に腰を上げようとはしません。以前は領主様に仕えている騎士団が見回りをしてくれていましたが、最近は別の案件に追われているのか、野放しも同然になっています」


 忌々し気ながらも、どこか諦観の念がこもった声でミルはそう零した。


 ミルの言い方から窺うに、冒険者は退治の報酬と併せて、モンスター自体から手に入る素材で生計を立てているのだろう。それはつまり、どちらか片方に価値がなければ、割に合わない仕事だと見做されてしまうということだ。


「……大丈夫」


 そう言って俺は俯いたままの彼女の手を握った。


「……タイト、さん?」


「俺が守るよ。ミルも、ランドさんも、牛達も。俺には、報酬も素材も必要ない。キミ達がいてくれればそれで十分だから」


 これは、能力を使った結果出た言葉ではない。そうしたとしても結果は同じだったろうが、俺の意思で口にした偽らざる気持ちだ。


「……はい」


 彼女は顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。


「お二人さんお熱いねぇ。良かったら何か買っていっておくれよ! 二人の愛の記念に!」


 そんな俺達を見て、露天商のおっさんが声を掛けてきた。


 ……黙れ、邪魔するなと一瞬思った俺だったが、意外にもミルが乗り気だったので、驚いてしまった。


「今日は完売しましたし、いつもより色を付けてもらったんで、少しなら余裕がありますから」


 しかし、それは家族で生活する為の大切なお金なのでは……たくさん儲かったのなら貯蓄しておくべきなんじゃないか……なんて思ったところで、俺はイカンイカンと頭を振る。


 こんな面白味のない価値観だったから、俺は女にモテなかったんだ。 


 そう。思い出の品などを見る度に、その時の甘い感情を思い起こし、人生の活力にする。そんな価値観だって素敵じゃないか。


 二人でこれがいいんじゃないか、あれがいいんじゃないかと話しながら選んだ結果、俺達は揃いの革のブレスレットを買うことにした。


 帰り道、ミルはそれを眺めては嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「……あ」


 そんな彼女を見て、俺はあることを思いついた。


「ミル、ちょっとそれを貸して欲しい」


 そう言って俺はミルの手を取り、彼女の手首にはめられたブレスレット、次いで自分のにもある術式を刻んだ。


「今度は、どんな魔法を掛けたんですか?」


 期待するような、でもやわらかい笑顔で彼女が問うてくる。


「ミル、その術式に魔力を流してみて。流してのお楽しみ」


「ふふ、何かわくわくしますね。怖いこと、起きませんよね?」


 そう言って彼女が自分の手首に触れた。


「わぁ……」


 俺の付けたブレスレットに刻まれた術式に光が灯った。暗めのブラウン……彼女の髪の色に。


「今日、何度かはぐれてしまったから……キミに近づくほど光が強くなるようになってる。もし、ピンチになって助けて欲しかったり、俺に見つけて欲しいと思った時は、使って欲しい。きっと見つけるから」


「……素敵」


 うっとりと光を見つめる彼女に、俺はさらに続けた。


「いつか、こんな安物のブレスレットじゃなく、もっと価値のあるお揃いのものを贈れるまでは、これで我慢して欲しい」


 伝わるかな? なんて少しドキドキしながら、俺はいたずらっぽく笑って見せた。


「……十分に、嬉しいです。もう十分、宝物ですよ……!」


 そう言って、彼女は大粒の涙を流してくれた。



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