恋愛初心者(童の者)には過ぎた力~中二くらいで男の子がなりがちなヤツ~
早速一つ学んだ。女性は気に入った相手を見つけたら、それを追うのではなく、それに如何にして自分を追わせるのか……そこに注力するのだ。
俺が散々疎んできた駆け引きというやつか。好きなら思っていることを伝えて、捕まえればいいじゃんという、単純明快な感情で生きているワケではないのだな。
恋愛とは、効率なんて物差しで推し量れるものではなかったのだ。
……でも、その結果、その回りくどさのせいで意中の相手を逃してしまっても、彼女達は後悔しないのだろうか? 俺だったら回りくどいことしてないで、ハッキリ伝えればよかったと思ってしまいそうだが。
……しないんだろうな、きっと。それで駄目なら、そういう運命だったんだと納得するのだろう。ある意味潔いな。
と、いうか男がそういう思考だからこそ、女はそれでいいのかもしれない。互いが同じ考え方だったら逆に上手くいかないのかもしれん。
……なるほど。一つ勉強になった。男女は同じ感性では上手くいかないのだ。
……坂本に報告したい。話したいな。
「タイトさん……寒いんですか?」
俺が身震いしたせいだろう。彼女は心配そうに俺の瞳を覗き込んできた。
「……いえ」
身震いこそしたものの、このことで俺は彼女に対してマイナスな感情を抱いたワケではない。むしろ感謝したい心持だった。
あ……そうだ。少し試してみたいことがあったんだ。丁度いいかもしれない。
俺は効果をイメージするだけで術式とやらを組むことができる。
ならば、今度はここに来る道中で見た柱のように、その術式を物に付与できないかと思ったのだ。
俺はミルがくれた毛布にそっと手を触れてみる。
ほんの少し、決してやりすぎにならないように、気を付けながら、念じる。
……暖かくなれ。
念じながら、指を滑らせる。
「……!」
……よし、上手くいった!
「ミルさんも、寒いでしょう」
そう言って俺は、隣に座ったミルの膝にも掛かるように毛布を広げた。
「だ、大丈夫ですよ、私は」
「いいから」
遠慮する彼女の瞳を真っすぐ見つめて、彼女にもっと近くに来るように促す。
「……っ」
一枚の毛布に二人で入る。こんなに薄暗いのに、彼女の顔が真っ赤なのが分かる。彼女が小さく息を震わせたのも分かる。それくらいの至近距離に俺達はいた。
……うおおおおお……! ち、近い……! 大丈夫だよな? 心臓の音、聴こえてないよな? あ、何かいい匂いする。
努めて平静を装っていたものの、俺はめちゃくちゃドギマギしていた。仕方ないだろう。こちとら──いや、それは今はいい。
「何か、気づきません?」
俺は内心苦労しながら、上擦らないよう律した声でそう言って、視線で毛布を見るように促した。
「あれ? 暖かい……あ」
そう、毛布には小さな魔法陣が浮かんでいて、オレンジの淡い光を放っていた。
「ええ、術式……刻んでみました。どうやら俺、こっちの才能あるみたいです」
「すごい……こんな、木でも石でもない、適応性の低い……毛布なんかに……! タイトさん、天才です……!」
彼女はオレンジの光に魅入られたように、熱っぽい視線と声をこちらに向けてきた。
……どうやら、彼女の中で俺の評価が爆上がりしてるようだ。
「これで、生計を立てられるかもしれない。記憶はないけど、何とか生きていけそうだ」
「そんなささやかなものじゃありませんよ、これは……大商人の貴族や、宮廷のお抱えになれる程の、とてつもない才能です……」
彼女の瞳から不安と、ほんの少しの諦めの色が見て取れた。
評価が爆上がりした一方、やはり俺がこの小さな村には留まらない、自分が隣にいるには相応しくない人間だと思ったのだろう。もしかしたら、少し浮かれていた自身を道化のように感じる心もあったのかもしれない。
ここでこのスキルの出番ってワケよ。
「そうなんだ……でも俺、やってみたいことがあるんだ」
「やって……みたいこと?」
「うん、こうやって毛布に暖かさを加えられたように、包帯に怪我や腰痛が治る術式を加えたり、もしかしたら……食べ物とかにも治癒や魔力の循環が良くなるような、そんな効果を加えられるかもしれない」
「そんな……ことが」
「うん、色々試してみたいと思っているけど、まずはランドさんの怪我を治してあげたいな。もう寝てしまってるだろうし、酔っていると良くないかもしれないから、明日にでも」
「タイト……さん」
彼女は聖人を見るような、潤んだ目で俺を見た。
「ミル……俺はね。記憶もない、服すらない、名前以外自分が何者かも分からない……本当に不安で仕方なかった時に、キミが受け入れてくれたことを本当に、本当に感謝しているんだよ。この恩は、必ず返そうと思ってる」
調子に乗ってすっかりタメ口になった俺は、敢えてミルが言って欲しい言葉から、少しだけ外れた発言をする。
……駆け引きというヤツだ。
「そんな……恩だなんて。私の方こそ──」
「いや、違うな。正直に言うと……」
彼女が少し冷静になった様子で、そう言いかけるその声を、俺は遮った。
あくまで『恩』で『ミル』自体が理由じゃないと一瞬思わせてから……!
「……?」
……いや、頑張れよ俺! 酔いに任せて言ってしまえ! ガキじゃないんだから!
「……ミルのそばに居たいんだ」
言った。言ったぞ俺! 大丈夫だよね? 本当にこれで合ってる?
「タイトさん……」
そう言って顔をくしゃくしゃにしたミルは、俺の胸に頭を預け、持たれ掛かってきた。
「会ったその日に……軽々しいって、思う?」
「いえ……嬉しいです」
くぐもって聞き取り難かったが、確かにミルはそう言った。
よっしゃぁああああああああ!! 落ちたぁあああああああああ!! いや、スキルがあるからこれでイケるって分かってんのに、このドキドキは何!?
しばらくそうやって寄り添い合った後、俺は立ち上がった。
「明日からも、お世話になるね。よろしく」
立ち上がり、颯爽とミルに背を向けた。
「はい、こちらこそ……よろしくお願いします」
そんな言葉が背中にかかる。
正直このまま夜を共にすることも出来ちゃいそうな勢いだったが。出会った日の夜にいきなりなんて、良くないよ、うん!
それに、彼女は既に完璧に俺にイカれちまっている。その気になればいつでもってことよ!
俺は駆け引きに勝った……勝ったんだ……!
いやあ、今日はぐっすり眠れそうだ。自分で自分を褒めてやりたいね!
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