試しては遊ぶ童のように


 翌日から、俺はさっそく色々と試してみることにする。


 まずは予告通り、ランドさんの怪我を治療した。


 怪我の治療はすぐに済んだものの、動かさずに細く衰えていた筋肉を直ぐに元通りにするなんて芸当までは出来ないので、しばらくランドさんは軽作業くらいしか出来ないだろう。


 そこで俺は腹巻の腰側や、包帯に微弱な電気が流れる術式を付与して、異世界ならではの低周波治療機を作ったのだ。


 目を丸くして喜ぶランドさんとミルを見て成功を確信した俺は、村に住むお年寄りや怪我人を治して廻り、あっという間に村人達の信頼を勝ち取った。


 色々試していく内に分かったのだが、効果が大きい術式ほど、魔法の発動に必要な魔力も増える。


 結構えげつない発明品なども思いついたのだが……例えば、魔力を注いで三秒後に爆発する効果を付与した石とか。


 元々自然界にある火(熱)や水やら雷やらは比較的少ない魔力で具現化できるみたいだが、音やら光やら匂いやらは結構消費コストが馬鹿にならない。爆発などもだ。


 だから、この村に住んでいる、訓練もしていない住民の魔力量で発動するくらいのチャチな発明品くらいしか提供は出来なかった。


 だが、これでいいのかもな。


 術式が予め付与された道具は、簡単だが、それゆえ危険でもある。


 何せ発動に見合うだけの魔力量を持っていれば、何も考えずにそれを注ぐだけでどんな複雑な術式だろうと発動出来てしまうのだ。


 それが、どんな悪人でも、モンスターでも。


 そんな複雑で、災いすらもたらしかねない危険な魔具など、この村には必要ない。


 だから、これでいいんだ。


 ちなみに俺の自信作は、弱い熱と風を複合した、ドライヤーになる手袋だな。主に女性の皆さんに大好評だった。


 実際これまでは、冬だと濡れた髪一つで体調を崩しかねなかったので、湯浴みをするのを諦めることすらあったらしい。


 うーん、暖まる毛布や衣服に、低周波治療布、そしてドライヤー。


 こんなものでも無かったときに比べれば大変ありがたかったらしく、拝むかのように感謝された。


 瞬間湯沸かし器も発明したのだが、残念ながらそれは村人の魔力では発動できなかった。


 まあ俺が代わりに発動してやればいいんだし、いつか村のど真ん中にでかい露天風呂でも作ってやりたいとすら思っている。


 そう、俺はこの村に住もうかと思っている。住民はみんな温かいし、若い男手なども少ないし、医療の知識がある者もいないから、人の役に立てるし、重宝される。


 ……ここで一度は諦めた、開業医をやってみようかな。


 ゆくゆくはミルを嫁に貰って、暇なときは牧場を手伝いながら、村のみんなの健康を管理する。


 いつかは子をもうけて、親子で慎ましく暮らしていく。


「……悪くないな。いや、大分いい」


「タイトさん、準備出来ましたよ」


 俺が吹き抜ける風に目を細めていると、ミルが声を掛けてきた。


「あぁ、行こうか」


 何でもこれから街へと行き、酒場や料理屋、色々なところに牛乳を売りに行くんだそうだ。ミルの家はこれで生計を立てている。


 店の前までは牛に荷車を引かせるが、そこから牛乳のたっぷり入ったタンクを店に運ばなくてはならない。それだけで女のミルには文字通り荷が重い。


 そこで道中の護衛兼運び手に俺が付き合うというワケだ。


 街が見れるというのも楽しみだが、ミルと街までデートというだけでなかなかに心が躍る。


 ランドさんも完全に俺を認めてくれたようで、二人で出かけることにとても温かい笑顔で何度も頷いていた。


 ミルも何か特別な何かを感じているようで、少し声が弾んでいる。


「おい、ちょ、待てよ!」


 そこに現れる一つの影。


「あ……テウマ」


「ミル……本気か? こんなどこの馬の骨とも分からないヤツと二人でなんて……」


 当て馬……じゃないや、テウマと呼ばれたこの男は……あー。


 先程、俺はこの村では若い男手が少なく、村人達の信頼を勝ち取ったと言った……が、その唯一の例外がこの野郎だ。


 何でもこの村に住んでいる薪売りだそうで、ミルの幼馴染らしい。


 ていうか、ミルに気があるんだろうな。バレバレである。


「うん……ごめんね、テウマ。今まで無理させちゃって、これからは、タイトさんがいるから」


 ミルが目も合わさずにそう言う。


 そう。今回俺が一任されたこの仕事は、これまでこのテウマくんが担っていたらしい。


「別に俺は無理なんかしてねえよ……薪を売りに行くついでだったし……!」


「だってあなた……いつも、愚痴ってばかりだったじゃない。ミルはトロくさいって……」


「ち、違えよ……あれは……」


 あー……なるほど……やっちまったなぁテウマくん。小さい頃から一緒だったから、他にこの村には若い男なんていないから、これからもずっと一緒だと思ってたんだろう。


 子供の頃の照れ隠しの延長でここまで来ちまったんだろうな。


「いいの、もういいの……行きましょう。タイトさん」


 そう言ってミルはテウマくんの脇をすり抜け、俺に声を掛けた。


 テウマくんは前世の俺よりは利口だったようで、『なんだ。もういいのか、よかったぁ』なんて言ったどっかのアホとは違い、ミルの肩に手を伸ばす。


 伸ばす──が、俺がその手を掴んだ。


「ミルに触らないでくれ」


「な、何だてめぇ……」


 振りほどこうとするも、ビクともしないことに、表情が怒りから驚きへと変わっていく。


 確かに、俺達の腕の太さを見たら、どう考えてもテウマくんの方が強いと思うよな。


 遂には恐れへと変わったその顔に口を寄せ、俺は耳元で彼にだけ聴こえるよう、囁いた。


「こいつ、俺のだから」


 ……キマッた。怖いくらいに。


「テウマ! もうやめて……! 行きましょう、タイトさん」


 駆け寄り、俺達を引きはがしたミルに腕を引かれ、俺はテウマくんに背を向けた。


「ミル……彼に酷いことを言われてたの?」


「ええ……私はトロいとか、一人じゃ何もできないとか……私、悔しかった」


「ミルは……頑張ってるよ。一生懸命に家族で助け合ってる。それをそんな言い方するなんて、男失格だよ、あいつ。俺だったら……大切な人にそんな思い、させないよ」


 完全にメンヘラを狙ってるヤリモク男子のテクニックだったが、効果は覿面だったようだ。


「タイト……さん」


 ミルは涙を浮かべ、俺に身体を寄せてきた。


 俺はそんな彼女の肩を抱き、ちらりと横目で後方の彼の様子を窺った。


 テウマくんは、がっくりと地に両膝をついていた。


 ……悪く思うな。今ここで自分の愚かしさに気づけて良かったじゃないか。


 ……死ぬまで分からなかった馬鹿もいるんだから。


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